第21話 上機嫌な悪魔皇帝


「陛下、いい加減その緩んだ顔を引き締めてください」

「……無理だ。夢だった恋人繋ぎでデートできたんだぞ。少しくらいは堪能させろ」

「いや、あれからもう二週間ですよ。どれだけ堪能したら気が済むんですか」


 イリアスが呆れた顔で苦言を呈するが、これは仕方ないと思う。ずっと恋焦がれてきた女性を妻にしただけでなく、仲良くデートまでできたんだ。


 夕食の時のセシルだって最高だった。いつものように照れ隠しでからかったら、真っ赤な顔で切なそうに俺を見上げてきて、己の浅ましい衝動を抑えるのに苦労したんだ。


「それより、セシルの家の周辺の摘発は終わったか?」

「はい、三日前に捕らえた賊で最後です。しばらくは大丈夫でしょう」

「順調だな。では次の対策だ。市場から家までの街灯の整備を進めてくれ。地域住民の調査も頼む。とにかく多少費用がかかってもかまわないからから、退去させろ。足りない分は俺の個人資産から出す」


 幸いにも今までの報奨金やらなんやらを使う暇がなくて、結構な資産があった。皇帝になってからも派手な生活は好まないので、貯まる一方だったのだ。


「……少しやりすぎではないですか?」

「なにを言っている、どれだけ注意を払っても、用心しすぎることはない」

「いや、あの強さと聡明さがあれば、街の整備だけで十分ではないですか? 実際に魔女の娘が拐われた時も、私の出番はありませんでしたし」


 イリアスから詳細の報告を受けたときは、さすが俺のセシルだと感心したものだ。

 接近戦もできる魔術師としてイリアスを護衛も兼ねてつけたが、セシルの圧倒的な強さに手を出す間もなかったと聞いている。


「しかし、セシルは人が良すぎるところがあるからな。周辺住人の調査は外せない」

「まあ……そうですね。それではひと月しかありませんから、陛下の影も動かしてください。さすがに時間が足りません」

「わかった。手配しておく」


 ともかく俺はセシルがなんの憂いもなく、新生活が始められるように心を砕いた。




 裏でそんな準備をしていることはおくびにも出さず、昼食を一緒に摂り日課となっている解呪をするためにセシルの部屋を訪れた。


「はい、準備できたわ」


 昼食を終えて、セシルの澄んだ心地いい声が俺の耳に届く。ソファーの端に腰掛けて、俺が横になるのを待ってくれていた。


 俺がどんな子供みたいなわがままを言っても、結局は受け入れてくれる。


 そんなセシルが愛しくもあり、誰かに簡単に騙されるのではないかと不安だった。


「ああ、頼む」


 セシルの柔らかな太ももに頭を乗せれば、ふわりと花の香りが鼻先を掠める。至近距離で見つめていたいのを堪えて目を閉じると、セシルの息遣いとそっと仮面に触れる気配がした。



 もっと俺に触れてくれないだろうか。

 もっと俺のそばに来てくれないだろうか。

 もっと俺に笑いかけてくれないだろうか。



 いつもそんなことばかり考えていた。

 セシルが俺をなんとも思ってないのは理解している。そもそも妻になってくれただけで、最初は満足だったのにどんどん欲深くなっていった。


 妻になってもらうために無茶をしたから、それ以上は求めたりしないし強引な真似はしたくない。


 だからふざけたふりで、こうやって触れるしかできなかった。本当に情けないものだ。


 俺の心のうちを伝えたら、セシルはどう思うだろうか? 悪魔皇帝と呼ばれるような俺が、本気で愛してると知ったら。卑怯な手を使って妻にしたと知ったら。


 その時セシルはこの手から逃げ出すのではないかと思うと、とても気持ちを伝えられなかった。


 こんなしがらみだらけの生活は、きっとセシルには窮屈すぎる。こんな状態で想いを伝えてもセシルを縛りつける重い鎖にしかならないだろう。


 だからセシルが皇后でなくなったその時に、自分の言葉でちゃんと伝えよう。

 それでも受け入れてもらえなかったら、その時は潔く身を引くんだ。


 その後はそっと見守っていこう。完全に気配を消せば、セシルはきっと気付かないから問題ないだろう。

 どこまでも臆病な自分に呆れながらも、まどろみに身を任せた。




 それでも俺は今までにないくらい浮かれていた。


 愛しいセシルが妻になって、彼女の希望を叶えるために持てる力をすべて使う。母上の時にはできなかったことをできるのが嬉しかった。


 だけど俺に周りでは旧派の貴族が怪しい動きをしていて、きな臭い情報が入ってくる。


 教会の不正を取り締まった後、党首が交代して新たな情報が続々と入ってきていた。筆頭はセシルの兄のマックイーン侯爵だ。


 彼が中心になって、セシルの暗殺に関わる貴族や今回のクーデターの件も情報提供してくれていた。

 近いうちに新派の代表貴族になるだろう。


「こちらが影からの報告と、マックイーン侯爵が調べた関係している貴族どもです。この際ですから一網打尽にしますか?」

「よし、セシルが安心して暮らせるように片付けるぞ」


 報告書には現当主のエルベルト・フューゲルスを旗印として旧派がクーデターを起こそうと画策していると書かれていた。


 こちらの調査では確かに百二十年ほど前に皇族の皇女が降嫁してきたが、子に恵まれず養子を取ったとある。ただ、皇女が嫁いだのは事実だったので公爵のままになっていたのだが、都合の悪いことは見えてないようだ。


 公爵家は皇族の血が流れているという前提だけで、推し進めるつもりらしい。旧派の中でも古くから王家に仕えていた貴族たちは静観しているようだ。


「旧派の中でも歴の浅い家ばかりだな。当然か」

「当主が変わり、マックイーン家の次女を娶ったことも影響しているのでしょう。腹の中は誰よりも醜い女のようでしたから」

「では、そろそろ好き放題やってきたツケを払ってもらおう」

「あー、その顔……容赦する気なしですね。後始末はやりますけど、程々にしてくださいね」


 イリアスがげんなりした顔で深いため息をついた。

 仕方ないだろう、あいつらは俺のセシルを追い詰めたんだ。お陰で俺は女神に出会えたわけだが……まあ、その分くらいは考慮してやるか。


「なんのために俺が皇帝になったのか、わからない奴らには教えないとな」


 セシルをどこまでも追い詰めた上に、気色悪い秋波を送ってきてたあの女。それと元婚約者というだけでも許し難いのに、貴族が集まる夜会の場で婚約破棄を突きつけたフューゲルス公爵。

 このふたりに鉄槌を下すのが俺の役目だ。


 セシルが皇城から去れば、命を狙われることはなくなるだろう。セシルの身の安全が第一だ。だが命を狙った貴族をそのままにはしておけない。


 すべての憂いを片付けて、セシルのもとに行こう。

 そう決心した。

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