第4話 嘘みたいな本当の話


 リリス師匠から独り立ちしてもう一年が経つ。私は帝国を出て、隣国で解呪の魔女として暮らしていた。


 この国は帝国ほど魔女に対して忌避感はなく、国境をまたげばこうも違うのかと驚いた。とても平和な毎日を過ごせていて、最近では近隣の国から訪ねてくる人もいるくらいだ。


「解呪の魔女様、本当にありがとうございます! やっと、やっと息子の目が見えるようになりました! こちらはお礼です、どうぞお受け取りください!!」

「……え、提示金額より多いけど?」


 とある商人のご子息の目が見えなくて、藁にもすがる思いでやってきた親子だった。視てみたらガッチリ呪いがかかっていたので、サクッと解呪したのだ。


 少年の夕陽色の綺麗な瞳が輝きを取り戻し父親はむせび泣いていた。ただそれだけのことなのに、大袈裟すぎる。


「これでも足りないくらいです! 他のヤブ医者に注ぎ込んだ金貨があればもっとお礼できたのですが……申し訳ありません」

「謝らないで、十分すぎるわ」


 それなのに親子は何度もお礼を言いながら帰っていった。

 解呪の料金は事前に伝えるのに、今回のように多めに払っていく人もいる。そんな時は多めにもらった分をこの国の孤児院に寄付することにしていた。


 独り立ちする時にリリス師匠が解呪の報酬だと持たせてくれた金貨もまだ残っているし、解呪の依頼もたくさん来るので生活には余裕がある。


 それでも最初の三カ月は魔女としての一人暮らしに慣れるので精一杯だった。半年を過ぎた頃には少し精神的な余裕もできて、順調に仕事をこなして報酬を稼いできた。


 市井での生活が長くなるにつれて平民のような話し方にも馴染み、今はこぢんまりしたアパートの一室で解呪の仕事をこなしていた。


「さて、今日の仕事も終わったし、寄付は明日にして早めにお風呂に入っちゃおうかな〜。この前買った入浴剤試したいんだよね」


 ひとり暮らしになってヤケに増えた独り言をつぶやき、浴槽にお湯を溜めていく。その間に着替えの準備をしているとドアを激しくノックする音が聞こえてきた。


「え、もしかして急ぎのお客さん? はあ、仕方ないか……お風呂は後ね」


 解呪の依頼はそれこそ二十四時間やってくる。すで時間は夕方を過ぎていた。この時間にやってくるなら、そこそこ緊急性があるのだろう。それならば無視することはできない。

 その代わり依頼がない時間は気の向くまま好き勝手に過ごしているのだ。


 私は浴槽のお湯を止めて玄関の扉を開く。するとそこに立っていたのは、旅人の格好をした四人の若い男性だった。近隣の国から山を越えてやってくるお客さんもいるので、旅人は珍しいことではない。

 お風呂に入る前に気づいてよかったと心から思った。


「あなたが解呪の魔女で間違いありませんか?」

「ええ、間違いないわ」

「よかった……やっと見つけました。それではご同行願います」


 たまにいるのだ。こうやって使いだけ寄こして、私が訪ねるのが当然とばかりにふんぞり返る人たちが。もちろん呪いで動けない人なら私から訪問するけど、その場合だってまずは事情を説明するのが先だろう。

 そういう偉そうな人が往々にして支払いを渋ったり、報酬が高すぎると文句を言う。


「嫌よ、私はどこにもいかないの。呪いを解いて欲しい人がいるなら、ここに連れてきてくれる?」

「申し訳ありません。ここでは事情を話せませぬゆえ、無礼を働きますことを先にお詫びいたします」


 噛み合わない会話に「話を聞け!」と言いたくなるのをこらえた。マイルドに文句を言おうと口を開いたところで、使いの男に一瞬で手首を取らる。

 カチリと音がしたかと思ったら銀色の腕輪がつけられていた。


 瞬間的に魔法を使おうとしたけど、なんの反応もない。どれだけ魔力を込めても銀の腕輪がすべて吸い取っていく。私の手首につけられたのは魔封じの魔道具だ。


「えっ、ちょっと、これ取ってよ! 魔法が使えないんだけど!」


 気が付いて抵抗しようとしても、まったく取り合ってもらえない。呪いと違って魔道具は魔術の術式を使っているので、術式を解く鍵がなければ外せないのだ。この状態ではその辺の街娘と変わらない。男性たちは眉尻を下げながらも、有無を言わせない態度で私を引きずっていく。


「待って! 浴槽にお湯貯めっぱなしだし、戸締りもしないと! それからベランダで育ててる薬草に水もあげないと!」

「承知しました。すべて私たちが対処します」


 悪あがきしてみたけど、華麗にすべて片付けられて文句も言えない。ご丁寧にしばらく留守にしますと張り紙をして、扉の鍵までかけて私に鍵を渡してきた。


 それにしてもおかしい。人間相手におくれをとったことはなかったのだ。私が敵わないとしたら、それこそ訓練を積んだ騎士や魔女並みに魔法が使える魔術士かのどちらかだ。


「ねえ、貴方たち何者なの?」

「申し遅れました。私はディカルト帝国、第一騎士団長のブレイリーと申します」


 帝国の騎士と聞いて三年前の婚約破棄の光景が頭の中に甦ってきた。慌てて苦い思い出を振り払うも、帝都に戻ったら捕まってしまうと青くなる。それもあってわざわざ隣国までやってきたのだ。


「ねえ、まさかと思うけど、帝都に行ったりしないわよね?」

「いえ、このまま帝都までご案内します。そう命令を受けております」

「え! 待って! 私、帝都に戻ったら捕まっちゃうの! だから一緒にいけないわ、離してよ!」


 元婚約者に言われた最後の言葉が、私の心にこびりついている。だから魔女になってからも決して帝都ジュピタルには近づかなかった。


「それでしたら私と一緒に来ていただければ問題ありません。ご安心ください」

「でも……」

「大丈夫です。この命令はなによりも絶対的ですから」


 にっこりと微笑むブレイリー団長の笑顔に、私は引きつった笑顔しか返せなかった。




 移動時間を短縮するために転移の魔道具まで使って、本来出禁であるはずの帝都に、しかも皇城に移動してきた。皇城なんて初めてで思わず周りをキョロキョロ見てしまう。


 飾られている絵画も通路に置かれている壺も、窓にかかっているカーテンをまとめるタッセルさえも、なにもかもが上質で煌びやかだ。自分を振り返ると楽なワンピースに洗ってクシを通しただけの髪で場違いすぎるが、今更どうにもできない。


「それでは解呪の魔女様、こちらへお願いいたします」


 ブレイリー団長の案内でぎごちなく足を進めた。どんどん皇城の奥へと進んでいく。階段を登り廊下を進んで右に曲がり、今度は階段を降りて左に曲がる。どこをどう進んでいるのかわからなくなって、必死に後を追った。


 やがてブレイリー団長はひときわ豪華で重厚な扉の前で足を止める。私に振り返って様子を確認してから、両サイドに立つ騎士たちに合図を送りゆっくりとその扉が開かれた。


 その先には赤いカーペットが真っ直ぐと奥まで続いていて、数段高くなったところに金や宝石で飾られた絢爛豪華な椅子に男性が座っていた。ブレイリー団長は男性の前までツカツカと進み膝をつく。


「皇帝陛下、解呪の魔女様をお連れしました」


 恭しくこうべを垂れたブレイリー団長の後ろで、私は呆然と突っ立っていた。

 私を呼びつけたのが、ディカルト帝国の皇帝だったのが理由じゃない。なんとなく察しはついていた。皇族を守るべき第一騎士団長にこんな命令をできる人物なんて限られているし、やってきたのが皇城だった時点で逃げられないと覚悟も決めた。


 でもそうじゃなくて。

 私の魂が半抜けかけている原因はまったく別のところにあった。


 一年前にクーデターを起こし、わずか五十名足らずの精鋭で皇城を制圧して前皇帝を倒し即位したレイヴァン・オブ・ディカルト。当時の近衞騎士たちを手玉に取った見事な手腕と容赦ない冷酷非道な様子から、ついた呼び名が悪魔皇帝。


 私は過去に一度だけ呪いの魔道具を作ったことがあった。それは魔女の修行の一環で、鼻から上を覆うハーフマスクにありったけの呪いを込めたのだ。


 嘘みたいだけど、私が作った呪いの仮面が、恐れ多くも悪魔皇帝のご尊顔に張りついていた。さらに仮面はこれでもかというほど禍々しいオーラを発していて存在感が半端ない。


 どこをどう巡ってここまでやってきたのか、嘘みたいな本当の話だった。

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