第9話 魔女と皇帝の攻防


 ふかふかのベッドに肌触りのいい掛け布団が気持ちよすぎて、目を開けたくない。

 小鳥のさえずる声が軽やかに耳に届く。それから耳元の規則的な寝息に安心感さえ感じた。


「え、ちょっと待って。寝息……?」


 寝返りをしようとしても身動きが取れず、背中には明らかに寝具ではない温かさを感じる。掛け布団を勢いよくめくってみると、太い腕が回されてがっしりと抱きしめられていた。

 私の作ったバリケードが跡形もないじゃないっ!!


「ちょっと起きてよっ! レイ! 離してっ!!」

「んん……もうちょっと……」


 悪魔皇帝のくせに、なに甘えた声出してるのよ!? それよりもさらにキツく抱きしめてくるとか、本当に無理なんですけどっ!!

 レイの腕から抜け出したいのにビクともしなくて、包まれるような温もりに心臓がおかしくなりそうだった。


「離してって言ってるでしょー!」


 レイはまったく起きる気配がなく、思わず本気で闇魔法を放つ。雪の結晶の形をした闇魔法は、レイの両手首をベッドボードに貼りつけるようにいくつも重なった。


「ん? なんだ、これは?」


 ようやくレイの目が覚めたらしい。


「なんだじゃないわよっ! なんで枕たちバリケードが綺麗さっぱり避けられてるのよ!?」

「……ああ、すまない。俺の寝相が悪かったようだな」

「はあ!? 寝相っ!?」

「寝ている間のことだからどうにもできないな」

「くっ……!」


 確かに寝相が悪すぎて枕を蹴飛ばしちゃったなら仕方ないけど、それでもこんなに全部避けるものなの!?

 なんか釈然としないわ……!


「といいう訳で両手を自由にしてもらえるか?」

「本当に勘弁してよね! 次にやったら寝る時から両手を拘束するからね!?」

「それは約束できない。なにせ寝てて意識がないからな」

「とにかく絶対に駄目っ!!」


 ニヤリと笑うレイの黒い笑顔に心底ムカつきながら、拘束を解除した。



 初夜の翌日だからレイの公務は午後からにしているというので、今後のことについて相談した。なかなか手の込んだ偽装だ。

 侍女たちが運んできた少し遅めの朝食をふたりで摂りながら、まずは解呪のスケジュールを話し合う。


「寝る時間はまちまちだが、日中なら解呪の時間を取れると思う」

「それなら時間を決めてもらえれば準備して待ってるわ。もし予定が変わる時は先に教えてくれる?」

「わかった、では昼食後すぐでも構わないか?」

「いつでもいいわよ。あ、あと家に置いてきた薬草のプランターは持ってきてもいい?」


 家を出る時は、まさかこんなことになるとは思っていなかったので気になっていた。丹念に育ててきた薬草なので、できれば採取できるまで育てたい。


「そうだな……なんなら場所を用意するから、庭で育てるか?」

「えっ! いいの!?」

「ああ、こちらの都合で連れてきたからな。これくらいはなんでもない」

「レイ、ありがとう!」


 悪魔皇帝の意外な申し出に満面の笑みを浮かべる。


「……っ! いや、いいんだ」


 レイは一瞬息が詰まったようにピシッと固まって、ふいっと横を向いてしまった。

 なんだろう、魔女の笑顔なんて不気味だったのだろうか? ちょっとだけムッとしながらも、会話を続けた。


「それじゃぁ、とりあえず二メートル四方で用意してもらえる? 場所をもらえるなら、他にも育ててみたい薬草があるの」

「わかった、手配する。……他に必要な物はないか? 不足があるなら用意するから言ってくれ」

「うーん、今のところないわ。今日の解呪はどうする? お仕事の前に済ませるなら、この後やるわよ」

「ああ、頼む」


 朝食を食べ終わり、ソファーに腰かけたレイの前に立つ。昨夜と同じように仮面の淵に触れながら、丁寧に呪いを調べていった。絡まる糸を切れないように解いていくような作業は骨が折れる。

 その間は仮面をじっくりと眺める必要があり、嫌でも深い海のような青い瞳と視線が合った。なんだかソワソワと落ち着かなくて、早めに切り上げたのだった。




 それからレイは毎日、昼食後に私の私室までやってきた。


 いつも決まってレイがソファーに座り、私がその前に立って解呪を進める。今日もコバルトブルーの瞳が私を射貫くように見つめていた。


「……ねえ、そんなに見つめられたら作業しにくいんだけど」

「目の前にいるのだから仕方ないだろう。気にするな」

「いや、気になるから! 集中しないといけないのに、作業の進みが遅くなるじゃない」

「俺は別に呪いが解けなくても問題ないが」

「私が問題おおありなのよっ!!」


 この余裕たっぷりな感じがムカつくわー!

 一年。タイムリミットは一年なんだから、急がないといけないのになんで邪魔するのよ……! この視線さえなければ……あ、そうか、目を閉じてもらえばいんじゃない?


「わかったわ、じゃぁ、目を閉じて」

「なぜだ?」


 仮面に隠れてわかりにくいけど、少し眉根を寄せてるみたいだ。私が魔女だから、なにかされると警戒しているかもしれない。


「気が散って作業が進まないから、目を閉じてほしいだけよ。なにもしないわ」

「そうか……それならセシルはこっちに座ってくれ」


 そう言ってレイはソファーの反対側へと私を促す。しかしそれでは体勢的に少々きついのだ。


「私は立ってる方が作業しやすいんだけど」

「それなら目は閉じない」

「は? なに子供みたいなこと言ってるの?」


 レイはまったく譲る気がないようで、早くソファーに座れとポンッと座面を叩く。視線がなくなれば作業も捗るかと、渋々ソファーに腰を下ろした。

 私が座るや否やレイは横になり、なんと膝の上に頭を乗せた。


「んなっ! なにしてんのよっ!?」

「膝枕だ」

「だから、なんで私が膝枕なんてしなきゃいけないのよっ!!」


 なにをさも当然と言わんばかりの顔で言ってるんだ、この悪魔皇帝は。解呪するのに膝枕する必要がどこにあるというのだ。


「いいか。セシルが解呪している間、この体勢なら俺はセシルの希望通りに目を閉じて、しかも仮眠を取ることもできる。さらに誰かが来てもイチャついてる夫婦にしか見えない。一石三鳥だ」


 ドヤ顔で話すレイにムカつきながらも、効果的な反論が見つからない。解呪の時間を捻出するためにハイペースで公務をこなし、疲れている様子なのはよくわかる。少しでも仮眠を取りたいのだろう。

 私も鬼ではないから、最近は疲労回復の効果のある薬草を育て始めた。でも。


「いやいや、そんなドヤ顔で言われても納得できないわ」

「セシル」


 急に真剣な眼差しを向けられて、ドクリと心臓が跳ねた。


「すまない、もう……」


 その言葉を最後にレイは瞳を閉じて、私の太ももにズシリと重みが増す。

 悪魔皇帝は無防備な寝顔を晒して寝息をたてはじめた。こんな瞬間的に眠りに落ちる特技があるなんて聞いてない。しかも気持ちよさそうに眠っていて、叩き起こすのは忍びないと感じてしまった。


「どれだけ自由なのよ……」


 仕方がないのでそのまま解呪の作業を続ける。時間になってイリアスが迎えにくるまで私の膝枕でしっかりと仮眠を取り、とてもスッキリした顔でレイは執務室に戻っていった。


 それから解呪の時間は膝枕がデフォルトになったのに頭を抱えた。



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