第10話 婚約破棄②

「半年前、うちはキャンベル伯爵家を通じてシェイラ嬢に縁談を申し込んだんだ」


 悪びれる様子もなくサイモンは言った。


「ああ、魔法陣の事業を取り込みたかったのですよね」

「まあ、そうだね」


 包み隠さないシェイラの物言いに、彼は苦笑いを浮かべた。人並みに整ってはいるが、食えない笑顔である。


 シェイラは、その申し出を確かに覚えている。両親がシェイラに持ってきた最後の縁談だったからだ。それ以来、シェイラへの縁談の話はぴたりと止んだ。


 それに、その時のシェイラはフォックス男爵家との縁はあった方がいいと思った。けれど、21歳で寿命を迎える自分が婚約したのでは意味がなかった。結婚をする前に死んでしまうのだから。


 しかし、ローラをその座に据えることはフォックス男爵家側が許さなかった。彼らが欲しいのは、シェイラの頭脳と器用さだった。


「あの話が来た時、なんでローラじゃなくてシェイラなんだって疑問だった。……サイモン、お前の女の趣味の悪さは有名だからな」


 事の次第を理解しつつあるジョージの声が冷たくなっていく。


「そう。私は、清廉で品行方正なお嬢様よりも、奔放な悪女のほうが好きでね」


 サイモンはローラを見て微笑む。ローラはわざとらしく両手で顔を覆った。


「それにしても、シェイラ嬢が婚約を承知していなかったなんてな。やるな、ローラ」

「うちでは、ジョージお兄様とシェイラ以外は知っていましたわ。内緒にしていても、シェイラなら、いざとなればフォックス男爵家に嫁ぐと。それがシェイラにとっての幸せだと皆思っています」


「そうすると、シェイラ嬢との婚約を破棄してしまったら、私とローラが結婚するのは難しくないか」


「大丈夫。だってお母様は、本当は私とサイモン様の結婚を望んでいたもの。私にシェイラみたいな才能がなくて残念だって何度も嘆いていたわ。なんだかんだ言ってもお父様はお母様の言いなりだし、問題ないですわ」


 ローラとサイモンの楽しげな会話に、シェイラは頭がくらくらした。


「……分かったわ。つまり、こういうこと? 私は一度婚約をお断りしたけれど、実際にはお父様を言いくるめて家同士で婚約を進めていたと」


「そうだ。もちろん、婚約破棄前提だなんて君の父上には言っていないけどね。でも、立て直したばかりの貧乏伯爵家なんて、金の力で何とでもなる」

「婚約宣誓書はどうしたのかしら?」


 シェイラに怒りはない。平坦な声で聞き返す。


「もちろん、半年前に王宮に提出済みだよ。君の両親が書いてくれたからね。ああ、早く取り下げないといけないね」


 かつてのアレクシアが頻繁に相手にしていた、血の通わない笑顔。不本意にも懐かしさを覚えたシェイラは、ふー、と深く息を吐く。


 どうやら、どう転んでも、してもいない婚約を破棄されるようである。普通の貴族令嬢であれば、傷物として見られてもおかしくない。


 これは、ローラと結婚しつつ、どこにも嫁げなくなったシェイラをキャンベル商会で一生働かせようという魂胆なのだろう。


(この人生でも、また裏切り、か)


「ジョージお兄様。これは、結構酷いお話ね?」


 一通り聞き終えたシェイラは、自信たっぷりに微笑んで首を傾げた。


「……だから、なんで、そんなに余裕なんだよ、お前は!」


 さっきまで冷やかしながら成り行きを見守っていたジョージの目には、怒りが浮かんでいた。

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