第30話 異世界聖女巡礼 ~女神様のとっておき~


「ほいよ、飯」


 穣は鞄からサクサクと取り出した食事を仲間に回す。一応、携帯用に拵えられた料理は防水紙に包まれ、出来立てホヤホヤな温かさを維持していた。

 国境際の端も端。村や集落すら見当たらない辺境ギリギリを旅する異世界聖女親子は、前にオスカー達へ説明したとおり道すがら泉や森を造りつつ旅を続ける。

 

「誰も住んでいない場所を祝福するとか..... 訳が分かりません、意味がないでしょう?」


 貰った食事の包みを広げながら、オスカーが眉をひそめて呟いた。ラルザやアストルも同感のようで、ウンウンと小さく頷いている。

 

「意味なんていらないじゃん。聖女巡礼の目的は荒れた大地への祝福だろう? 人の有無こそ関係なくね? むしろ、こっちのが正しい巡礼じゃないか? 国境周辺の無人地帯こそが、一番荒れてる土地じゃんよ」


 もそもそとお手製ジャーキーを食みながら、穣は不思議そうに首を傾げる。

 それを見た従者らの顔から、するりと表情が抜け落ちたのも気づかずに。

 誰も持たなかった見解。穣の説明は理にかない過ぎていた。

 聖女の祝福は大地に施すモノ。それがひいては人々を豊かにし、世の幸せに繋がる。

 いつの間にか完全に発想が逆転していた。大地を癒す聖女の祝福は人々を幸せにしないといけないような雰囲気に支配されていた。

 だが、逆なのだ。大地が豊穣であるために聖女がいる。聖女はこの世界を癒すための存在であり、人間を癒すのは単なるついで。

 一体どこで認識を取り違えてしまったのか。

 聖女巡礼の主旨を、突然正しく理解し、オスカー達は愕然として顔を見合せた。


「.....そう。ですね。聖女は大地を祝福するために巡礼いたします。私が浅はかでありました。申し訳ない」


 当たり前の結論をいきなり突きつけられ、オスカーはありえないとでも言いたげに己の口を片手で覆う。


 なんということか..... 長年神殿に仕え、学び、神の御心に沿う努力を積んできたのに。主殿に言われて初めて自覚するとは。


 聖女や精霊は人々のためにあるのではない。この世界の大地のためにおられるのだ。世界が安寧でなくば、この世界の生き物も幸せになれない。そこに序列や順序など存在しない。

 この大地に息づく生き物、全てが等しく女神様の僕である。

 いったい、いつから神殿の教えは人間重視に変わったのか。オスカーには見当もつかなかった。


「どうやら偏った見識が我々にあったようですね」


「そのようだな。国境周辺ほど荒れた土地は確かにない。ここを潤すことは無意味であるまいよ」


 申し訳なさげなアストルの笑顔。それに頷き、スチュアートも得心げに眼を臥せる。


 .....やはり、主殿の思考は一般を隔てておられるな。人々でなく大地を主軸に置くなど、我々は考えもしなかったわ。


 大地への祝福は人々を幸せにするため。そのように教えを受けた神殿の者達には思いもよらない答えだった。

 そして神妙な面持ちのラルザが、ある仮説に辿り着く。


「もしや..... ここ数百年、世界が低迷している原因が、その考え違いなのでは?」


 キシャーリウと呼ばれるこの世界は、しばらく前から徐々に荒み始めていた。

 今まで見てきた村や街同様どこも祝福不足で喘ぎ、突き刺すような陽光の照り返しで白く光る大地が増えてきている。

 さらには神殿が異世界聖女召喚を禁じたため、大地の荒廃は加速の一途を辿っていた。

 異世界聖女らの規格外な癒しがなくなったせいだ。

 これまであったはずの恩恵が失せ、明らかに涸れていく大地。それに恐怖を抱いた神殿の各位には、異世界聖女召喚の復活を望む声も多いらしい。


 そんなアレやコレやを黙って聞きつつ、穣はうんざりとする。


 他力本願も大概にせぇや。己を己で賄えない世界は滅ぶべきなんじゃないのか?


 知らず険を帯びる穣の眼差し。しかし、そんな父親の機微も知らず、胡座をかいた穣の小脇から那由多がズボッと顔を出して笑った。

 口元にお弁当をつけまくり、にぱっと笑う無邪気な笑顔で。


「お父ちゃん、これ美味しーっ、おかわりっ!」


 満面の笑みで皿を差し出す愛娘の姿に毒気を抜かれ、穣は那由多の柔らかな黒髪をかき混ぜた。


「そうか。たんと食えな」


 いそいそと鞄からおかわりを出していた穣は、逆に皿を消し去るオスカーに眼を見張る。

 オスカーの手にあったはずの皿は、彼が軽く手をかざすと空気に溶けるよう消え失せた。


「ちょっ、今の何っ? 収納魔法か? そんなんあったのかっ?!」


 思わず詰め寄る穣の剣幕に押され、ああ、とばかりにオスカーは右手の指輪を指し示す。


「収納.....? 魔法? は、あるのか存じません。ただし魔術付与はございます。私の場合、それは指輪で、背負子一つ分くらいの物なら仕舞っておけます」


 聞けば穣の借りている鞄と同じ。異空庫のようなモノで貴族なら誰でも所持している装備品らしい。

 ただし時間は経過するし、重量軽減はあるものの無効ではない。

 神殿が聖女巡礼に貸し出している鞄とは雲泥の差だ。


 じっと件の鞄を難しい顔で凝視する穣を眺め、オスカーは苦笑する。


「それは異世界聖女様の特別仕様な宝物ですから。女神様のお力添えで作られた奇跡の証です」


 ああ、とばかりに穣も顔を上げた。

 

 そんな話を神殿でも聞いたっけな。

 

 いわく数代前の異世界聖女が、有史以前から連綿と続く聖女選定に駆り出され、そのあまりの過酷さに驚き、後の後輩聖女のために造ったとされる由緒正しい巡礼用鞄。

 大仰な神官達の長々とした説明を要約すると、そんな感じの話。


「重量や時間経過無効とか、個人を特定して使用者を制限するとか。女神様がお力を貸したからこそ実現可能だったのでしょう。私の指輪に、そのような仕様はございません」


 オスカーの説明によれば、通常の付与魔法には不可能なのだという。特に個人を特定するという性能が。


「なんでも、でーえぬえー? や、生体識別? とかいう効用だそうです。未だに我々には理解の及ばぬ知識です」


 あ~.....っと、穣は生温い視線を彷徨わせる。

 

 なるほどなぁ。そういった系統なら識別可能だわな。


 異世界聖女召喚が禁じられてから、まだ百年足らずだと聞く。当時の知識でも個人を特定する方法は幾らでもあるだろう。


 でも、他の..... キシャーリウの人々にだって、そんな感じの判別方法を考える人間はいたんじゃないのか? 実用にいたらなくても、ここには魔力や魔法があるんだし、出来なくなさそうなもんだが。


 ふむ。と思案する穣は勿論、オスカー達も知らない。


 この鞄に使われている魔力が、創世の魔力だということを。この魔力を使いこなすには、『なにが、どうして、こうなる』という専門知識が必要なのだ。

 地球の現代人なら当たり前に持つ知識がキシャーリウの人々にはない。発展途上のこの世界で創世の魔力は無用の長物。




『凄い物が出来たね。これはヤバい。盗まれないように護れる仕様をつけないと.....』


《.....具体的には?》


『ん~..... 指紋? いや、二重螺旋のが確実かも? キシャーリウの人間って、個体識別出来るような何かはないの?』


《識別可能なモノか。魔力がソレにあたるやもしれぬな。同じ属性でも、個人で波長が変わるのだ。誰もが発する波が違う》


『それっ! それ採用しようっ!!』


 きゃっきゃ、うふふと鞄をこさえて量産した過去の異世界聖女と女神様。

 鞄そのものが時を止められているため、古びることも破損することもない。

 この先、キシャーリウの人類が滅びても、この鞄は遺される。


 悠久をたゆとい、星の終わりまで存在するオーパーツを手にしているとも知らず、女神様のとっておきの鞄を肩からかけて、今日も異世界聖女親子はのんべんだらりと世界を歩く♪

 

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