第23話 もう一人の転生者
◇
その日の午後のお茶会は、シェイラの部屋で行われることになっていた。
「シェイラ様、こちらのお茶菓子はもう並べてよろしいでしょうか」
「はい、ありがとうございます、メアリ様」
トレーを手に、にこやかに聞いてくれるメアリに、シェイラは頷く。今日のお茶菓子はチーズと野菜がたっぷりのケークサレである。異国から取り寄せた、ジャム入りの甘い紅茶との相性を考えて選んだのだ。
この後宮のメンバー皆のことがシェイラは好きだけれど、その中でも特に仲が良いのはハリソン伯爵家のメアリだった。
(メアリ様は控えめでお優しくていらっしゃるのよね。それに、本当に気が利く方。見習いたいわ)
シェイラ付きの侍女は一人だけである。普段は全く不便がないが、お茶会となると準備が大変になる。そんな時、少し早めに部屋を訪れて手伝ってくれるのは決まってメアリだった。
(そういえば、サロンのテーブルにアルバムが出しっぱなしになっていたわ。片付けないと)
先にお茶菓子を持って行ったメアリを追って、シェイラはサロンを覗く。
(あれ……?)
テーブルの上にケークサレは置かれているが、トレーに乗ったままだ。メアリはというと、入り口であるこちら側に背を向けて佇んでいる。
「メアリ様、どうかなさいましたか」
シェイラが声をかけると、メアリの肩がびくっ、と震えた。
「いえ、あの。こ、こちらにアルバムが」
メアリはこちらを向かずに答えた。心なしか、その声は震えている気がする。
「散らかしたままでお恥ずかしいですわ。すぐに片付けます」
シェイラがテーブルにもう一度視線を送ると、そこには開かれたアルバムがあった。その、一枚目には6歳の幼いシェイラが写っている。
「これは……シェイラ様でしょうか」
「はい」
そう答えた瞬間、メアリはがたんと音をたてて後ずさった。目は見開かれている。後ろにあった椅子が倒れたけれど、それに気付く余裕もないほどに驚いた様子だ。
そして、小さく口が動く。声にはならなかったが、シェイラはその動きを確かに見た。
(……!)
「……も、申し訳ございません。急に気分が。今日のお茶会は欠席させてください。失礼いたします」
メアリはそう告げると、逃げるようにサロンを飛び出していく。
「メアリ様、お待ちくださいませ」
シェイラの声にも立ち止まることはない。ぱたん、と扉は閉まった。
「シェイラ様、どうかなさいましたか」
「いいえ。何でもないの」
顔を出した侍女に向けて平静を装いつつも、シェイラは強く動揺していた。
――『陛下』。
さっき、シェイラの顔を見てメアリの口はそう動いたのだ。
幼いシェイラの写真を見て陛下と呼ぶのは、転生者しかいない。
◇
寝る前の、灯りを落としたベッドサイド。フィンは一人、長椅子に座って執務書類を確認していた。
「……陛下。取り急ぎ面会をされたいという方がおいでになっています。いかがなさいますか」
扉の向こうのケネスの声に、フィンは時計を見る。
「誰だ」
「後宮にお部屋をお持ちのシェイラ様です」
「……こっちまで通せ。すぐに行く」
フィンは資料を置くと、すぐに立ち上がった。
◇
「何かあったのか」
王宮の奥は、王族の私室が置かれる場所である。そこまで案内されたことに、正直なところシェイラは驚いた。けれど、フィンが到着したので背筋を伸ばす。
「このような時間に申し訳ございません。……メアリ様が」
そして、傍らに控えるケネスに目をやった。
「ケネス、下がれ」
「御意」
フィンの一声でケネスが退出したのを確認するとすぐに、シェイラは話し出す。
「……メアリ様は、転生者かもしれない。しかも、私達と同じ時代に生きて近くにいた誰かよ」
「どうしてそう思う?」
明らかに動揺しているシェイラに、フィンはゆっくりと間を取りつつ簡潔に答えてくれる。
「……フィン・オーブリー・ハルスウェルは子供の頃クラウス・ダーヴィト・ワーグナーにそっくりではなかった?」
「確かにそうだな。誰かに気付かれたら面倒だと思っていたが、成長と共に外見は変わった」
「実は、私もそうなの。シェイラの幼い頃はアレクシアそのものだった。けれど、成長と共に髪と瞳の色だけを残して外見は変わった」
「それが、メアリ嬢と何の関係が」
「メアリ様は、私の小さい頃の写真を見て『陛下』と言ったの」
「!」
フィンが息を呑むのが分かった。
「アレクシアが小さかった頃、『魔法を使わなくても絵姿を残せる道具』はなかったわ。だから、写真でアレクシアの幼少期を見たことがある者はいないはず」
「……実際に見た者を除いては、だな」
フィンの確認に、シェイラはこくりと頷く。
「メアリ嬢から話は聞けなかったのか?」
「すぐに聞こうと思ったのだけれど、お部屋に籠ってしまわれて……」
「部屋に籠ったことを考えても、王女に後ろ暗いところがある気がしてならないな。できるだけ早く話を聞きたい。……聞き間違いだと言われたらどうしようもないが」
「ええ」
フィンの言うことは当然である。けれど、同意しつつもシェイラは釈然としなくて続ける。
「……ただ」
「ただ?」
「メアリ様は……。いいえ。やっぱりなんでもないわ」
(私が言うべきことではない)
言いかけた言葉をシェイラは飲み込む。前世で城が落ちたのは、内通者がいたからである。それを見抜けなかったのは自分の責任だった。人を見る目がないにもかかわらず、メアリ個人は信頼できる人物だ、などと口が裂けても言えるはずがない。
そんなシェイラの心情を、フィンは見抜いたようだった。
「一応言っておくが、俺は、ハリソン伯爵家のメアリ嬢が害をなす存在だと思ってはいない。ケネスが選び、俺が許可して迎えたのだからな。……それに、あの襲撃は王位を狙ったものであって、王女個人に向けられたものではない。確かに、細心の注意を払うため転生者だと明かすのは待てと言ったが。何よりもまず、あの襲撃に関しては全容は明らかになっている」
(……分かって、くれてる)
何も言わなくても分かってくれたことに、うれしくて言葉が出なかった。と同時に、申し訳なさと後悔が胸に広がる。シェイラは唇を引き結んで無言のままに頷いた。
「とりあえず、部屋まで送ろう」
「……だったら、転移魔法で送ってくれる?」
もう時間は遅い。忙しい彼にこれ以上時間を取らせるのは嫌だった。
「いや。せっかくだ。隣を歩いて送らせてくれるか」
「……ありがとう」
さっきまで厳しい国王の顔をしていたフィンの表情が、懐かしい幼なじみのそれに戻る。自分の立場を考えると突っぱねないといけないところだったけれど、その表情につられてシェイラは甘えることにした。
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