第4話 シェイラと家族の関係
シェイラが魔導士を招いて行う魔法の練習を嫌がっていたのには理由がある。
それは、シェイラには魔力が秘められていないからだった。
普通なら、貴族の家に生まれた子供は、物心がつく前に魔力を目覚めさせる。その質に優劣はなく、どれぐらい優れているかは単純に秘めた魔力量によって決まる。
(熱にうなされて目覚めた時から、何となく気が付いていたわ)
覚えのある、空っぽの感覚。間違いなくシェイラのこの体には、魔力が秘められていない。恐らく、前世の最後、限界を超えたありったけの魔法を使ったからなのだろう。
シェイラは、書斎の扉で待っているパメラのところに行く前に、引き出しを開けてその紙とペンを取り出した。
「……お、お嬢様、それをお持ちになるのですか?」
シェイラが何を持って行くのかを確認したパメラの瞳には、困惑の色が浮かんでいる。
「ええ。これがなくっちゃ、始まらないでしょう?」
「それはそうですが。しかし」
焦った様子のパメラよりも先に、シェイラは足取り軽くロビーへと続く階段を下りた。
魔法の練習の時間と言えば、家族の中で一人だけ魔法を使えないシェイラが、魔法の先生や兄姉たちからの言葉に耐える時間だった。シェイラがすんなりと庭に向かうと知ったときの、パメラの意外そうな視線はそのせいである。
けれど、前世を思い出したシェイラは違う。魔力は秘めていなくても、魔法を発動させることにかけては右に出る者はいない。
なぜなら、女王・アレクシアは、さっきシェイラが読んでいた歴史の資料にも載っているほどの、高名な魔導士だからである。
◇
「お兄様、お姉様。遅くなってごめんなさい」
庭に出たシェイラを待ち受けていたのは、案の定兄姉たちの剣呑な視線だった。
「遅いぞ、シェイラ。お前は魔法が使えないんだから、誰よりも練習しないと駄目じゃないか」
「はい、ごめんなさい」
(魔力がないと分かっていて練習するなんて、馬鹿げているのにね)
長兄であるルークの言葉に、シェイラは表向きは謝罪をしつつも心の中では悪態をついていた。けれど、表情は崩さない。
「先生を待たせてはいけないぞ。お前は本当に駄目だな」
次兄のジョージも眉を吊り上げる。兄をほぼ真似しただけの言葉をシェイラは無視した。二度同じ理由で謝る気はなかった。
「なっ、お前」
シェイラに無視されたジョージは顔を赤くしている。取るに足らない妹のくせに。彼の顔には、そう書いてあるけれど、すんと微笑んでかわす。
さっき、書斎でシェイラが思案していたキャンベル伯爵家のもう一つの問題。それは、シェイラの立場である。
元々、このキャンベル伯爵家には両親とシェイラだけが暮らしていた。それは、シェイラの中に残る幸せな記憶だった。
けれど、シェイラが3歳のときに大好きな母親は他界した。その後、一年も経たないうちにこの家で暮らし始めたのが継母と兄姉である。
(お父様は、私が寂しくないようにと考えてくださったのでしょうけれど)
今世での父親の考えを理解できないわけではない。この貧乏伯爵家を切り盛りしながら娘を育て上げるのは至難の業だ。娘に物心がつく前に母親を、という気持ちもあったのかもしれない。
4歳年上の兄と2歳年上の兄、同じ年齢の姉。そして、継母。
決して意図したものではないにしろ、彼らの存在はシェイラの居場所を奪っていった。
生まれつき魔力を持たず、母親を亡くしたシェイラは、両親からは『可哀想な子』として同情され、兄姉からははみ出し者として扱われている。
(だけど、彼女の中に『怒り』はないのよね、不思議と)
兄たちの小言を聞き流しながらシェイラは思う。
幼い彼女の記憶を辿る。けれど、意外なことに傷ついた自分を何とか慰めようとする労りの感情しか出てこなかった。
アレクシアの記憶を目覚めさせるまでの彼女に、この家族への怒りはない。ただ、いつも沈んでいく気持ちをなんとか奮い立たせようとしていた。別に諦めているわけでもなくて、極めて前向きなのだ。
そのいじらしさに、シェイラは、自分が目覚めるまでの彼女のことをすぐに好きになった。
(私は、とても強い子に生まれ変わったのだわ)
同じ自分ではあるけれど、幼いながらも誇り高い。転生したのが彼女でよかった。そう思う。いや、全然よくなかった。
このシェイラは、前世であるアレクシアと同じ年齢で死ぬのだから。
(私は今、6歳。前世で城が襲われたのは、21歳の精霊祭の前日だった。だからきっと、シェイラも21歳ぐらいまでの命しかないはずだわ)
前世での自分の心残りは、絶対に叶わない。だから、シェイラが生き長らえることはほぼあり得ないのだ。
「お兄様、シェイラが魔法を使えないのは分かり切ったことでしょう? そんなにいじめないで!」
シェイラが兄たちの暴言を聞き流しながら思案していると、シェイラと同じ歳の姉が一歩出た。
シェイラを庇っているはずなのに、その言葉選びはどこか刺々しい。白っぽく陽に透けるプラチナブロンドに、ルビーの力強い瞳は、継母そっくりだった。
「……ローラ」
「ローラお姉様だろう」
姉を呼んだシェイラの言葉に被せるように、長兄ルークが言う。年功序列を基にする、兄妹間の上下関係は絶対である。
「ローラお姉様」
「いいのよ、シェイラ。だって私達同じ歳でしょう?」
ローラは、少しだけ首を傾げて柔らかく微笑む。6歳とは思えない、妖艶にも見える美しい微笑み。ローラは誰が見ても可憐な少女だけれど、シェイラの中のアレクシアからすると若干の底意地の悪さが透けて見えていた。
(でも、仕方がないことかもしれないわ。ローラお姉様はお母様とお兄様、そしてお父様を私にとられたくないのよね)
「いいえ。お姉様はお姉様ですから。失礼いたしました」
兄二人の言葉には他意はないためむしろ爽快だが、ローラの視線は微笑んでいるはずなのにシェイラに痛く突き刺さる。軽く膝を曲げて謝罪をすると、一瞬だけ彼女の口の端がぴくりと上がるのが見えた。
(お兄様二人との関係は頑張ればなんとかなりそうだけど……)
シェイラは表情を取り繕ったまま、心の中でため息をついたのだった。
「さあ、みなさん、はじめますよ」
会話が途切れたところで、ずっと黙っていた魔法の先生がポケットから紙を取り出す。国からの委託をうけ、貴族の子供たちに魔法を教え歩く魔導士である。
目覚めた後のシェイラが会うのは初めてだった。
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