第13話 魔女の真価


 イリアスの先導で、呪われた人たちが集められた救護室へやってきた。


 通常は夜会などで使われる大ホールを特別救護室として使用していた。それほどの人数がいっせいに呪われたのだ。


 通常の呪われたアイテムでも、こんな風に被害が出ることはない。基本的には呪われた道具を身につけた本人にしか効果はないものだ。


 ざっと見ても百人以上の文官たちが集められていた。等間隔に並べられた簡易ベッドに横ったわり、身体を抱えるようにして痛みに耐えている。


 そもそも私以外の魔女はいつも必ず解呪ができるわけではない。呪いを吐き出さないと受けられないから、この規模の解呪をできる魔女なんてそうそういないのだ。


 そのため苦しみを和らげるために、聖女たちも招集されて苦しんでいる人に治癒魔法を施していた。


「これは……ひどいわね。この中で重症者は?」

「重症者と申しますか、全員が同じ症状なのです。黒いあざが現れて、強い痛みで動けなくなっています」


 文官たちは身体中に黒い蛇が巻きついたような痣が現れて、激痛に襲われていた。


呪眼カース・アイ


 魔女の力を使って視ると、確かに身体全体に黒い霧がかかっている。呪いで間違いないが、通常であれば呪いのアイテムを中心に霧が視えるのに、今回は身体全体を覆っている。


「ちょっと診せてもらうわね」


 そう言ってから、近くにいた文官の袖を捲り上げた。すると黒い霧もふわりと動く。


「なるほど、呪われているのはこの人たちが着ている制服ね」

「しかし、この数の制服がすべて呪われたアイテムになっているとは考えにくいな」

「確かにそうね。普通ならありえないわ」


 レイの言うこともわかる。一着や二着なら怨念が呪いになったのだろうと考えるけど、これだけの数に呪いが現れるなんてありえない。


 それなら、残る可能性はひとつしかない。じっくり考えるのは、とりあえず目の前の苦しむ人たちをなんとかしてからだ。


「まずは解呪するから離れてくれる?」


 私が両手を広げて、黒い霧を操作しようとした時だ。



「お姉様! もうやめて! これ以上皆さんを苦しめないで!」



 二度と聞きたくなかった甲高い声の方へ振り向けば、大きな金色の瞳に涙を浮かべたシャロンが歩いてきた。あの時の記憶が一気に甦る。


 聖女であるシャロンもこの場にいたのだ。でも、不思議と渦巻く様な黒い感情は湧いてこなかった。


 どちらかというと、興味もないと言うのが一番しっくりくる。きっと呪いの仮面に恨みつらみを移したから、義妹に対する感情ごとなくなってしまったみたいだ。


「……解呪の邪魔だから出ていって」

「そんなに私に邪魔してほしくないのね! 皇帝陛下を騙して皇后になった上に、こんな呪いをかけて帝国を乗っ取るつもりなのね!?」


 傍目から見たら聖女として認識されているシャロンが、魔女の私の悪事を暴露しているように見えるだろう。あの時もそうだった。今回は完全に勘違いしているみたいだけど。


 動こうとするレイに目配せして、待ってもらう。どうにもならなかったら、助けてもらおう。


「私が呪ったという証拠はあるの?」

「お姉様が魔女であるのがなによりの証拠じゃない! いい加減罪を認めて!」


 周囲がザワザワとざわめきだす。確かに魔女は呪いを操れるから、このままでは私に疑念の目を向ける者が出てくるだろう。


 私はかまわないけど、レイにとっては足枷になってしまう。皇帝の仕事を邪魔したいわけではないから、なんとかしなければ。


「罪を認めろと言うなら、納得できるだけの証拠を出してくれる?」


 私がここまで言い返すと思っていなかったのか、シャロンは目を泳がせていた。


「証拠がないなら、解呪の邪魔よ。貴女がこうして意味のわからないことを言ってる間も、苦しんでいる人がいるの。目の前にいるのに見えてないの?」


 解呪ができるのは魔女だけだ。そしてこの場にいる魔女は私だけだ。


 私の手をとめるだけで文官たちの苦しみが長引くのだ。苦痛に歪む文官たちの視線を、やっと理解したのかシャロンはなにも言い返せなくなった。


 やっと静かになったので、解呪の魔法を発動させる。


壊呪ブレイクダウン


 私の解呪の魔法は他の魔女が使う【解呪ディスペル】とはまったく違う。呪いとなった思念の塊を破壊して、粒子にしてから闇魔法で包んで取り込むのだ。


完全消滅ドレイン


 会場中の呪いが私の周りに集まって、身体に吸収されるように消えていく。これが解呪の魔女と呼ばれる、私の魔法だ。


 いつの間にか会場はシンと静まり返っていた。うめき声が聞こえない様なので、きっちり解呪できたようだ。


「終わったわ。レイ、戻りましょう」

「さすがセシルだ。見事な解呪だった」


 そっと腰を抱き寄せられて、思わず身体がこわばる。違う、勘違いしてはいけない。これは人前だから仲良し夫婦を演じているだけなのだ。


 ただの演技なのに、いつもより甘くてとろけるように見つめてくるのはなんで!?


「ああ、そうだ! 後日、薬をみなさんに配るわ。万人に効くように調合するから、安心して飲んで」

「えっ! 魔女の秘薬を配ってくださるのですか!?」


 声を上げたのはイリアスだ。前にあまりにも疲労困憊こんぱいの様子だったので、調合してあげたことがあったのだ。


「ええ、呪いにかかると体力を消耗するから。みなさん仕事もあるし、早く回復したほうがいいでしょう? 事務仕事なんてしたくないから、元気になってくれないと私が困るのよ」

「それで、俺のセシルに言いがかりをつけた聖女の処分だが、希望はあるか?」

「レイ、もう面倒だからいいわ。どうせろくな証拠もないのよ。次にやったら対処してくれる?」

「……セシルがそう言うなら」


 最後にチラリとシャロンを見たら、悔しそうに下唇を噛んでいた。

 私が反論すらできなかった、あの頃のままだと思っていたのだろう。残念だけど人は成長するのだ。


 どうしてあの日のままだと思ったのかわからないけど、興味もなかったのですぐに忘れてしまった。


 後日、約束通りに万人向けの丸薬を配布して、今回の解呪の仕事は終わったのだった。


 それから毎日ファンレターみたいな感謝状が届いた。

 返事が面倒だったのと、たまたまそれを目にしたレイがビックリするくらい冷気を放っていたので、皇帝命令で禁止にしてほしいと頼んだのだった。

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