第24話 求婚
二人で部屋を出て歩く。
今日は新月である。月明かりはなくて、代わりにたくさんの星が瞬いている。いつもより暗い夜に、草木の匂いが鮮明だった。
衛兵は曲がり角ごとに立っている。強力な魔法陣による結界が張られたこの城に衛兵は必要ない。けれど、少しの異変を察知するために必要なのだ、そうシェイラは思う。
回廊には二人の足音が響く。カツカツと大理石の硬質な音だけが耳に入る。静かな夜だった。
(あの夜、衛兵は少なかった)
そんなことを考えながら歩くと、隣のフィンから爆弾発言が降ってきた。
「一応、伝えておくが……俺は、君を正妃にと望むつもりでいる」
「……えっ」
シェイラは、ローズクオーツの瞳をこれ以上ないぐらいに瞬かせる。足音は止まっている。
(ちょっと、待って)
フィンのオッドアイがこちらを見つめている。特に揶揄っているという風ではない。極めて真面目に、真摯に、こちらを見ている。けれど、この言葉は状況とのアンバランスさのせいで真実味に欠けるように思え、シェイラは首を傾げた。
「……聞き間違い、かしら?」
「俺は、君を正妃にと望むつもりでいる」
間髪を開けずに、フィンがもう一度言った。
(ええと。つまり、これは)
これは、やはり間違いなく求婚である。なのに、こんなにムードも何もない王宮内の廊下で、立ち話だ。つまり、この話はきっと前座に過ぎない。フィンが話したいのはほかのことなのだろう。
「驚いたか」
「そうでもないわ」
動揺を悟られないように、シェイラは次の話を待つ。
「君は、そこまで考えてはいないだろうが」
「そんな……」
シェイラは否定しようとしたけれど、言葉がうまく続かなかった。そんなことない、自分だってフィンの隣に立ちたい、と言えたらいいのに。けれど、そんな軽い言葉では相応しくない気もして二の句が継げない。
「前世で14歳になったばかりの頃、王女が俺を専属護衛騎士に指名してくれたことを覚えているか」
「……もちろん」
そのことはシェイラもよく覚えている。前世で絶対に曲げなかった、唯一のわがままである。
「正直に言うと、あの時は本当に辛いと思った」
「……どういうこと……?」
「一生手が届かない存在だと分かっていながら、君が誰かを伴侶に迎えて生きていくのを一番近くで見ることになるのか、と。距離を置きたいと思っていたところで、最悪の勅命だった。それでいて全部分かっているように見える王女の顔が、憎らしかった」
フィンは深く息を吐いてから続ける。
「しかし。それと同時に、あの時の喜びも同時に残っているんだ。王女が俺のことをずっとそばに置きたいと思っていると内外に示してくれたことへの、この上ない幸福感が」
「陛下……」
「だから、今度は俺がそれを示そうと思う」
(そんなことを、思っていたの)
シェイラはぽかんとフィンのことを見上げる。
前世、二人はお互いの想いについて確かめ合うことはなかった。言葉はなくても分かり合える関係だったけれど、聞いたのは今日が初めてだ。
(どうしよう。すごくうれしい)
「それでだ。それがどういうことに繋がるかは君ならわかるだろう」
「……それはまぁ」
やっと本題に入ったことを察して、シェイラはホッとした。この会話は、心の準備も何もなしの完全な不意打ちである。これ以上の緊張感に耐えきれる自信がなかった。
「正直、かなり期待はしている。どんな方法で外野の声をねじ伏せてくれるのかを」
「もう、守ってはくれないのね?」
「その方がいいなら喜んでそうする。全然問題ない。権力を行使して、誰にも文句は言わせない」
すらすらとフィンの口から流れ出る言葉に、シェイラは苦笑する。
「ふふっ。どんなに貴方が私を守ってくれようとしても、私自身が周囲に認めてもらえなければ根本的な解決にはならないものね」
「ああ」
「具体的な話は、まず隣国との講和を結んで王女の寿命の問題が解決できてからの話になるが」
「あの。陛下、それは……」
シェイラが誤解を訂正しようとしたところで、少し先の曲がり角から声が聞こえた。
「これは、陛下……とキャンベル伯爵家のご令嬢で」
角から現れたのは文官の集団だった。こんな夜遅くまでご苦労なことだ、と思うと同時に、その中に偶然にも昼間ぶつかった彼らの姿を見つける。二人は目を白黒させていた。
シェイラは何も言わずに端へ寄って道を開けると、軽く頭を下げる。
「……」
その姿を見て、フィンは何かを察したらしい。笑ってくれるかと思ったが、表情はたちまち硬くなっていく。
「陛下。お見送りはここで結構でございます。私は後宮での子細をご報告に上がっただけのこと。お渡りにならないことをお決めになっている陛下に、わざわざ送っていただく理由はございませんゆえ」
文官の集団は立ち止まってフィンに一礼する。けれど、二人の会話に耳をそばだてつつ、シェイラの言葉に唖然としているのが見えた。
「では転移魔法で」
「いいえ。私は魔法が使えませんから」
「俺が送ろう」
そう言ってフィンは紙を取り出す。文官たちはそれを瞠目して凝視しつつ通り過ぎていく。わざわざ王族が誰かのために自分の魔力と魔法陣を使うのは、めったにない。特別だ、と示しているも同然だった。
(絶対わざとだわ)
シェイラはフィンを睨んだが、フィンはどこ吹く風である。
さっき、『どんな方法で外野の声をねじ伏せるのか楽しみだ』と言っていたのは一体どこの誰なのか。
結局は過保護な従者の顔を隠せない彼に、シェイラは呆れつつもくすぐったい気持ちになったのだった。
その夜。明日になったらもう一度メアリの部屋を訪ねてみよう、そう思ってシェイラは眠りについたのだけれど。
――翌日、メアリは消えていた。
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