第28話 雨の日の再会


 第一騎士団がフューゲルス公爵家に到着して、屋敷の中の捜索が行われた。皇族警護の隊だから、反乱の証拠については特に念入りに調べていたようだった。


 レイに聞きたいことはたくさんあったけど、事後処理の指揮でそれどころではないようだった。そこでフィオナの様子を見るために転移の魔道具を借りて、ひとまず皇城に行くことにした。


 皇城に着いて目指したのは、薬草園だ。小動物から薬草を守るための結界が、こんな風に役に立つなんて思わなかった。


「フィオナ! ミリアム!」

「セシル師匠―!!」

「よかった、やっぱり無事だったわね」


 ふたりに優しくハグされて、ホッと胸を撫で下ろす。無事でよかった。万が一にもフィオナになにかあったら、一生後悔するところだった。


「うん、レイが助けにきてくれて、なんとか無事だったわ」

「あんなに必死な陛下を見たのは初めてよ。ねえ、ここに戻ってこないの?」


 ミリアムの言葉に心が揺れる。


 でも確かに私は、皇后の立場から解放すると言われたのだ。つまりもう私は必要ないと言うことだ。だからここには戻ってこられない。


 でも。ひとつの決意を固めていた。


「戻ってくることはないけど……素直になってみようとは思う」


 私はレイに自分の気持ちを伝えようと決意していた。


 本当は気持ちを伝えるのが怖い。


 今まで家族から邪険にされて、見捨てられて、婚約者にだって裏切られた。好きな人だからこそ、信じるのが怖かった。


 信じて裏切られたらと思うと、素直になれなかった。でも、もう裏切るとかそういう風に考えるのをやめた。


 私は好きな人を信じて、彼の幸せを願いたい。

 例え他の人を新しい妻に迎えるとしても、ただ彼が幸せになるために、自分のできることをしたかった。


 すごく勇気がいるけど、レイが幸せになるためなら頑張れる。


「セシル、なにかあったの?」

「うん、多分だけど一生に一度の恋をしたみたい」


 今ならわかる。エルベルトへの気持ちは本当の愛ではなかった。

 純粋に好きというよりは、根底に打算があったのだ。あの状況から逃げ出したかった私は、エルベルトと利用しようとしていたのだ。

 だから私が愛されることはなかった。


 レイが『離縁はしてないし、する気もない』と言っていた意味は、直接会って聞いてみようと思う。あまりにも新しいお妃様を泣かせるようなことを言うなら、一発魔法をぶち込もう。


 私の大好きで大切なレイが幸せなら、それでいいと思った。




 今回の反乱については、皇室からの正式発表として概ね事実を公表した。


 その際に私が魔女であることも知れ渡り、一部の人たちから反発があった。でも同時に公爵家の兄弟が証人として話してくれたおかげで、国民からは理解を得られた。


 それに薬屋の評判も良かったので、帝都の人たちには受け入れられたようだった。


 旧派の貴族たちは反乱に関わっていたとして、降爵されたり一代限りにされたりと大改変された。

 エルベルトとシャロンは反乱の首謀者として公開処刑され、フューゲルス公爵家は歴史からその名を消した。


 ひとり残った元公爵夫人は実家の伯爵寮に戻ったと聞いている。


 レイは旧派の掃討や事後処理が重なり、事件のあった日から三週間経つけどいまだに会えていない。


 私は薬屋と解呪の依頼をこなしながら、腹を括ったおかげか穏やかな日々を過ごしていた。


「ちょっと、ラウル! これ運ぶの手伝ってくれるー?」

「はーい、セシル様の頼みなら、なんでも聞くよ。これだけでいいのか?」

「ええ、大丈夫よ。数が多いけどお願いね」


 ラウルとはフューゲルス公爵家で助けてくれた兄弟の、鎧を着ていた兄だ。結局職を失ったから働かせてほしいとやってきた。弟のルーカスも一緒に雇い入れた。


「ルーカスは仕分けを頼める? フィオナも薬材庫にいるからわからなかったら聞いてね」

「かしこまりました。他に御用はございませんか?」

「そうねえ、仕分けが終わったらみんなでお茶を飲みましょう。準備も頼める?」

「承知いたしました」


 薬屋も忙しくなってきてるし、解呪の依頼も予約が途切れないから、男手があるのは助かった。力仕事はラウル、細々とした雑用はルーカスの担当だ。


 素直で優秀なふたりに私が助けられることも多い。

 帝都では私が魔女だとすっかり認知されてしまったので、今では認識阻害のブレスレットはつけていない。それでも馴染みのお客様や店主とは普通に話ができるようになった。


 皇室からの通達の効果が大きいようだ。きっとレイが私が過ごしやすいようにと、気を配ってくれたのだろう。

 こういうところが私の心を揺らして、ガッチリと掴んで離さない。


 その翌日から一週間も雨が降り続いた。


「はあ、今日も雨ね。お客様はもう来ないだろうし、店じまいしましょうか」

「そうですね。では戸締りをしてきます」


 ルーカスがいつものようにさっと立ち上がって、鍵束に手をかける。私はそれを横から奪い取った。


「今日は私がやるからいいわ。たまにはルーカスも早く帰って、ゆっくり休みなさい」

「いえ、ですが……」

「これは業務命令よ。しっかり休むのも仕事のうちなの。ラウルとフィオナだって薬草の仕入れが終わって、きっと今頃美味しいディナーを食べてるわ」


 フィオナは母親の症状を改善するために、今まで試したことのない薬草を求めて隣国まで行っていた。護衛兼保護者としてラウルをつけたのだ。


「わかりました。では、今日はお先に失礼いたします」


 ルーカスが最近通っている食堂のウエイトレスに、心を寄せているのは知っている。口元に笑みを浮かべていたから、きっと帰りに寄るのだろう。


 そうしてひとりになった店内を清掃して、外にかけてあるプレートを【OPEN】から【CLOSE】へ変えようと扉を押し開いた。


 ゴンッと鈍い音がしたと思ったら、短く太い悲鳴が耳に入った。


「ぐっ!」


 誰かにぶつけてしまったのだと、慌てて謝罪する。


「あっ! ごめんなさい! 人がいると思ってなくて、思いっきり開けてしま——」


 そこに立っていたのは、ずぶ濡れで鼻を押さえたレイだった。




 とにかくプレートを変えて、レイにお店の中に入ってもらう。


「ぶつけたのは鼻だけ? 見せてくれる?」


 久しぶりにあったレイは少し疲れている様子だったけど、あまり変わりがないようで安心した。


 鼻先が少し赤くなっているだけなので、まずは濡れた身体を拭くために乾いたバスタオルを渡した。その間にハンドタオルを水で濡らして鼻先を冷やすように促す。


「元気そうでよかったわ。それで、今日はどうしたの?」


 バスタオルを頭からかけた状態で微動だにしないレイに声をかけるも、なにも話さない。


「レイ?」


 すると、突然立ち上がりバスタオルを勢いよく剥ぎ取って、膝をついた。


「セシル、どうか聞いてほしい」

「ええ、いいけど。どうしたの?」


 レイの様子が変だ。こんなレイは初めて目にする。


「俺は皇帝を退位した」

「——え?」

「もうディカルト帝国の皇帝ではなく、ただの男だ」

「はあ!? なんでよ!? 新しいお妃様はどうするのよ!?」


 私はレイが冗談を言っているのかと思った。でも海のような青い瞳は真剣な眼差しで、それが事実なのだと語っている。


「? 新しい妃? なんのことだ?」

「だって、私が必要なくなったから、皇后から解放されたんでしょ? つまり新しいお妃様が来るんじゃないの?」

「……いったい誰がそんなことを言ったんだ?」


 感情を押し込めた、地の底を這うような低い声がレイの口からこぼれた。

 どうやら、私の勘違いだったようだ。でもそれならどうして私は皇后から解放されたのだろう?


「誰も言ってないけど、そうだと思ってたわ」

「そうか、いや、俺の説明不足だったんだ。セシルは悪くない」

「説明不足ってなによ?」


 そこが知りたい。レイがなにを考えて、なにを思って私を解放したのか。


「俺はセシルと離縁してないし、離縁する気もないと言ったのは覚えているか?」

「ええ、それについても聞きたかったの。どういうことなの?」


 仮面の奥の青い瞳に、感じたことのない熱が浮かんでいる。まるで私に恋焦がれ、求めるような視線に、ソワソワと落ち着かなくなる。



「俺は……セシル、君を愛してる」



 レイの言葉が、私の心に優しく深く染み込んだ。

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