第12話 異世界聖女巡礼 ~神の御業(誤解)~


「しかし、流通の街か。凄いな」


 那由多を肩車しながら、穣は街の中央広場にそそり建つ塔を見上げた。

 石材中心で建てられた塔は地上七階建て。万一の時には立て籠る最終拠点になるらしいのだが、いったい何と戦うのかと疑問顔な穣。


 この街は王都に一番近く、王都はアブダヒル王国の中央に位置している。ここまで攻め込まれようものなら、国は終わりだろう。

 

 必要なくね? まあ、シンボルとしては悪くない外観だけど。


 そして髪を食む聖女様。


「またあぁぁっ!」


 ばりっと引き剥がすが、時すでに遅く、穣の後頭部はヨダレだらけになっていた。


「那由多ぁ~。御飯、しっかり食べてるよな? おやつに果物とかやってるよな? なして俺の頭を食うかっ」


 めっとオデコをつつかれて、きゃっきゃっと無邪気に笑う聖女様。


「良い匂いするんだも~」


 これだよ。なんで那由多だけに匂うんだ?


 他の誰に聞いても、そんな匂いはしないという。どうやら、那由多にだけが感じる匂いが穣からするようだった。

 

 甘くて美味しそうな匂いか。.....ん?


 ハッと顔を閃かせ、穣はアストルを見る。


「なあ、砂糖とか蜂蜜って売られてるのか?」


 クックパッドのレシピが使えるうちにと料理に没頭していた時、砂糖や蜂蜜、味醂など、足りない調味料が多々あった。

 何処かで手に入らないものかと考えていたのに、王都では見かけなかったため、すっかり失念していたのだ。

 そして予想の範囲というか、アストルは無情な答えを口にする。


「砂糖は非常に高価な品です。銀と同等の価値です。蜂蜜も高価ですね。砂糖ほどではないですが、それでも平民には高嶺の花です」


 あ~、やっぱり?


 銀と同等か。地球でいう胡椒みたいだな。あっちは金だけど。


 こちらの胡椒はそれほど高価ではなかった。高くはあったが、ちょいと奮発すれば買えなくはない値段だ。

 アブダヒル王国では香辛料の栽培が盛んらしく、唐辛子やナツメグなど、特徴のある商品は王都でも売られていたので購入済み。

 むしろ、塩の方が高かった。アブダヒル王国は海に面しておらず、塩は完全な輸入品だからだ。

 原価+関税+通行税など色々つき、元の倍ほどの値段となっていると言う。


 この辺もお国事情だよなぁ。その逆を言うなら、この国の隣の国は香辛料を輸入していて高価だとかって話だし。


 ふんふんと話を聞く穣の後頭部をラルザが拭いてくれ、取り敢えず金貨五枚を渡して、穣は彼女に聖女らしい服とやらを頼んだ。


「俺じゃ分からんしな。これが出せる限界だ。もし足りないなら、服は諦めてくれ」


 残ったら、何か好きなモノを買っても良いと申し付け、穣はやりたいことがあるからとオスカーやアストル達も那由多に付き添わせる。


「やりたいこと? お手伝いは要りませんか?」


「俺も初めてやるからな。神殿から出ないから安心しろ。服は任せたぞ?」


 それを聞いて安堵したらしく、三人は那由多を連れて街中へと消えていった。


 笑顔で見送った穣の後ろに仁王立ちするスチュアート。

 それに、じっとりと冷や汗をかき、穣は口許を震わせる。


「......那由多についていけって言ったよな?」


「騎士と神官がおるのです。御心配ありません。私は主殿につけられた護衛ですので」


 しれっと宣う老騎士様。


 まあ、別に良いけどさ。


 ポリポリと頭を掻き、穣は神殿の者に厨房を尋ねる。簡単な道案内をされて厨房へとやってきた穣は、中にいた料理人達に頼み、釜戸や流しを使う許可を得た。


「ついてきたからには働いて貰うぞ?」


 そう言いつつ、穣はマジックバッグを出すと、中から麻袋を取り出した。例の農村でもらったジャガイモだ。

 その芋を全てすりおろすようスチュアートに頼み、穣もお手製おろし金を使い、せっせとジャガイモをすりおろしていく。


 二人がかりでおろされたジャガイモは大きなボウル二つ分。それの汁を布巾で絞って放置し、今度は立派な大根をマジックバッグから出した。


 簡易ジューサーも取り出し、穣は切り分けた大根を搾っていく。


 この間、スチュアートにはジャガイモから絞った汁の上澄みを捨ててもらい、下に沈んだ白いデンプンを上澄みが綺麗な水になるまですすいでもらう。


 そして自分は、せっせと大根を搾っていった。


 このジューサーは穣が王都で考案したモノだ。磨いた大理石の薄い板を張り付け、溝入った板同士の間に搾りたいモノを入れる。

 あとは挟んだ板に付属している取っ手を上から押し込むと、中に入れられたモノが潰れ汁が搾られる。

 体重をかけるだけでいくらでも搾れるため、今の王都の露天で重宝されいる道具である。

 せっせと大根を搾っていると、スチュアートの方も終わったらしく、木のボウル一杯のデンプンが出来上がった。


 それをおもむろに火にかけて、穣はゆっくりと煮詰めていく。

 全体に火が通ったデンプンは、どろりとぬめって糊になるので、それを火から下ろして粗熱を飛ばしている間に、穣は残りの大根を搾った。

 指を入れられる程度に冷めたデンプン糊に大根の汁を加え、手早く混ぜて再び放置。


「これで下拵えは終わりだ。あとは夜な」


 下拵え?


 一仕事終えて満足げな穣とボウルを交互に眺めて不思議そうにするスチュアートを余所に、穣は厨房を借りたついでだと、料理の作り置きを始める。


「また作り置きですか? 沢山作っておられますなぁ」


 作り置きと言いつつ、穣がその料理を出した事はない。作っては仕舞うだけで、いったい何時食べるのだろうと気になっていた従者達。

 それに興味もなさげな一瞥を返し、穣は淡々と口を開いた。


「これは非常食だよ。なにがしかの理由で料理を作ったり、買い物が出来なくなった時に食べるためのモノだ。.....何が起きるか分からないからな」


 作れる時に作っておく。せっかく時間経過のないマジックバッグがあるのだから、有効活用しない手はない。

 そう言う穣を見つめ、言葉を失うスチュアート。


 それは個人の持つ思考ではない。


 備蓄倉庫など、有事を想定して準備するのは国家の思想である。


 スチュアートは、そう思った。


 中世観の強いキシャーリウと、近代の地球では個人の持つ危機管理の常識が違うのだ。

 今でこそ当たり前に非常食などの備蓄を個人でやっているが、その昔、百年も前には、地球でもそういった考えは一般的ではなかった。


 時代による感覚の差が、スチュアートの目には異質に映る。

 国家単位でやる事を個人でやる穣に、得体のしれない恐ろしさを感じ、老騎士は那由多達が帰ってくるまで無言だった。




「いよっし、出来たっ!」


 那由多らが帰ってきて、皆で夕食をとったあと、穣は昼に作っていたデンプン糊を再び煮詰めていく。

 ブクブクとアブクがたち、水気が飛んでいったデンプン糊は仄かに甘い香りを放って薄茶色の水飴に変わった。

 俗にいうデンプン飴である。穀物から取れるデンプンと大根に含まれる酵素で作るお手軽飴。

 地球では古くから何処でも作られている飴だった。料理や菓子に使うには十分な甘さを持つ。


「舐めてみ?」


 お手製菜箸に絡めた水飴を、穣は那由多の口に運んだ。

 まだ仄かに温かいソレを口に含み、那由多はキラリと眼を輝かせる。


「あっまぁぁーいぃぃっ」


 むふーっむふーっと鼻息も荒く跳ね回る聖女様。

 周囲で眺めていたオスカー達も味見をし、思わず顔を強ばらせた。


「これは..... 砂糖? いや、砂糖なら黒いはず。なんですか、これ?!」


 驚きを隠せず、穣に詰め寄るオスカー。


 黒? あ~、黒砂糖か。精製技術はまだないのかもな。


 出来上がった水飴を瓶に詰めつつ、穣はその一瓶を厨房の料理人に渡した。厨房を借りたお礼である。

 砂糖など畏れ多いと全力で断る料理人に無理やりおしつけ、穣は残りの瓶をマジックバッグに仕舞った。


「これで甘い菓子やなんか作ってやっから。もう噛みつくなよ、那由多」


「うんっ!」


 他愛ない会話を交わしながら、きゃあ、きゃあ、はしゃぐ親子。

 何処にでもある微笑ましい光景なはずなのに、納得出来ないのは何故だろう。


 砂糖もどきを作るとか。普通じゃないんですが、分かってますか?


 じっとりと眼を据わらせる従者達。


 驚嘆の眼差しを向ける神殿の人々をモノともせず、穣は幾つかのお菓子を作り、さらなる混乱へと人々を陥れた。


 その全てを書簡に記して、伝書鳩を飛ばすスチュアート。


 神殿には専用の伝書鳩が飼育されている。王都行きの鳩に書簡をくくりつけ、老騎士はシャムフールへと手紙を飛ばした。


「.....神殿長殿。彼は本物かもしれません」


 神の御業にも近いことを平気で行う青年。野菜から砂糖を作り、国家規模で物事を考える稀有な才能。

 何より、彼の傍にいるだけで、誰もが活力を得て疲れを知らない。


 老騎士は思案に耽る。


 守るべき主の底知れなさに戦きながら。


 その御業の殆どは、たんなる近代知識に過ぎないのだが、スチュアートはそれを知らない。


 こうして周囲に誤解をばら蒔きつつ、異世界聖女親子の旅は続く♪

 

 

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