第29話 今日もお茶会
「ああー……泣ける。泣けるわ。本当によかったわねええ。どういうことなの? 今までに読んだどんな恋愛小説よりも泣ける。ていうか、実話なのが凄いわ」
右手で目元を押さえつつ新しいハンカチを探すティルダの左手が空を切る。
「ティルダ様、ハンカチはもうありませんわ。泣きすぎで全部お使いになってしまったようです。というかその勢いでお泣きになるの、何度目ですか。年齢で涙腺が弱くなるのは本当のようですねえ」
サラは満面の笑みで絶好調の嫌味を放つ。けれど、当然のように自分のハンカチをティルダに差し出すところに彼女の優しさが透けて見えた。
「あーもう! サラ様はかわいいわね! また、皆でお茶を飲みながら楽しくこんなやり取りができるのもうれしい!」
その様子を、シェイラとメアリは顔を見合わせつつ見守っていた。
目の前には、焼き立てのスコーン、カラフルなクッキー、フルーツがたっぷりのったタルト、サンドイッチ。今日は特別にお茶のほかシャンパンも準備されている。
今日は、メアリからのお詫びの気持ちを示すお茶会だった。
「この度はご心配をおかけして本当に申し訳ございません」
ティルダとサラのやり取りが一段落ついたのを見て、メアリが改めて謝罪する。
「そうよ! 本当に心配したんだからね? でも……無事に帰ってきてくれてよかった」
ティルダにサラも同意する。
「本当ですわ。こんな季節外れに湖に行かれていたと聞いて……お風邪を召さなくてよかったですわ」
二人は事の真相を知っている。けれど、敢えてぼかして話すのはメアリへの気遣いからだった。
――そして。
「フィン陛下とのこと、ずぅーっと伺いたいと思っていたのよ! シェイラ様のことですから変な抜け駆けとかじゃないと思ってたけど! 前世で結ばれなかった恋人だ、ってどういうことなの!」
ティルダがまた鼻をぐずぐずと言わせ始めたので、サラがハンカチを渡す。
「いえ、恋人では」
「いーえ、恋人みたいなものよ、それ! 叶わなかった従者との恋が生まれ変わって成就するなんて……いいな! 横恋慕する気にさえならないんだけど? あー、どこかに殿方が落ちていないかしら!」
「ですが……これからはアレクシア様、とお呼びした方がよろしいでしょうか」
後宮では口にしていけない類の願望を垂れ流すティルダのことを面倒そうに一瞥しながら、サラが言う。
このお茶会が始まってすぐ、シェイラはフィンとの関係を話した。二人とも精霊によって生まれ変わった転生者で前世では主従関係にあったことに始まり、アレクシアがクラウスに抱いていた感情、そして偶然上がった後宮で再会したということまでを。
意外なことに、シェイラの告白は全員に温かく受け入れられた。
(陛下がこの後宮にまったく興味がないせいもあるのだろうけれど)
この後宮に上がる者たちは、実家から大きな期待をかけられている。王族との結びつきを深め、あわよくば次の国王を生むという重い重圧を。
キャンベル伯爵家では体のいい厄介払いだったが、他の3人が決してそうではないことは話していて分かる。
(でも、私がここで謝るのは違う。失礼だわ)
「私はシェイラ・スコット・キャンベルですわ。その名はもう使いません」
「ふふっ。わかりましたわ」
深く追求することのないサラの姿勢に、シェイラは深く感謝した。
「でも本当に聞いていた通り、ここは形ばかりの後宮に決まっちゃたわね!?」
「ティルダ様なら下がりたいと言えば叶いそうですが」
「嫌よ。なんだかんだ言ってここは楽だし。それに、私、22歳よ? 下手したら行き遅れ扱い! おじいちゃん閣下の後妻とか本当に勘弁」
「あら。でもゴージャスなティルダ様なら意外とお似合いな気はしますわ」
盛り上がるティルダとサラに聞こえない声でメアリが囁く。
「この金色の目の猫をシェイラ様がお連れになっているのを見て、少しだけ違和感はあったのです。こんなに美しい猫、めったにいませんし」
『みゃーん』
褒められたのを分かったらしいクラウスは得意げである。シェイラの膝からメアリの膝に乗り移って、撫でてもらおうとしている。
「クラ……この猫がですか?」
当然のように話すメアリだったけれど、シェイラには話が読めなかった。言い淀んだシェイラに、メアリは優しく微笑む。
「この子のお名前を伺ったことがなかったのですが……もしかして、フィン陛下の前世のお名前を付けておいでですか」
「いえ、あの、」
シェイラの困惑には気が付かず、メアリが続けた。シェイラもこのかわいい精霊の使いの正体を探りたかったのに、恥ずかしすぎる話題を振られて赤面してしまう。
そこに、二人の会話に気が付かないティルダが割り込んだ。
「あ! そういえば、もうすぐプリエゼーダ王国は隣国との本格的な和平交渉に入るのよね? お父様から陛下のお供に後宮の寵姫を同席させると聞いているんだけど……それはもしかしてシェイラ様が?」
「一応……そういうことにはなっています。寵姫としてではなく、適任、ということで」
「はい、この上なく適任でございます。隣国ゼベダとの交渉は、前世でも陛下が心を砕いていた悲願ですから」
俯きながらもしっかりとした声で言うメアリの手を、シェイラは取る。膝の上のクラウスは不思議そうにそれを見つめていた。
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