第12話 シェイラの正体
昨日は、新しい国王陛下の即位式があったらしい。式典への招待を受けた父と長兄ルークは王宮へと出向いたが、シェイラにとっては至って普通の一日だった。
まず、自分で描いた魔法陣を使い、ジョージを呼んでキャンベル商会に関する魔法契約を結んだ。内容は、この商会の全権は次兄ジョージにあること、それは誰にも侵すことができないこと、権利変更時の諸々、などである。
これでローラとサイモンに手出しは不可能になった。
入手が極めて難しい契約魔法の魔法陣をシェイラがあっさり手に入れたことに、ジョージは思うところがあった様子だった。けれど、シェイラはいつも通り無視した。
それから、一応は「輿入れ」である。ローラがずるいずるいと騒ぐので、刺激しないよう、パメラに揃えてもらった一通りのものをジョージに頼み、転移魔法で王宮に送った。
顧客向けでは絶対にしない、簡略化した転移魔法の魔法陣を渡された兄は衝撃を受けていたけれど、それもまたシェイラはいつも通り無視した。
持ち物の中で自分で選んだのは、魔法陣を描くためのペンと紙を入れるケースだけ。表面にはアイリスの花の装飾が施されていて、前世でアレクシアが使っていたものにそっくりだった。
(これは、商会で初めて利益が出た時に、こっそり職人に作らせたもの。アレクシアの魔法陣入れを作った職人のお弟子さんが当時はまだ存命だったのよね。これは、宝物だわ)
『みゃー』
一瞬、シェイラがさみしそうな表情を見せたことに気が付いて、窓辺でくつろいでいたクラウスが飛んできた。顔をのぞき込んで、『どうしたの?』と聞いてくれているようだ。
「ありがとう。でもね、大丈夫よ? 準備が終わったら、一緒にお茶にしましょうか。ミルクでいい?」
『みゃー!』
クラウスは、いつもどおりシェイラが作業しているのを寝そべって見守ってくれた。
大切な魔法陣ケースをボストンバッグに詰めて、荷造りは完了だった。
◇
翌日、見送りのために門のところまできてくれたジョージにシェイラは言う。
「契約魔法を使って商会の全権をジョージお兄様に移したことは、お父様に口止めしてあるわ」
「まー……。父上とローラはあれだが、サイモンは馬鹿じゃない。諸々への怒りはもちろん、契約魔法の魔法陣をどんなルートで仕入れたのか教えろっつー話になるもんな。隠せるなら隠した方がいいよな、そりゃ」
「うまく立ち回ってね、お兄様?」
「事実を知ったときの二人の顔が見られないのは残念だな? ただでさえシェイラが後宮に入ると聞いて真っ赤になってたのに。……それにしても、車が来ねーな。呼んだんだよな?」
「ふふっ」
車は来ない。『魔法がなくても使える灯り』や『転移魔法がなくても長距離移動ができる手段』。時を経て、懐かしくて辛い場所に向かうことに、シェイラはしみじみとしていた。
「今だから言うけど、お前は本当にわけわかんなかったぞ。いじめてもあんま泣かないし、悟ってて妹っぽくなかったって言うか。今だってこんなに聞き分けが良くて、おかしいだろ」
ジョージが、あらためて自分のことを『妹』と言ってくれたことに、シェイラの心は温かくなる。
「私は、私以外の家族が幸せで豊かならそれでいいなんて、殊勝なことを言う気はないけれどね?」
「じゃあなんで」
「そういう運命だから」
シェイラの返答に、ジョージが息を呑む。
「……シェイラ。お前がいつも投げやりなのは……」
「ジョージお兄様。随分な家に生まれちゃったな、って思ったけれど、お兄様がいてくださったおかげで、結構楽しかったわ」
シェイラは畳んだ紙をポケットから取り出す。それを手のひらにのせると、肩からクラウスがトンッと下りてきた。
『みゃー』
「シェイラ、それ……?」
「内緒ですよ、お兄様?」
転移魔法の魔法陣を前に、シェイラは悪戯っぽく微笑んだ。それを合図にクラウスはぱくっと紙を噛む。
そして光に包まれて、消えたのだった。
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