第11話 父の言い分と契約魔法

「お父様、ローラお姉様に事情は聞きました。どうして私に婚約のことを教えてくださらなかったのですか」


 サイモンとローラは次兄ジョージによってサロンを追い出された。二人は不満そうにしていたが、この家で兄妹間の上下関係は絶対である。


 ため息をつきながらその様子を見守ったシェイラは、その後すぐに父親のいる書斎までやってきていた。


 冷静に問い質すシェイラに、父は頭を抱えている。


「それは本当に済まなかった。ただ……シェイラはずっと独り身が良いと言っていただろう? もし、将来考えが変わったときにいい相手がいないと困るのではと思ってな。フォックス男爵はいつまでも待ってくれるというものだから。さすがに、大人になればシェイラの考えも変わるだろうと。……まさか、こんなことになるとは」


「こんなことになる、って。ローラは母上そっくりだろう? シェイラに内緒で話を進めようとした時点で気付けよ! 少し考えれば分かることだろう。どうなってんだよ、この家は!」


 代わりにジョージが怒ってくれればくれるほど、シェイラの頭は冷えていく。


「……お父様。キャンベル伯爵家の一員として、これまで私は尽くしてまいりました。この後は私にどんな期待を? サイモン様とローラお姉様は私をこの家に留めて働かせたいようですが」


「いや、それだけはさせない。……済まなかった」


 父親の謝罪を、シェイラは諦めの境地で眺めていた。


(お父様は優しいけれど、それはローラお姉様やお母様に対しても同じこと。きっと、泣きつかれたら約束は簡単に反故にされるわ)


 さっき、サイモンの話を聞いたとき、シェイラは何もかもを置いてこの家を出るつもりでいた。自分がいなくなれば、商会が立ち行かなくなるのは目に見えている。あの狡猾なサイモンのことだ。そうすればローラとの縁談もなくなるのだろう。


 婚約自体をシェイラが拒絶していたと知っても、サイモンとローラはシェイラが傷物扱いになることを恐れていると信じて疑わなかった。それが滑稽すぎて、シェイラは笑みがこらえきれなかったのだ。


(でも、それではジョージお兄様の立場が)


 憎まれ口を叩きつつ、これまでジョージはずっとシェイラの味方だった。口はものすごく悪いけれど、信頼できる兄である。自分一人だけ逃げて、兄に後処理を強いるわけには行かない。シェイラはジョージの立場をどうするか、それだけを考えていた。


「しかし、ちょうどよかった」


 黙り込んでしまったシェイラが謝罪を受け入れたものと思い込んだ父親が、暢気に続ける。


「さっき王宮に行ってきたところなのだが。もうすぐ、新しい国王陛下が即位されるだろう。その後宮に上がる令嬢を探しているらしくてな」


 話の流れを読んだシェイラは先回りをする。


「……それは、女官ということですよね」

「いや、寵姫のほうだ」


「えっ」「はぁ?」


 シェイラとジョージは同時に声をあげた。兄がまた怒りを爆発させそうだったため、シェイラは横目でちらりと見ながら補足する。


「一応、名誉なことですわ、お兄様」

「知ってる。……にしても、この話の流れで言うことかよ」


 精霊に対する信仰が厚く、また繁栄を善しとするプリエゼーダ王国には、後宮が存在する。女王・アレクシアの代ではなかったが、彼女も将来は弟のために準備するつもりだった。


「お父様。……傷物、では後宮には上がれないかと」

「いや。王太子殿下は変わったお方のようでな。身元が確かな貴族令嬢であれば細かい点は問わないのだそうだ。正妃を置いたうえでの人数合わせなのだろうという専らの噂だ。どうだ、悪い話ではないだろう」


(……現在の王太子殿下はあまり表には出ていらっしゃらないけれど、後宮には興味がないのね。まともな方のようだわ)


 暫しの間、シェイラは考え込む。


(まず、この家に残るという選択肢はないわ。一人で家を出るにしてもローラお姉様やサイモン様からの干渉が絶対に面倒だしジョージお兄様のことが心配だわ。けれど、私が後宮にいる間は背後には王宮がある。お兄様に手出しはできない)


 シェイラは、あっさり覚悟を決めた。


「お父様。私がキャンベル伯爵家の令嬢として後宮へ上がる代わりに、お願いがございます」

「ああ、何でも聞こう」


「キャンベル商会の全権は、ローラお姉様とサイモン様ではなくジョージお兄様に。契約魔法を使って正式に契約を締結しましょう」

「ああ、そんなことか。もともと二人で頑張っていたのだから、好きにしなさい」


 思慮が浅いタイプの父は、ニコニコと微笑んでいる。


「正式な契約魔法、って。そんなん、相手を服従させる高位魔法だろう。描ける魔導士は少ないし、上位貴族の間でさえなかなか流通しない。うちでなんか手配できないだろう。何か月かかるか」


 ジョージは表情を曇らせる。


 キャンベル商会の実務は、実質シェイラとジョージで行っていた。シェイラはオーダーメイドの魔法陣を描くのを担当し、ジョージは顧客に合わせて魔法陣を探すいわば問屋のような役割をしていて、流通事情には詳しい。


「大丈夫。伝手があるから、すぐに準備できるわ」

「伝手があるって言ったって……」

「大丈夫。お兄様に引き継いだ後も、お得意様からのオーダーについては仕様書を送ってくれれば私が向こうで描くわ」


 後宮での暮らしは、シェイラにも何となく分かる。主君の渡りがあるとき以外は基本的に自由なはずだ。しかも、父の話ではその役目自体もこなさなくていいらしい。ローラが聞いたら、サイモンなど放り出すのではないだろうか。


(私があと3年で死ぬことを考えても、決して悪い話ではないわ。いずれ、ジョージお兄様に商会を引き継ぎたいと思っていたし)


 こうして、シェイラの後宮入りは決まった。


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