第14話 遅すぎる後悔
* * *
「おい、この報告書はなんだ! こんなデタラメばかり書いてないで、事実を話さないか!!」
「侯爵様、そうは言いましても、それが事実なんです。セシルお嬢様が来られなくなってから、私たちも精一杯やってきました。今年はユリウス様の応援もなく、これ以上は無理です」
私は当主としてマックイーン家の領地にやってきていた。
実は国に支払う貴族税が用意できないと知らせが来ていていると家令に聞き、どういうことかと馬を乗り継いできたのだ。
報告書を読んでみれば、魔物の襲撃件数が大幅に増えて領地に甚大な被害が出ていた。
今まではセシルに魔物の討伐をやらせて、ついでに領地での報告を受けさせていた。その後は嫡男であるユリウスに任せていたのだ。
だが、今回のような魔物の被害報告なんて受けたことがなかった。
「なんだと!? あんな小娘ひとりで魔物を倒せていたのだ、ユリウスの応援がなくとも、お前たちにできないわけがないだろう!!」
「いえ、セシルお嬢様は別格でございます。なにせ攻撃に特化した闇魔法の使い手でしたから……領地が三年前まで魔物の被害なくやってこれたのは、ひとえにセシルお嬢様のお力でした」
「ではユリウスはどうしていたのだ!?」
「ユリウス様にしましても、まめに足を運んでくださり大型の魔物を仕留めてくださっていたのです」
魔物の度重なる出没により農地が荒らされ、作物の収穫高はセシルがいた頃の半分だ。
広大な森を保有する侯爵領は常に森に生息する魔物の危険にさらされている。
そのため定期的な魔物の討伐が必要だが、今まではそれでも問題がなかったのだ。
まさかセシルとユリウスが、そこまで魔物の討伐に影響するほどの力を持っているとは思えなかった。
三年前からじわじわと魔物の出現率が上がっていたが、被害の程度がそれまでと変わらなかったからだ。
このままでは私財を切り崩して、国に貴族税を納めなければならない。
「魔物の討伐数もこんなに減っているとは……なぜ報告しなかったのだ!?」
「手紙は出しましたが……返事がなく、私どもはどうしようもなかったのです」
そういえばユリウスは年に何度も領地へ向かっていた。だが、皇城で出仕するようになって、出世に響くからと私がやめさせたのだ。
「くっ、だからと言ってここまで状況が悪ければ、報告書として出せただろう!」
「それは侯爵様が定期報告以外は必要ないとおっしゃってましたので、そのようにしていました」
私の指摘にいちいち言い返してくる領主代理に苛立って、持っていた書類を乱暴に執務机に叩きつけた。
「セシルお嬢様がまとめてくださった資料をユリウス様が送ってくださいましたが、それでも力が及ばず申し訳ございません」
領主代理を務める男が深々と頭を下げた。
今になって、ユリウスが領地のことをくれぐれも頼むと言っていたのが思い出される。
だがもうどうにもできない状況に強く後悔が押し寄せた。
「もうよい! お前のような役立たずはクビだ!!」
「……長い間、お世話になりました」
私が成人する前からこの領地で采配をしていた男は、それだけ言って去っていった。こぼれ落ちるのは深いため息だ。
家名の名誉を守るために奔走して、肝心の領地経営が疎かになっていた。取り急ぎ領主代理を募集して、引き継ぎをしなければならない。
まあ、いざとなればフューゲルス公爵家に支援を仰げば、乗り切れるだろう。
幸い新しい領主代理はすぐに見つかった。隣の領地からやってきたばかりだというが、領主の補佐をしていたとかですぐに実践で使える男だ。
引き継ぎを済ませて、大急ぎで帝都に戻った。
帝都に戻ってまっさきにフューゲルス公爵に面会の約束を入れ、聖女の再検査を受けた貴族たちに連絡をとった。
急いで戻ってきたのは聖女の再検査が、どの程度厳密に行われているかを調べるためだ。
本当ならこちらに注力したかったのに、領地の問題だしユリウスは皇城での業務があるから私が領地に戻る羽目になったのだ。
前皇帝の時から聖女を輩出した家門は優遇されていたから、どの貴族も必死になって聖属性持ちの家系を女を妻に娶った。
魔法属性は血筋の特性が色濃く出るものだ。私の風属性はユリウスに引き継がれている。
しかし私が娶った女は隣国の公爵家の三女だったが、闇属性の家系でマックイーン家にとってはなんの価値もなかった。
幸い遊びで囲っていた女の家系に聖属性の者がいたようで、シャロンがその血を受けついだ。
だから妻が亡くなってすぐに酒場の女を後妻に迎え、シャロンを認知したのだ。
すべてがうまくいくと思ったが、シャロンの魔力はさほど強いものではなく、聖女の認定を受けられなかった。
そこで教会から寄付をすれば不足分を考慮すると打診されたので、迷うことなく多額寄付を収めたのだ。
それが新しい皇帝になって、聖女の検査をやり直すと言い出した。今さら教会で不正があったとしてなんだというのだ。
焦った私は、旧派の代表でもあるフューゲルス公爵に相談に乗ってもらった。
あの方も確かご令嬢のために寄付をしていたはずだ。私は寄付をした貴族たちに連絡をとり、なんとか手を打てないかと奔走した。
そんな私を助けるように手を貸してくれる息子に、嫡男としての自覚が出てきたと嬉しく思っていた。
新しい皇帝になってから皇城に出仕するようになり、やっと貴族としての役割を理解したのだ。
これからのマックイーン家の、いや私の未来は明るいと信じて疑わなかった。
* * *
「エル様、やっぱりお姉様はわたくしのことを恨んでいるのよ。だからあんな大勢の前でわたくしに恥をかかせたのだわ!」
「シャロン、可哀想に……私が慰めてあげよう。さあ、おいで」
サラリとピンクブロンドの髪を揺らすシャロンを、ベッドに押し倒した。
別にさほど欲情していなかったが、こういう時のシャロンはいつまでも愚痴を話してばかりで面倒だったから黙らせたかった。
私にとっても悪いことではないので、思いのままにシャロンを貪った。
いつものように満足させれば、シャロンは穏やかな顔で眠りについた。
まったく女とは面倒なものだ。
最初の頃はわがままもかわいらしく思えたが、最近ではあれでないとダメだとか、これがいいとか細かくうるさい。
挙句の果てに私が用意したプレゼントにまで、文句をつけてくる始末だ。
しかも先日、皇城の事務官が呪われた際にすべて解決したのはセシルだというではないか。
聖女であるシャロンはほとんど役に立たなかったと聞いている。まあ、セシルの自作自演という線もゼロではないが、あの女の性格では考えにくかった。
仮にも数年は婚約者だったのだ。本来の気質くらいはわかっている。
これほどまでに価値があるなら、シャロンに乗り換える必要もなかったかもしれない。シャロンの価値は聖女であること、その一点に尽きる。
見た目だって本当はセシルの方が好みだったのだ。
艶やかな黒髪に控えめな印象の深緑の瞳。真っ白な柔肌は頬だけ薄紅色に色づいて、パッチリとした瞳で見上げてくる。
仕草は洗練されて無駄がなく上品だった。
だから父上も母上もセシルのことは気に入っていて、よく公爵家に招いていた。
しかし隣で眠るこの女は、品のないピンクの髪にガサツな言動。取ってつけたような振る舞いは、傲慢に見えるだけだった。
これでも公爵令息として最上級の教育を受けてきたから、所作や立ち振る舞いはいやでも目についてしまう。
公爵夫人になることを考えると厳しい、と言い出したのは母上だ。
もう少し見れるようになったら結婚を許すと父上に言われ、三年も経ってしまった。
「私は選択を間違えたのだろうか……」
ポツリと呟いた声は、誰の耳に届くこともなく静寂に沈んでいく。
でも、もう後戻りはできない。
闇魔法の使い手として忌避されたていたセシルを、あの時点では妻にしたくなかった。
私の選択はこれでよかったのだと思うしかなかった。
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