第25話 行方不明・1

 次の日の朝。


 コンコンコン、と扉をノックする音が響く。大きな音ではないけれど、その間隔の狭さからかなり切羽詰まっていることが分かった。


「……こちらに、メアリお嬢様はいらしていませんでしょうか!」


 事態の異常さを察知し、侍女の後ろから玄関の外を覗き込んだシェイラが見たものは、取り乱したメアリ付きの侍女の姿だった。


「メアリ様はいらっしゃっていませんが……どうかなさったのですか?」

「朝からお姿が見えないのです。庭など、後宮内を探したのですがどこにも」


(……!)


 ハリソン伯爵家からメアリに付き添ってこの後宮に上がった侍女は、目に涙を溜めている。


「何かお手紙などは?」

「それすらなくて……ですから心配なのです」


 シェイラの脳裏には、昨日慌ててこの部屋を出て行ったメアリの姿が思い浮かんでいた。


(この行方不明と、昨日の出来事が無関係とはどうしても思えないわ)


「女官長と陛下に報告を。大々的に捜索をするべきよ」


 すぐにメアリの捜索は始められた。けれどその日、彼女の行方が分かることはなかった。


 ◇


 一週間が経過しても、メアリの行き先が分からない状態が続いている。


「メアリ様は……本当にどちらへ行ってしまわれたのでしょうか」

「ハリソン伯爵家に問い合わせたけど、戻ってないって」

『みゃー』


(あの時、部屋に籠ってしまわれたメアリ様のお話をきちんと聞いていれば……)


 サラとティルダの会話に、シェイラは猫のクラウスを撫でながら唇を噛む。


 メアリ不在の後宮メンバーは、メアリの部屋に集まっていた。彼女がいなくなってからお茶会は催されていない。けれど、皆メアリのことが心配で、気が付くとこの部屋に来てしまうのだ。


「いなくなる前日は体調が悪いって言っていたのよね? それでお茶会の準備中に欠席したいと」

「はい……ですが、少し様子がおかしいところもあって」


 ティルダの確認に、シェイラは言葉を濁した。


「きっと、大丈夫ですわ。メアリ様は名門・ハリソン伯爵家のご令嬢です。私達は名ばかりの寵姫とは言え、貴族たちからの心象を考えるときっと陛下も血眼になってお探しでしょう」


 サラの言葉に、ティルダも力強く同意する。


「そうね。王宮の魔導士が描く捜索の魔法陣は精度が非常に高いと聞いているし! 昔、魔法道具を扱う業者から手に入れたものは迷子になったペットを見つけてくれなかったけど! ここならきっと大丈夫!」


 不吉すぎるティルダのフォローに、シェイラとサラの笑みが引き攣る。


(……だと、いいのだけれど)


 捜索魔法は、高位魔法であり単純な迷子や行方不明の場合に高い効果を発揮する。けれど、本人が意志を持って失踪した場合には話がまた変わるのだ。


(メアリ様が捜索を妨害する魔法を使っていたら、少し面倒なことになる。元々捜索魔法の魔法陣は難しいもの。精度は一気に落ちるわ)


 メアリが行方不明になったことを知ったフィンからは特に音沙汰はないし、シェイラもあの城壁近くに行くことはしていなかった。それにはまた別の理由がある。


 コンコン。


 また新たに誰かがこの部屋にやってきた気配がする。


「後宮の皆様、ご機嫌麗しく……はないですわよね。失礼いたしました」


 そう言いながら現れたのは、フィンの妹にあたるペネロープ第一王女だった。


「お久しぶりにございます、王女殿下。こちらにいらっしゃるとは、どうなさったのですか」


 いつも砕けているティルダの言葉遣いが丁寧になっている。


 フィンより少し濃いグレーの髪に、紺碧の瞳。可憐な外見通りのよく響く高い声をしたペネロープ第一王女は、国の華として知られる存在である。


 王太子時代はほとんど外に出ることがなかったフィンよりも、国民の一部からは人気とする声も聞かれる。


 年齢は15歳。彼女は一度だけシェイラの部屋に来たことがある。フィンに城壁で魔法陣を描いた後のこと、『ここでの暮らしに不便はないですか』とわざわざ聞きに来てくれたのだ。思えば、あれもフィンの計らいによるものだったのだろう。


「兄から、シェイラ様宛てに言付けを承ってきたのです。メアリ様の捜索が難航しているので、力を貸してほしいと」

「もちろんですわ。……私にできることがあるのでしたら」


 シェイラは屈んで答えた。


「そっか。シェイラ様の商会は魔法陣を専門に扱っているのよね。……でも、王宮勤めの魔導士よりも質が高いものを描けるの?」


 早速言葉が戻ったティルダに、ペネロープは優しく微笑む。


「兄の不眠症を直したのはシェイラ様ですわ」

「まあ! ていうか不眠症だったのね、陛下は!」


 メアリの捜索を手伝いたい気持ちは大いにあったが、現在、シェイラとフィンの周辺にはある問題が発生していた。シェイラは遠慮がちに問いかける。


「ただ……今、私が伺ってはお邪魔ではないかと」

「そのために私がお迎えに参りました。私を盾になさってくださいませ」


 ペネロープは悪戯っぽい笑みを湛えている。まだ少女だけれど、芯の強さを感じさせる眼差し。事情を知っているのだ、そうシェイラは思う。


 この前、フィンから予想外の求婚を受けた日。自分の魔法でシェイラを送り届ける場面を目撃した文官たちによって、二人の関係は王宮中に広まってしまった。


 ――国王陛下が、後宮ではなく王宮に寵姫を招いている。しかも、その相手は後ろ盾としては極めて弱いキャンベル伯爵家の令嬢だ、と。


 プリエゼーダ王国での後宮は側室たちのためだけのものである。当然、正妃となると王宮内の王族と同じ場所に部屋を持つことになる。


 後宮ではない場所で一緒にいたということで、憶測が広まるのは当然のこと。二人にとっては予想の範囲内だったけれど、タイミングが悪すぎた。


 そして、ここにいるティルダやサラの耳にもその噂は入っているはずだった。けれど、その話題は一度も出ていない。いつも通りシェイラに接してくれる二人に、シェイラはとにかく申し訳なかった。


(早くお話ししたい)


「メアリ様が見つかるように、ご健闘をお祈りしますわ」

「私も手伝えないのが残念。シェイラ様、頑張って!」


 浮かない顔のシェイラに、ティルダとサラは優しく声をかけてくれる。


「ありがとうございます……では、行ってまいります」


 魔法陣ケースを手にし、シェイラはペネロープの案内で執務室へと向かったのだった。

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