第27話 行方不明③
ゲイリーと名乗った魔導士が手のひらに魔法陣をのせ、魔力を吹き込む。
同行するのはシェイラのほかにフィン、ケネス、そして数人の護衛兼側近たちだった。わざわざ陛下が行かなくても、という声もあったが、メアリが行方不明になって一週間。最悪の事態を想定し、最善を尽くしたことが示せなくてはいけない、と言ったのはケネスである。
(メアリ様、どうかご無事で)
シェイラはフィンに肩を抱かれ、真っ白な光に包まれた。
――転移魔法独特の、初めは視界がはっきりしないこの感じ。だんだんともやが消え、視界が鮮明になっていく。
(ここ……)
そこは、湖のほとりだった。
(しかも、ここは)
「……メイリア王国との国境近くか」
「そうね。空気が違う」
「メアリ様はこの近くにいらっしゃるということですね」
「……ここに来たということは……間違いないだろう」
ケネスに答えるフィンは何か確信を持っている様子だった。その理由は、シェイラにも分かる。
(……ここは、私が前世の最期、城に仕える者たちを飛ばした場所)
前世で城が襲われたとき、アレクシアは持てるだけの魔力を使って城にいる使用人たちをここまで飛ばした。隣国の一つ、メイリア王国は国交を結ぶ友好国である。走り書きに近いものだったけれど、当時は国王宛てに書簡も送った。
その結果、彼らは隣国で保護され、犠牲は最小限で済んだのだ。
(あの時は、混乱していて誰が裏切ったのかは分からなかった。転生してから私達は真相を知ったのよ)
その時、湖に足を浸して佇む一人の女性が見えた。少し離れた場所に立っていて、見えるのは後ろ姿である。しかし、この見慣れた背格好は彼女で間違いがなかった。
「マージョリー」
メアリの前世の名を呼んだシェイラの声は、しんとした湖畔に響いた。
彼女は予想がついていたかのように落ち着いてゆっくりとこちらを振り向く。そして、言った。
「ご面倒をおかけして申し訳ございません、陛下」
一体どういうことだ、と困惑の表情を見せる同行者たちをフィンが手で制するのを横目で見ながら、シェイラは彼女のもとに歩いていく。
「……心配した。よかった、無事でいてくれて」
「陛下がお探しになるのであれば、居場所が見つかることは想定済みでした。しかし、こんなに早くとは……さすがですわ」
「もしかして……今日着いたばかり?」
「はい。王都からここまでは時間がかかりますから。……前世、私はここの湖に身を沈めました」
メアリの答えに、シェイラは無言で頷く。
メアリの前世は、王宮の女官マージョリー・ハーレイである。アレクシアは10歳以上年上の彼女のことを信頼し、重用していた。彼女は、城に張ってある防御魔法の結界に干渉できるごくわずかな人物の一人だった。そしてそれは城の陥落に繋がった。
(歴史の資料によると……マージョリーはハーレイ家を人質にとられて王家を裏切った。そして、アレクシアの転移魔法でここに飛ばされた後、隣国に保護される前に亡くなっている)
「前世、私は本当に取り返しのつかないことをいたしました」
メアリの体はがくがくと震えている。日はまだ高いし、季節も秋口で湖の水は冷たくはない。ついさっきまで死を覚悟していたはずのメアリが何に怯えているのか。シェイラには心当たりがあった。
シェイラは靴のままじゃぶじゃぶと湖に入っていく。
「陛下、お召し物が濡れてしまいます。どうかお戻りを」
「そんなこといいの」
「陛下」
メアリの怯えた表情を見て、シェイラは確信した。
「……マージョリー、ううん、メアリ様。今すぐ私に謝って!」
「……陛下」
真っ青な顔に涙を浮かべているメアリの腕を、シェイラは力強く掴む。
「私だって、前世でやり残したことはたくさんあったの。私のことを、手段を選ばない狡猾な存在だと思っていたでしょう? でも、未来には希望を持っていた。好きな人だっていた。幸せになりたかった。それが、あの晩に一瞬で奪われたのよ。……だから、謝って」
「陛下。どうかそれだけは……ご容赦ください」
メアリは泣きながら頭を下げているけれど、シェイラも一歩も退かない。
「嫌よ。絶対に謝ってもらう」
「……シェイラ様は何を興奮されているのでしょうか」
後ろの方からケネスの声がする。少し離れた場所で見ているため、事態の把握がしきれない様子だ。しかもメアリはなぜかシェイラのことを『陛下』と呼んでいる。フィン以外の者に状況が理解できるはずもなかった。
「メアリ嬢は輪廻転生で生まれ変わった転生者だ。前世は、マージョリー・ハーレイ。このプリエゼーダ王国の城が最後に落ちた時、その手助けをした裏切り者だ」
「転生者……! それも犯罪者とは……」
フィンの答えに、同行者の間には動揺が広がる。
確かに、この国では輪廻転生の概念がある。けれど、こうして実際にそれを目にすることはめったにない。合わせて、転生できるのは精霊と取引をした高貴な魂だけである。犯罪者が生まれ変わるとは前代未聞だった。
遠くに感じられる彼らの動揺をまったく気にかけることなく、シェイラは続ける。
「どうして謝れないのか当ててあげましょうか? ……それは、マージョリーの心残りが私への謝罪だからよ」
「……」
メアリは口を引き結んだまま何も喋らない。
「私も、転生してからいろいろなことを知った。あんな結果になることを見抜けなかったのは私の落ち度でしかない。ハリソン家が抱えていたものにも気付けなかった」
「陛下がご自分を責めることはありません。悪いのは私一人です」
「確かに、貴女がしたことだけを見れば許せないわ。でも……謝りたいと思って死んでいった人に、もうこれ以上は……」
シェイラは言葉に詰まった。本当は、家族を人質にとられ正気を失っていたのだから仕方がない、そう言いたかった。けれど、背後にはもう一人の当事者であるフィンと王族に仕える者たちがいる。軽率なことは言えない。
それに、転生するほどの『心残り』が如何ほどのものかということは、シェイラが身を以て知っていた。
「私も、転生した。でも、アレクシアとしてではなく今はシェイラとして生きているの。だから、メアリ様に生きてほしい」
シェイラは大きく息を吸って続ける。
「それが、マージョリーに出来る償いだわ」
「……!」
涙を湛えたメアリの瞳が大きく見開かれる。そしてそのまま湖面に崩れ落ちた。
「陛下。申し訳ございませんでした。私は、なんと愚かな選択を」
水の中で、メアリは両腕を抱えて震えている。
「いいのです。謝ってなんて、もう言いませんわ。だって私はシェイラですから」
「……陛、、シェイラ様」
シェイラはメアリの腕を引いて立ち上がらせると、ゆっくりと手を引きそのままフィンたちの方へと向かう。フィンと同行者たちはその光景を見つめていた。
「なぜ、キャンベル伯爵家の令嬢がここまで犯罪者の生まれ変わりに傾倒なさるのかわかりません。ただ、後宮で話が合っただけという関係でしょう」
シェイラとメアリの会話はしっかりと聞こえなかった。離れた場所からではただ二人が泣きながら話しているだけに見える。それに不満そうな一人の側近を、フィンは一瞥した。
「……シェイラ嬢も転生者だ。名は、アレクシア・ケイト・ガーフィールド。マージョリー・ハーレイと同じ時代に生きていた」
「……それは」
ケネスが息を呑んだ。
「ああ。『悲劇の女王』、『美貌の女王』の方が知られた名かもしれないな?」
腕を組み鼻で笑ったフィンに、その場にいた全員は顔を見合わせる。
「まさか……」
「女王・アレクシアは高名な魔導士としても名を遺されているお方ですね」
「では、さっき描いていた魔法陣は」
「どうだ。正妃としては適任すぎると思わないか」
フィンは、さっきまで執務室でシェイラに厳しく接していた彼らに対し、鋭い視線を送る。
その碧い瞳に浮かぶのは、側室に対する過剰な恋慕の情ではなく、怒りだった。
当然、言葉を返せるものはいなかった。
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