第27話 最凶夫婦
真紅のマントがひらりと揺れる。
キンッと甲高く響く金属音が、耳に突き刺さった。
私の首もと目がけて振り下ろされていた切っ先は、弾き飛ばされてクルクルと空中を舞って床に落ちる。
視線を上げるとそこにいたのは世界で唯一、私の心を揺さぶる
真紅のマントがよく似合う王者の風格。鍛え上げられた身体は頑強で、あふれ出す魔力は他者を寄せ付けない。
窓から差し込む光に照らされた、アッシュブロンドの髪がサラリと流れる。
禍々しい仮面の奥から覗く瞳は、海のように青く煌めいていた。少しだけ息が上がっていて、急いで来てくれたのだと思えば、嬉しさに心が震えた。
エルベルトが呆気に取られて魔力供給が途絶えてしまったのか、さっきまでの重苦しさも息苦しさも感じなくなっていた。
「レイ……!」
「セシル、怪我はないか? 痛いところは?」
目の前の兵士たちを無視して、私の心配をしてくれる。
そんなレイに思わず笑みがこぼれた。
「ふふっ、大丈夫よ。大したことないわ」
「っ! 首を怪我しているではないか! しかも足だって、靴を履いていないから傷だらけだ……手もこんなに赤く腫れ上がって……」
「あ、違うの。手は自分でやったのよ」
「いや、そんなことは関係ない。この環境にセシルを置いていたことが罪なんだ」
あら、レイの瞳からどんどん光がなくなっていっているわね。ちょっとこれは、まずいのではないかしら?
「レイ、それよりも伝えたいことがあるの! シャロンたちが反乱を企んでいるわ。ミリアムの娘のフィオナも狙われているの」
「ああ、わかっている。フィオナに関してはミリアムと一緒にいるし、薬草園の結界の中にいるから心配ない。今頃はこの状況について知らせを受けているはずだ」
レイの言葉に安堵した。確かにあれほどの強固な結界の中なら、どんな外敵からも身を守れるだろう。フィオナは攻撃魔法が得意ではないから、訓練を積んだ刺客に襲われたら、ひとたまりもない。
「レイは? 反乱を起こされたら、レイが——」
「心配ない。これでも帝国最強の騎士だからな」
そう言って私を広い背中に隠して、シャロンとエルベルトに向き直った。
「さて、粛清をはじめるか」
「ちょっと、エル様! なぜ皇帝がここまでくるのよ!?」
「私だって知らん! 仕方ない、このままここで皇帝を葬るぞ。そうすれば、どのみち私が皇帝になる!」
「その選択を後悔するなよ?」
エルベルトは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
「うるさいっ! 私は間違ってなどいないのだ!! 皇帝を、レイヴァンを殺せ!!」
残っていた兵士たちがエルベルトの指示で剣を構える。
魔剣士が三人に魔術士がふたりだ。いずれも魔力の強さから団長クラスだとわかる。先ほどまでの私の攻撃を凌いでいたのだから、実力は十分だろう。
「レイ、魔術士は任せて」
魔術士のうちのひとりが、私に魔封じの腕輪をつけた人物だった。
いくらなんでも、解呪している最中に魔力を封じるなんてあり得ない。呪いのアイテムをつけた青年になにかあったら、どうする気なのだ。
「いや、これくらい俺ひとりでも……」
「嫌よ。こんなところにぶち込まれて、黙ってられないわ。魔女のプライドに賭けて、全力で叩き潰すと決めたの」
「くくっ、セシルらしいな。わかった、そっちは任せるが、無理はするな」
レイは魔剣士に、私は魔術士に、それぞれ対峙する。
魔術士は魔力を術式に流し込んで使うから、圧倒的に魔女の方が有利だ。魔法発動までのタイムラグがない。
「あんな卑怯な真似しかできないんじゃ、私の敵にもならないだろうけど」
「くっ!」
【北方の星は南方の剣に落ち、我らの王は地獄の炎を召喚す。閻獄の炎よ、敵を焼き尽くせ。ヘルファイア!!】
ひとりの魔術士が上級魔法を放ってきた。
「遅いしぬるいわ」
左手で黒い雪の結晶を出して、魔術士の放った魔法を相殺した。ほんの一瞬で上級魔法を打ち消せば、魔術士の顔色が青くなった。
「くそっ、化け物だな!」
「レディに向かって化け物とは失礼ね」
すかさずもうひとりの魔術士が詠唱をはじめる。
【風の精霊よ、大地の精霊よ、我が声を聴きたまえ。我が望みは——】
「だから遅いのよ!」
両手から黒い雪の結晶を放ち、魔術士を拘束してその口を塞いだ。レイが気になって振り返ろうとしたところで、また体に自由が聞かなくなり息ができなくなる。
「この、薄気味悪い魔女めっ! これで動けないだろう!」
「今のうちよ! 魔法でもなんでもいいから仕留めなさい!」
だけど、魔術士たちは手足も口も塞がれているので身動きが取れないし、エルベルトも指輪に魔力を注いでいるから動けない。
「シャロン、お前がとどめを刺すんだ! 剣ならその辺に落ちているだろう!」
「ええっ、わたくしが!?」
だけど、他に動ける人間がいないと理解したのか、シャロンはよろよろとした足取りで落ちていた剣を拾い上げた。
「仕方ないわね、わたくしが直接、お姉さまを始末してあげるわ。感謝してね?」
「……っ」
私は無理やり魔力を練り上げて、刃と化した黒い雪の結晶を放った。その魔法はシャロンの頬を掠めて飛んでいく。
「ふふっ、無駄に足掻くのはみっともな——」
「ぐわっ!」
私が狙ったのは、エルベルトの指輪型の魔道具だった。鋼鉄をも細切れにした強度でなかったから、見事に指輪の魔石が破壊されている。あの古の魔道具さえなければ、自由に動ける。
「はあ、あー、苦しかった。ほんと嫌な魔道具ね」
自由になったので、余計なことをしないようにエルベルトも黒い雪の結晶で動けないようにしておいた。
「本当にどこまでも忌々しい女ね!」
そう言ってシャロンは慣れない剣を振り上げる。
でもその切っ先が私に振り下ろされることはない。だって——
「おい、俺のセシルになにをするつもりだ?」
——シャロンの背後から、怒りに任せて覇気を放つレイがその首に剣を突きつけていたから。
レイは危なげなく三人の魔法騎士を倒し、私のもとに来てくれた。
「あ……ああ、こ、これは……」
仮面の奥から覗く瞳は、私でも震え上がるくらい絶対零度の冷気を孕んでいた。こんな風に睨まれたら、屈強な騎士でも膝が震えてしまうだろう。
ましてや貴族令嬢なら、立っていることすらできない。シャロンは真っ青な顔で震え、剣を落として膝をついた。
そんな様子のシャロンを気にするもことなく、レイは非情な宣告をする。
「シャロン・フューゲルス。貴様は皇后殺害未遂の現行犯で極刑だ」
「お、おま、お待ちくださいっ! この女はすでに皇后ではございませんでしょう!?」
「そうよ、レイ。私はもう妻じゃないでしょ」
極刑と聞いたシャロンが、必死な形相で皇帝に異議を申し立てている。私もレイの言っていることがわからなくて、初めてシャロンに同調した。
「なにを言っている。俺はセシルと離縁などしていないし、する気もない。だから今はまだセシルは皇后で間違いない」
「————————はい?」
「そ……んな……」
いつかと同じような状況に、頭が痛くなった。
いったいこの悪魔皇帝はなにを言っているのだろうか?
微妙な空気が流れる中、ブレイリー騎士団長がやってきた。そのあたりに倒れている兵士たちを見て、すべてが終わっていると理解したようだ。
「最恐か……いや、最凶夫婦だな」
そうしてブレイリーがつぶやいたひと言に、反応する気も起きなかった。
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