第23話 眠れぬ夜


 季節は移り変わり、暑い夏が終わろうとしていた。

 フィオナとの生活は楽しくもあったけど、口コミで薬の効果が広まってくると忙しくて目が回るほどだった。


 皇城での調薬が落ち着いている時は、ミリアムにも手伝ってもらって需要の多い安価な丸薬を作ってもらっている。


 元魔女とはいえ魔女なのだから、商品名である『魔女の秘薬ウィッチ・エリクサー』に偽りはない。効果も私たちが作るものと同じだ。


 解呪の依頼も予約はすぐに埋まってしまうほど、依頼が来る。この辺は魔女への当たりが特に強いから、需要に対して供給が少なすぎるのだ。


 私たちはあくまでも魔女との取り継ぎ役として、お店に立っているから認識阻害の魔道具さえつけていれば問題なかった。


 心配していた治安の悪さも、薬屋に因縁をつけて売ってもらえなくなったら困ると思われたのか、背後に魔女の気配がするから敬遠されているのか、至って平和に過ごしていた。


「それではセシル師匠、お母さんのところに行ってきます。週末だからといって、あまりグータラしてはいけませんよ。お昼前にはちゃんと起きてくださいね」

「うん、わかってる。大丈夫だから、早くミリアムに顔を見せにいきなさい」


 どちらが年上だかわからない会話の後に、フィオナは笑顔で影移動で皇城にいる母親のもとへ向かった。


 フィオナは実にしっかりとした娘で、私がマックイーン家から追い出された時よりも頼り甲斐がある。独り立ちは意外と早いかもしれない、なんて考えていた。


 週末はいつもミリアムのところで過ごすため、私はひとりアパートで緊急で来店するお客様の対応をしていた。

 騎士団も街の巡回をしているし、そういう人たちは街の薬屋は利用しないから、そこまで忙しくはない。


 だから以前と同じように好きな時に寝て、好きな時に起きて、好きな時に好きなだけ食べたいものを食べていた。

 だからこそのフィオナの小言になるのだけど。


「まあ、ミリアムの教育の賜物よね」


 そうして寝巻きのままフィオナを見送った私は二度寝するのだ。

 ベッドに入り、うとうとしはじめた頃、扉を激しく叩く音が聞こえてきた。


 ——ガンガンガンッ!!  ガンガンガンッ!!


「んん……もう、誰よ……って急患!?」


 ガバッと起き上がり、寝巻きの上からロングカーディガンを羽織ってお店の扉を開いた。

 途端に鉄サビの匂いが鼻につく。ここまではっきりと血の匂いがするのであれば、深い傷を負ったに違いない。


「入って、すぐに調合するから」

「なっ、魔女かよ!」


 しまった、寝ようとしていたから認識阻害のブレスレットを外したままだった。


「文句があるなら帰って。今日は留守番を頼まれただけなの。その連れを助けたいなら黙っていうことを聞きなさい」


 太々しい態度で命令すれば、緊急事態だし魔女を忌避していても文句は言わなくなる。鎧を着た男が、背負っていた執事服の青年を店内のソファーにそっと下ろした。


 真っ白なはずのシャツは胸から下が真っ赤に染まり、上から布でキツく巻いていても赤くにじんでいる。


「これはどうしたの?」

「主人に頼まれた使いの途中で、破落戸に襲われたんだ。オレの弟なんだ、助けてくれ!!」

「刃物で切られたなら、治しやすいわ。先にこの薬を飲ませて。止血してから布を外さないと血が止まらなくなるの」


 鎧の男は薬を受け取ると、青年に止血薬を飲ませる。その間に私は増血剤と、切られた傷を完全に治療するための飲み薬を作った。


 緊急時は薬草を調合して、水で溶かし最後にほんの少し魔力を流す。これで効能が十倍に上がるのだ。さらに飲みやすくするためにハチミツやレモン果汁を加える。


「顔色が少しだけ良くなったわね。傷を診せてね」


 怪我の具合を観察したが、深くはないが範囲が広いので傷口を塞ぐ薬草を少し追加した。


「はい、これを飲めば完治するわ」

「えっ、この傷だぞ? こんな飲み薬ひとつで治るのか?」

「あのね、これは魔女の秘薬なの。その辺の薬と一緒にしないでくれる?」


 その代わり値も張るのだが、金貨で払えなければ、別の形で報酬を受け取るだけだ。兵士と執事なら、頼めることはたくさんある。


「う……うっ、ぐぅぅ!」

「おい! 大丈夫か!?」

「はっ……はっ……あ、あれ?」


 執事服の青年が起き上がり、腹の辺りを凝視している。先ほどまであった傷はすっかり閉じて跡すら残っていなかった。


「治ったわね。じゃあ、対価をいただくわ」

「マジかよっ! あの傷がこんな一瞬で治ったのか!?」

「兄さん、これは、いったいどういうことですか? 僕は確かに腹を切られたのに……」

「ねえ、ちょっと対価を払いなさいよ」


 なんとかふたりの兄弟から対価を受け取って、またベッドに潜り込んだ。




 すっかり目が覚めてしまったけど、まだ起きる気にはならない。ゴロゴロとベッドを転がってボーッと天井を眺める。


「レイは今頃なにしてるのかなあ……」


 もう新しい妃は来たのだろうか? 私にしたみたいに、膝枕で眠ったり薬を飲ませてもらったりしてるのかもしれない。


 ふとした時に、こうやってレイを思い出す。その回数が多すぎて笑えるほどだ。休みなくなにかをしていないと、頭に浮かんできてしまう。そして新しくやってきた妃と仲睦まじくしているところを想像しては、自分の心を抉っていた。


「ダメだなあ……こんなんじゃ」


 やっぱり金髪碧眼は鬼門だった。


 それなのに、なんで好きになってしまったんだろう。

 仮面の奥から覗くコバルトブルーの瞳が頭から離れない。


 実は夜もあまり眠れていなかった。

 今までずっとそばにあった温もりが急になくなって、やけに寒く感じた。フィオナにレイの様子を聞いてもらおうかと思ったけど、想像が現実になるのが怖くてなにも聞けずにいる。


 本当は臆病な自分はあの頃からちっとも変わってない。


 思ったことの半分も言えればいいほうだ。傷つくのが怖くて、いつも魔女の仮面をかぶって虚勢を張っている。

 でもレイにだけは感情の赴くままぶつけられた。出会いがアレだったせいかもしれないけど。


 なにを言っても余裕で受け止めてくれて安心した。

 蔑むことなく優しく見つめてくれた。

 私を求めてくれて嬉しかった。


 期間限定だったけど、私はここにいてもいいんだと思えた。


「甘えすぎちゃったのかな……」


 こんな風にぐずぐずしている自分に嫌気がさすけど、自分を変える方法もわからない。泥沼のような思考から抜け出せず、今日も眠れない夜を過ごした。

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