第33話 魔女の血に誓って
帝都ジュピタルはこの大陸一の大都市だ。
街は人であふれ、最先端の流行が発信され、なにもかもが充実している。もちろん美味しいものもたくさんあった。
朝と言っても昼に近かったけれど、私が起きたら侍女たちにあっという間に出かける準備をされて、気がつけばレイと馬車に乗って街まで出ていた。そうしてやってきたのは、屋台が集まる街の広場だ。
「ほら、セシル。これが食べたかったんだろう?」
「うん! はああ、この屋台が残っててよかった……」
私はレイが手渡しくれた、焼きたての串を受け取った。甘辛いタレがかけられた牛肉の串からは、食欲をそそる匂いが漂っている。
この串焼きは、お兄様がよく私にお土産で買ってきてくれたものだった。最低限の食事しか与えられなかった私には、お兄様がお土産と言って買ってきてくれる串焼きがご馳走だった。
ひと口頬張ってみれば、香ばしい匂いにブラックペッパーがピリッとアクセントになって、あふれた肉汁と甘辛いタレが口の中で運命の出会いを果たす。
「もう最高に美味しい! このタレとお肉なら毎日食べられるわ!」
実際に薬屋で仕事をしていた時は、本当に毎日通い詰めていた。時にはフィオナに買ってきてもらうこともあった。
「そんなにこの屋台の肉が好きなのか」
「だって美味しすぎるんだもの。レイも食べてみて」
私が促すと、レイもひと口頬張って目を見開く。
「ね? 美味しいでしょう?」
「これは……確かに癖になる美味さだな」
レイとこうして串焼きが食べられるのが本当に嬉しかった。お兄様も少し離れたところで護衛としてついてきている。仕事中だから買い食いはしないだろうから、最後にお土産として買って帰ろう。
「セシル、他にも行きたいところはあるか?」
「え! いいの?」
「ああ、前に街へ来た時はあまり回れなかったから、今日はセシルの行きたいところに行こう」
「レイ、ありがとう!」
前回は解呪の仕事場にしている家の購入をして、植物園で休んで夕食を食べて帰ったのだ。ちょっとした行き違いから、せっかくのデートを楽しめなかったから今日はリベンジしたい。
「じゃあ、レイと行ってみたいところがあったの!」
「ああ、どこでも一緒に行く。ほら」
海のそこのような深いブルーの瞳を細めて、レイは優しく微笑む。差し出された手のひらにそっと指を乗せれば、もう離さないというみたいに指を絡めて手を繋ぐ。
周りを見渡せは幸せそうな親子や、友人同士のグループ、そしてカップルが笑顔で街を行き交っている。
あの時は私には関係ない世界だと思っていたから、世界に色を感じなかった。でも今は色とりどりの光にあふれて、心が羽のように軽い。
気持ちが通じ合うだけで、こんなにも世界は変わって見える。
「ねえ、そういえばレイはいつから私を好きになったの? 態度の違いが全然わからなかったのよね」
今度は帝都で評判のカフェに入って、バルコニー席で名物のとろけるフレンチトーストを食べている。甘さ控えめのフレンチトーストは卵液が染み込んで、外はカリッと中はとろけるほど柔らかい。その上に乗せられたバニラアイスと一緒に食べれば至高のデザートになる。
「ああ、二年前からだ」
「に、二年!?」
「前にセシルに解呪してもらったことがある。その時に女神のようなセシルに惚れた」
なんていうことだろう。そんな前から思っていてくれたなんて。でも二年前なら修行中でリリス師匠に言われるがまま解呪していたから、申し訳ないくらいまったく記憶にないわ。
「でも、待って。それなら、もしかしてレイは最初から私を好きだったってこと?」
「そうだが?」
「え、じゃあ、あの仲良し夫婦のふりっていうのは、演技じゃなかったの?」
「ああ、もちろん。演技などしていない」
えええええ! それなら、私が感じてたのは勘違いじゃなかったの……!
「もっと早く知りたかった……」
「それは、すまなかった。お詫びにこれからは全力で愛を囁こう」
「いや! もう十分だから! これ以上甘い空気になったら胸焼けしちゃうから!」
泣きそうな私をじっと見つめるレイに、ドキンッと心臓が波打つ。
アッシュブロンドの艶髪が、サラリと風に揺れる。太陽の光を受けて輝く金髪と深い海色の青い瞳は、真夏みたいに熱を孕んで私を
「セシル」
耳に届く声はほんの少し掠れていて、甘く切ない。
「俺の女神。今までもこれからも、俺が愛するのはセシルただひとりだ」
私の手をすくい上げて、レイは指先に柔らかな唇を落とした。そこから広がる甘美な熱は、胸の奥を焦がしていく。
「セシルの望みはすべて叶えよう。君が望むなら世界さえも手に入れる」
レイにどこまでも深い愛を注がれて、私は溺れそうなほど甘やかされた。
三年前、私は確かにすべてを失った。
でもあの出来事があったから、今の私があるのも事実だ。
婚約破棄されてなければ解呪の魔女になっていなかった。城に勤める文官たちを解呪してなければ、フィオナを魔女にしてなかった。
シャロンたちに捕まらなければ、ラウルとルーカスはお客様のままだった。お兄様とも会うこともなかったかもしれない。
なにより悪魔皇帝と契約結婚をしなければ、レイを愛することもなかった。
すべてが今日の私につながっている。
失ったものは多かったけど、形を変えて私の元に戻ってきた。
悲しみも悔しさも人生のどん底も味わった。リリス師匠に可愛がってもらって、家族や婚約者だけから愛をもらうわけではないと知った。
それでもレイは私のことだけを考えてくれて、皇帝を辞めようとしていた。
私は深く愛されてもいいんだと、愛を求めてもいいのだとレイが教えてくれた。
レイが私を諦めずにいてくれたから、今はこんなにも幸せなんだと思える。
私はただ愛してほしかった。他になにもいらないから、絶対的に愛してほしかった。
そんな私の強烈な渇望をレイだけが満たしてくれた。
でもね、きっとレイは知らない。
魔女の血に流れる、欲深く狂愛と呼ぶほどの恋情を。
渇望するほど飢えた魔女に愛を与えたなら、魔女はその男を離さない。
その代わり、私の真紅の瞳も、心も、魂さえも捧げて愛し抜く。
罪深い強欲な魔女の血に誓って、私が愛を注ぐのはレイだけだ——
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これにて完結です。
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【電子書籍化】婚約者を奪われ追放された魔女は皇帝の溺愛演技に翻弄されてます! 里海慧 @SatomiAkira38
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