第15話 魔女の掟


 私はここ数日間、悩んでいた。


 魔女が悪事を働いたら、魔女が断罪する。それが魔女の掟だからだ。三週間前の文官たちが呪われた件を、レイが捜査したところある事実が判明した。


 文官たちの制服を扱う商会があるのだが、それを運営する貴族が呪いの制服を用意したと言うのだ。

 その貴族が言うには『魔女に頼んで呪いをかけてもらった』ということなのだ。


 動機については硬く口を閉ざしていて、それ以上の捜査は進んでいないようだ。それを聞いて魔女については任せてほしいと、レイにお願いした。


 私たち魔女はその力を決して悪用してはならないという掟がある。聖女と同様に特別な存在だからだ。

 古の魔女が犯した罪を繰り返さないために、連綿と絶対的な掟が受け継がれてきたのだ。


 魔女は魔女によってのみ裁かれる。

 それもまた私たち魔女の掟。


「はあ、気が進まないなあ……でも掟だし、見て見ぬ振りはできないよね」


 覚悟を決めた私は、呪いをかけた魔女の処分についてレイに相談することにした。




 その日の解呪が終わり、執務に戻ろうとしたレイの背中に声をかける。


「あの、レイ。相談があるんだけど」

「相談? セシルからそんな話をするなんて珍しいな」

「うん、前に任せてほしいってお願いした魔女なんだけど……会いにいく必要があるの。行ってもいい?」


 レイが途端に渋い顔になる。レイとは契約があるから、ためらう気持ちはわかる。


 だけど婚姻宣誓書にサインした時点で、お互いの居場所はわかるから逃げ切ることはできない。それに、これでも皇后だから立場的にホイホイと外出できないのも理解していた。


「私は魔女だから影移動ができるし、魔力さえ封じられなければ身の安全は確保できるわ」

「影移動か……まあ、それで移動するなら許可しよう。魔女の件は俺たちが関与できないからな」

「ありがとう! じゃあ、早速——」


 サクッと移動しようとすると、レイが待ったをかける。


「ただし、イリアスを同行させる。本当は俺が行きたいところだが、まだ事件が片付いてないから離れられない」


 なんだか監視されるみたいで嫌な感じがする。私の居場所なんてすぐにわかるのに、悪さなんてするつもりもないのに。


「えー、イリアスもいなくて大丈夫だよ? みんな忙しいし、ほら、魔女って強いし」

「違う、セシルは騙されやすいから、イリアスをつけるんだ」

「ぐっ……! どうしてわかるの!?」

「いや、わかるだろう。隙だらけだ」


 なにを言ってるんだと言いたそうな顔にムカつきながらも、確かにいつもレイにうまく扱われていて反論できない。


 心当たりは大いにあるけど、私だって魔女としてやってきて多少は経験を積んできたのに解せない。むっつりしていたけど、すぐにイリアスがやってきて、同行することになってしまった。




 影移動でやってきたのは、帝国の西に位置するカロンという街だ。


「影移動は初めてですが、なかなか楽しいですね」

「そう? まあ、移動は楽よね」


 ちょっとだけ嬉しそうにしているイリアスが意外だった。帝国の冷血宰相として名を馳せるイリアスは、誰に対しても容赦ない。

 いつも冷たい微笑みを浮かべて、滅多に感情を出すことがなかった。


「それで、この街の魔女で間違いないのですか?」

「間違いないわ。解呪した時に魔力の残滓ざんしを感じ取ったけど、これは魔女ミリアムのものよ」

「魔力の判別ができるなんて……!」


 イリアスはものすごく驚いた様子で言葉を失っていた。なんだろう、私がそんなこともわからないと言いたいのか。


 解呪して闇魔法に変換して取り込んでいるうちに、そのクセみたいなものが読み取れるようになっていたのだ。

 これくらいなら、きっとリリス師匠もできると思うけど。


 ともかく魔女ミリアムはいつも穏やかで、七歳になったばかりのひとり娘フィオナを大切にしていた。何度か会ったこともある魔女だった。


 彼女がどうして……?

 鉛のように重い気持ちを抱えたまま、目の前の古びた一戸建ての戸を叩く。


「フィオナ!?」

「……お久しぶり、ミリアム。私が来た理由がわかるわね?」


 私の言葉にミリアムは憔悴しきった顔を歪めた。久しぶりに会ったけれど、なんだか様子がおかしい。


「セシル……! そんな、どうしたらいいの……?」

「なにか、あった?」


 ボロボロと涙を流し、膝をつくミリアムは激しく取り乱している。そしてフィオナの姿が見えない。


「まさか……」


 魔女は誰の言いなりにもならない。もし、その魔女を自分のいいように使うなら、弱みを握るしか方法はない。


 魔女本人に敵わなくても魔女の産んだ子供なら、ただの人間なのだからどうとでもできる。


「フィオナがっ……人質に取られて、帰ってこないの!」




 泣き叫ぶミリアムを落ち着かせ、なんとか話を聞き出した。


「それでは、やっぱり脅迫されてやったのね」

「ええ……どうしてもフィオナの居場所がわからなくて、アイツらの指示に従うしかなかったの……誰かに話したらフィオナの命はないと言われていて、相談もできなくて……」


 罪を犯した魔女は、その力を封印されただの人間になる。


 その際に代償として老婆のような姿になり残りの人生を送るのだ。そうなるとわかっていても、娘のためにミリアムは呪いの制服を作成した。


「わかったわ、フィオナは私が必ず取り戻す。でもミリアムには魔女の掟に従って、封印の儀をしなければならないわ」

「それは覚悟の上よ。フィオナが戻ってくるなら、なんてことないわ」


 ミリアムは優しく微笑んで処罰を受け入れる。私はギリッと奥歯をかんだ。


 魔女の掟は絶対だ。厳格に遵守するからこそ、魔女が特別な存在としていられる。

 わずかに震える手をミリアムの額にかざした。


禁忌の制約リミテイション


 ミリアムの美しいエメラルドの髪は白くて艶がないものに変わり、ハリがあった肌は水分が抜けた果実のようにしわくちゃになって色褪せた。

 真紅の瞳は輝きを失い、白く濁ってかすかにヘーゼルの色を帯びている。


「っ! 聞いた限りではミリアム様は被害者なのに……」


 その著しい変化にイリアスが声を上げた。冷酷な印象は受けるけど、いつも筋の通った話をしていたと思い返す。


 ミリアムは確かに被害者でもある。そんなことはわかっている。だけど。


「……これが私たち魔女の掟よ」


 私はミリアムを利用した真犯人を捉えるべく、やり切れない思いをぶつけるように闇魔法を展開した。


 自分の足元にある影から闇魔法を流し込み、世界中の影につなげてさまざまな情報を読み込んでいく。これができるのは、今まで解呪して取り込んできた魔力があるからだ。


 普通の魔女なら街ひとつ分がやっとだろう。でも幾万のアイテムを解呪してきた私にとっては、朝飯前と言える。


「絶対に逃さない。仲間を利用した奴らは、絶対に許さない!」


 湧き上がる怒りのまま闇魔法を操っていく。この世に影のない場所なんてない。つまり私なら世界中を捜索できる。


 魔力のクセを読み取って、フィオナと一致するものを探していった。


《うぅ、ひっく……ママ……助けて……ママ……》


 そこで幼い少女の声を拾った。その声ににじむ魔力にハッと瞳を開いた。


「見つけた! ミリアム、取り返してくるから、ここで待ってて!」

「ああ……! フィオナ! よかった……!」


 膝から崩れ落ちるミリアムを残し、イリアスと影移動で目的地に移動した。

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