第12話 金髪碧眼は鬼門なので惑わされません


 皇城に来てから、早くも四カ月が経った。


 連れてこられた時は一日中暖炉の火をつけていたけれど、今では冷え込む日だけで済むようになった。

 気温が高くなるにつれて、薬草の育ちも良くなりせっせと世話をして薬作りに励んでいる。


 あの『はい、あ〜ん♡』も、そうしないと薬を飲まないとレイが言うので、非常に不本意だけど継続していた。

 もちろん指を食べられないように、日々攻防している。


 治癒魔法は使えないが、こうして魔女から魔女へ伝えられてきた古の知識がある。だから身体の不調や、多少の怪我で困ることはない。難点はその膨大な知識を覚えることくらいだ。


「あら〜! ユーレイ草ちゃんがいい感じに花が咲いてるわね〜! まあまあ、フランダリアさんは今日もビシッとまっすぐに伸びてて素敵よ〜」


 こうやって愛情込めてかわいがりながら育てると、薬草の育ちも良くて質のいいものが採取できるのだ。レイが用意してくれた薬草園に入るのは、ノーマンか私くらいなのでいつも気兼ねなく薬草たちに声をかけている。


 ノーマンが結界の補強をしてから小動物もやってこなくなった。薬草たちの安全は守られていて、さっき久しぶりにガサガサと気配を感じたくらいだ。


「くくっ、相変わらず薬草を愛でてるのか。セシル」

「えっ、レイ!? もうそんな時間? ごめんなさい、すぐ部屋に戻るわ」

「いや、今日は時間の余裕があるから早めに来ただけだ」


 振り返ると悪魔皇帝がニヤニヤしながら立っていた。私が薬草をかわいがる様子が面白いらしく、たまに時間ができるとこうやって迎えにきて背後から声をかけるのだ。


「ちょっと! いつまで笑ってるのよ!」

「セシルが楽しそうに薬草の世話をしているのが、見てて飽きないんだ……かわいらしくてな」

「もう! 私は真面目にやってるの! そんなにからかうなら、この薬草園はレイだけ出禁にするわよ!?」


 こんな土まみれになっている私に、いつも笑いながら声をかけてくるのだから本当に感じが悪い。こんな風に抜き打ちで来るのも勘弁願いたい。いつも驚く私を見て笑うのだから、仲良し演技をするのに飽きて嫌がらせしているのだと思っている。


「ほう、俺の城で俺が入れない場所があるとは驚きだな」

「確かに場所を借りてるのは私だけど……! あー、もう! 今度の薬はめちゃくちゃ苦く作ってやるんだから!」

「まあ、それはそれで目が覚めそうだな」


 レイに文句を言っても軽く受け流されて、さらに腹が立った。


 これで執務がおざなりなら来るなと言えるけど、皇帝の仕事もきちんとこなしていてつけいる隙がない。

 たまにイリアスと話しているのを聞くけれど、民に寄り添った政策を進めているようで、努力家で有能なのだということもわかった。




 ふくれっ面のまま私の私室に戻ってきて、土まみれの服を着替える。


 私が魔女だと聞いても顔色ひとつ変えずにお世話をしてくれる侍女たちは、着替えが終わるとサッと下がっていった。


 急いでレイのもとに来てみれば、余裕たっぷりに長い足を組んでソファーに腰かけている。こんな風に放り回されることも度々あるけど、いつも私が合わせるのがさも当然みたいな顔をしていた。


「なんかムカつくわ〜!」

「そうか、じゃぁ、解呪はやめて俺の子を産むか?」

「絶っっ対やめないわっ! むしろさっさと解呪してやるわよっ!!」

「くくっ、そうか。ではまず昼食を摂ろう」


 レイにはムカつくけどお腹は空いていたので、その言葉には素直に従った。


 途中、侍女が持ってきた昼食をひっくり返してしまって、新しいものを用意してくれた。私の専属侍女で少しドジなところがあるけど、一生懸命だから好感を持っている。


 レイが渋い顔をしていたけど、私がニコニコしていたせいかなにも言わなかった。昼食を口に運びながら、ムカついた勢いで思っていたことを吐き出す。


「ねえ、解呪する時なんだけど」

「うん?」

「膝枕じゃなくて違う姿勢にしてもいい?」


 最初の頃に膝枕をしてからそのままだったけど、そろそろいいんじゃないかと提案してみる。毎回毎回、レイってまつ毛長いなとか、肌のキメ細かっ!とか、いつも最初だけ耳が赤いのはなんでだろうとか、余計な情報が入ってくるので、もう過剰なふれあいはやめたかった。


「ダメだ」

「なんで!?」

「言っただろう? 一石三鳥なんだ。それに、その姿勢が一番癒される」

「……癒される? 誰が?」

「俺だ」


 私は魔女だし相手を癒すような治癒魔法は使えないけど、いったいレイのなにが癒されているんだろう? 若干話が通じてないけど、自信満々で答えたレイは昼食を食べ終えた私をソファーへと促した。


「私は治癒魔法は使えないし、解呪できれば膝枕じゃなくてもいいんだけど」

「では俺が解呪の時間を作るための餌だと思えばいい。膝枕をしないなら解呪の時間は作らない」

「はあ!? なんでそんなに膝枕にこだわるか、訳わかんないわ!」


 レイはそう言って、私の足にそっと頭をのせてくる。本当にこの膝枕の必要性が理解できないけど、これをしないと解呪させないというんだから仕方ない。だけど人を枕代わりにしないでほしいと思う。


 いつものように耳を赤くしながらも、眠りに落ちていくレイを見つめていた。眠ってしまえば耳から赤みは引いていく。穏やかな午後のひとときは、静かに過ぎていった。


 今日の解呪の作業が終わり集中していた意識を仮面から外した。窓から差し込む陽の光がレイを優しく照らしている。私の黒髪とは対照的なアッシュブロンドの髪はキラキラと輝いて綺麗だった。


 あまりにも綺麗で思わず手が伸びた。

 耳の上で短く切られた柔らかい髪は、少しクセがあるのにサラサラと指からこぼれ落ちる。仮面にかかっていた前髪をそっと後ろへ流した。


 仮面が外れれば、きっと皇后にふさわしい令嬢を妻にするのだと思う。私はあくまでも代替に過ぎないのだ。こんな風に距離を縮めても、契約で結ばれただけの関係だ。もし呪いが解けなくても後継者を産んだら用済みになる。


 だから、心を許してはいけない。

 たまに勘違いしそうになることを言われたとしても、それは皇帝の後継者を用意するための方便なんだから。そうだ、金髪碧眼は私にとって鬼門なんだから。


 レイの髪を弄びながらそんな風に考えていると、扉を叩く音が聞こえた。


「セシル様っ! ただ今よろしいでしょうか!?」

「ええ、いいわよ。今日の解呪は終わったし……」

「失礼します!」


 私が言い終わる前に珍しく焦った様子のイリアスが部屋へツカツカと入ってきた。

 定番になった膝枕スタイルには目もくれず、ソファーの横に跪きこうべを垂れる。いつもとまったく違う行動に少しだけ面食らった。


「陛下にご報告があります。現在、皇城勤務者の間で呪われた者たちが大勢発生しており、緊急を要する事態でございます。そこで解呪の魔女様にお願い申し上げます。何卒お力をお貸しいただけないでしょうか?」

「そんなに呪いが……わかったわ。すぐに行く」

「イリアス、現場に案内しろ」


 いつの間にか起きていたレイが、すこぶる調子良さそうに立ち上がった。

 ……この感じだと、イリアスの話はすべて理解しているようだ。

 いつから起きていた? ねえ、いつから起きていたのよ——っ!!


「セシル、どうした? 俺に触れただけで力が抜けて立てないのか? 歩けないなら俺が抱きかかえてやるぞ?」

「自分で歩けるから結構ですっ!!」


 固まっていた私をからかって、ニヤリと笑うレイを見て確信した。コイツ、狸寝入りだったんだ! ずっと寝たふりして、私がおかしなことをしないか、様子を伺ってたんだわっ!!

 うわあああああっ! すっっっっっっごい恥ずかしいし、めちゃくちゃムカつく——!!


 ともかく、苦しんでる皇城の人のために怒りを呑み込んで、イリアスの後についていった。

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