第41話 エピローグ
プリエゼーダ王国の王都にある城。
その王宮の裏手には、昔から変わらずに深い森が広がる。季節は冬。森の樹々は雪をかぶり、幻想的な光景を生み出している。
それを眺めながら壁の上に腰掛け、二人と一匹は彼らが知るよりもずっと広くなってしまった堀側に足を投げ出していた。
「不思議なの。私だけ、前世の最期に精霊に会ったことを覚えていないなんて」
「確かにそうだが……そういうこともあるんじゃないか? 『記憶を持たない転生者』と同じで。それに俺も記憶と違うからな。精霊とのやり取りと現実が」
シェイラの言葉に、フィンは首を捻った。
『みゃー』
知っているはずのクラウスまでとぼけるので、シェイラは頬を膨らませる。
「どこが現実と違うの? 詳しく聞いたら私も思い出すかもしれないわ」
「聞くか、それを」
「ええ」
何となくフィンは気まずそうだけれど、シェイラは気にせずに追及する。
「まず、俺は心残りを聞かれたときに、それよりもとにかく王女に生きてほしいと思った。理由は、君がいない世界に転生しても意味がないと思ったからだ。そうしているうちに、胸の奥で音がした。代償として、片方の目の色が前世とは違うものになったようだな」
「それって……」
「つまり、望みは『生きてまた君に会いたい』。ただし転生するのは王女、という条件だったということだ。精霊が承諾したと感じたとき、君に負担をかけずうまくやれたと思ったんだ。しかし喜びは束の間で、転生したのは自分自身だった。だからずっと悪夢を見ていた」
シェイラの鼓動が、とくん、と高まる。
「あのね。実は……私も、同じことを思っていたの。最期に精霊とやりとりしていた記憶はないのだけれど。もしあの場面で、同じことを聞かれたら。きっと私は、自分の転生ではなくあなたの生を願ったのではないかと」
あの夜。森を走りながら、アレクシアはクラウスを逃がすことだけを考えていた。推測にしか過ぎないけれど、ほぼ当たっている気がする。
「あの時はな。命令を下すタイミングを与えないように苦労したな」
「ふふっ。結局二人とも死んでしまったけれどね」
「……だな」
前世での、最後の悲しい記憶を塗り替えるように二人は笑いあう。
「それにね。転生者がたくさんいることも私なりに考えてみたの。私達を繋いでくれたのは、猫のクラウスだったわ。6歳でシェイラとして転生したときは、短命と分かっていて生きることに辛さと喜びの両方を感じた。けれど、生きようとすれば精霊は力を貸してくれるんだって思った」
「あの襲撃の犯人が転生者だったことを、精霊は後悔していたんだろうな」
『みゃー』
シェイラの膝の上で、正解、というようにクラウスが鳴いた。
ゼベダから帰った後、二人はいろいろなことを話し合った。
まず、フィンとシェイラの婚約が正式に決まった。シェイラは知らなかったが、ゼベダとの条約の締結の際、最後の最後でゼベダ側から条件面で大幅な譲歩があったらしい。それを引き出したのは魔導士、シェイラ・スコット・キャンベルだという話がゼベダ側から広まった。
これは、言わば自国に並ぶ大国・ゼベダを後ろ盾に持っているに等しい。そのおかげでシェイラを正妃とすることに異論を唱える者は皆無になったのだ。
それから、後宮が廃止されることになった。メアリはシェイラの侍女として働くことが決まり、サラは実家の人脈を生かして商会を開くことにしたらしい。ティルダには同世代の公爵家の嫡男との縁談の話が持ち上がり、大層浮かれていた。
あともう少しの間だけ後宮での楽しい生活は続くけれど、別れの日は刻一刻と近づいている。
――そして。
「それにしても。一体いつになったら、私のことを名前で呼んでくれるの?」
「……済まない。つい、癖で」
フィンは本当に申し訳なさそうに頭を掻く。
「でもね」
シェイラは、城壁に薄く積もった雪を指でかき集めた。
「王女、はたまになら呼んでくれてもいいわ。私、好きなの。その柔らかい響きが」
今夜は精霊祭である。一年中樹々が生い茂る不思議な森からの、冷たくも爽やかな風が吹き抜けていく。
112年前に来なかった希望の朝を、二人は今やっと迎えようとしていた。
――――――――
【あとがき】
お読みいただきましてありがとうございました!
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