第17話 悪魔皇帝の決断
「それでは特別会議を始める」
皇城の一番大きな会議室に、旧派も含めた貴族たちが集結していた。それから高位貴族の令嬢たちも数人呼び出して参加させている。
今回の議題は教会の不正に関する調査と先日の呪いの制服の件についての報告もあり、重大な発表もあると伝えていたので全員が参加していた。
配られた資料の説明が終わり、いよいよ本題に入る。
「まずは先日の皇城で起きた呪いの制服の件からだ。イリアス」
「私から詳細をお話しします。あれは文官の制服に呪いがかけられていたものでした。呪いをかけた魔女は特定済みで、皇后様が魔女の掟に従い罰を与えております。それを依頼したゼイル伯爵の次男コイルはすでに廃嫡の上、収監しています」
ここで会議室がどよめいた。
「静まれ。なにか意見があるのなら、この場で言え」
「では発言いたします。陛下、魔女の掟というのは初めて聞いたのですが、どのようなものなのですか? 皇后様が自ら罰を与えたというのは信じ難いですな」
口を開いたのはエルベルト公爵だ。旧派の代表ともいえる人物でいまだに影響力が強い。
「それについては私が答えます。私は皇后様が罰を与えるのを、目の前で確認しました。罪を犯した魔女は魔女が裁く。それが掟で、罰とは魔女の力を封じられて、人間に戻ることでした。その際に見た目も大きく変わり、今までと同様に生きていくことは難しいでしょう。必要なら映像水晶も提出できます」
「イリアスが証人だ。まだ不服があるか?」
「いえ……結構です」
この国の宰相が証人で物理的な証拠もあるのだ、これ以上の反論はできないだろう。
「では次だ。ジョルジュ」
「はい、私からは教会の不正についてご報告があります」
パラパラと書類をめくる音があちこちから聞こえる。
「お手元にある資料の通り、教会運営本部において聖女様の力を虚偽報告していたと判明しました。不正をしていた神官は記載されている六名で、すでに投獄されています。そして私が直々に再調査したところ、次のような結果になりました」
新たに資料が配られていく。このタイミングでないと暴動が起きかねないので、別紙で用意したのだ。そこには数名の聖女の名前が記されていた。
「本日はこちらに名前の書かれているご令嬢にお越しいただきましたが、あなたたちは昨日づけで聖女から外されています」
「そんな! 嘘よ! ありえないわ!!」
「そうよ、なにかの間違いでしょう!」
会議室に甲高い耳障りな声が響き渡る。
真っ赤な顔で文句を言っているのは、マックイーン侯爵家の次女シャロンとエルベルト公爵家の長女だ。
もちろんふたりともリストにしっかりと名前が載っている。
「これは執政長官が自ら指揮をとった正式なものだ」
「だって、わたしが聖女じゃないなんて、おかしいわ! 確かに聖女の力があると言われたのよ!?」
「ああ、マックイーン嬢はAランクでしたか。ではなにもおかしくありません。あなたの聖女の力は大きく過大報告されていました」
「だから、どうしてAランクではダメなのよ!?」
やれやれとジョルジュが深いため息をつく。
「聖女の認定を受けられるのは、ファースト・ランク以上の方です」
「え? なによ、ファースト・ランクって」
「聖女様の魔力の強さや性質によって、下はEランクから、最上でテンス・ランクまであります。我らが聖女様と認めるのは、Aランクのひとつ上のファースト・ランクからです。ただ聖女の力はお持ちなので見習いといったところです」
呼び出された令嬢たちは青い顔で、俯いていた。ただひとりシャロンが唇を噛みしめてぶるぶると震えている。
「なぜこのようなことが起こったのか、それも調査が済んでいる。ジョルジュ、続けろ」
「さらなる調査の結果、神官に賄賂を渡し虚偽の申告をさせていたことがわかりました」
令嬢たちの父親は、今の言葉で青を通り越して白い顔色になっていた。ここでシャロンもやっと父を振り返る。
「聖女の判定結果を操るなどあってはならないことだ。家督を譲った後は投獄し、のちに流刑地へ送る。連れていけ」
公開処分したのには訳がある。該当の貴族がすべて旧派で、伯爵家以上の当主たちだったからだ。
横のつながりの強い旧派は、エルベルト公爵家が後ろ盾となってすぐに持ち直してしまう。だから言い逃れできない状況で追い込む必要があった。
「特別会議は以上だ。ご令嬢たちには迎えの馬車を手配してある。会議は終わったゆえ、即刻この場から立ち去れ」
こうして、今回の騒動は一件落着となった。
会議が終わり、何食わぬ顔で昼の休憩をセシルと過ごして執務に戻った。
執務を片付けて、一枚の白紙を取り出して今後の計画を書き出していく。夜更けの執務室には優しい月の光が差し込み、俺が走らせるペンの音が静寂に溶けていった。
イリアスを帰らせてから、もう二時間が経とうとしていた。どうしてもまとまらない計画に、思わずため息をつく。
実はセシルには何度も暗殺者や間者が送り込まれている。毒を盛られたことも一度や二度ではない。
ノーマンやセシルにつけている専属侍女は、皇族の影として訓練を積んだ者たちで、それぞれ特技を生かしてセシルを秘密裏に守るように命じていた。
ノーマンの本職は結界魔術士だし、専属侍女は鑑定眼のスキルがある。
この前は毒入りの食事を失敗したふりで派手に処分していた。演技が下手くそだったが、セシルが気付いてなかったので目をつぶってやった。
この犯人たちをどの様に追い込むのが効果的かと考えていた。セシルを亡き者にしようとする輩は複数いるようで、なかなか尻尾が掴めず危険な状況は変わらない。
「それに、なによりもセシルは皇后になんの執着もないんだよな……」
俺の仮面に触れてもまったく痛みを感じていない。つまりセシルは俺を利用して、金や名誉や権力などを欲してないということだ。
セシルが皇后として存在するだけで命を狙われるなら、そんなもの必要ないんじゃないか? 俺が皇帝の座を求めたのは、セシルを守るためだ。
それがむしろ足枷になるなんて、あの時は思ってもみなかった。
「ちょっと! なに辛気臭い顔してんのよ! そんなんでセシルを幸せにできるの!?」
「……アマリリスの魔女か。なんの用だ?」
突然現れた魔女の相手をする気になれなくて、適当に返事をする。
抜き打ちできては、俺に小言を言って帰るのだ。
「前に言ったわよね? セシルを幸せにしなかったら、あなたを呪うって」
そういえばそんなことも言っていたな。まあ、そんなこと言われなくても考えているが。
「だからこそ悩んでるんだろ」
「ふん、一丁前に悩んでる場合じゃないでしょ。セシルの命が狙われてるのに、チンタラやってるんじゃないわよ」
アマリリスの魔女の言葉になにも返せない。
「それとも、皇帝じゃないとセシルを幸せにできないとか馬鹿なこと考えてるわけ?」
「いや、そうじゃない。セシルは皇后の立場になんの未練もない」
「なによ、それがセシルのいいところじゃない。自分のためにはビックリするくらいなにもしないのに、人のためならとことん頑張るのよ、あの子は」
そんなのわかってる。あんなに文句を言いつつも、俺の身体を気遣って丸薬は作ってくれるし、呪いの被害者や、罰を受けた魔女にだって手を差し伸べるんだ。
そんなセシルだから愛おしい。
だからこそ俺はセシルを守りたい。
「そうだな。それならこんな危険な場所からセシルを解放しよう」
「あら、やっと決心したの。ほんと頼りない男ね。次からは私が尻を叩かなくても、さっさと決めなさいよね」
「ああ、すまないな」
「じゃぁ、セシルを頼んだわよ」
それだけ言って、アマリリスの魔女は影の中へと姿を消した。
そうだ、セシルを解放しよう。
こんな堅苦しい生活から、皇后という立場から。
俺はただ、この決断でセシルが幸せになるのだと信じるだけだ。
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