第29話 新たな仲間


「もう平気だ。取りあえず今日はここで寝よう」


 拘束を解かれ、無意識に腕をさするアーリャを無邪気に見つめ、穣は癒しをラルザに頼んだ。

 無言で頷き、少年の身体の疲労を癒す巫女様。だが癒されている気がしないアーリャ。

 というか、ここまで三日ほど拘束されたまま歩いてきたが、疲れも痺れもなく、特に体調不良は起こらなかった。

 むしろ村で暮らしていたころより好調な身体。不思議そうに肩を回す少年を、スチュアートが静かに見つめていた。

 そんなアーリャを穣が手招きする。


「あのさあ。これからなんだけどな」


 そう言いながら、彼は少年を自分の前に座らせた。


「アーリャが望むならどこかで暮らせるよう神殿に口を利くし、このまま付いてきたいなら一緒に居ても良い。元の村に還りたいなら送りもするぞ?」


 最後の一文を耳にして、思わず振り返る神殿組。それを据えた眼差しで黙らせ、穣はアーリャに話を続ける。


 いやっ、それはっ! ここから、あの村まで一週間はかかりますよっ?

 ミーシャの墓にした森まで二日。そこから四日はかかるアーリャの村。往復十日以上かけて送るのか?


 そう物語る面々を一笑にふし、穣は、あーちゃんを指差した。


「あーちゃんが大きくなれば、すぐに着く。気にせず好きにして良いぞ?」


 ああ..... とまでに周囲が安堵の息を漏らす。確かに大きくなった精霊様なら、あっという間に少年の村まで行けるだろう。

 だが、それはそれで別な騒動を起こしはしないか?

 安堵したのも束の間、巨大な河童様が縦横闊歩する様子を思い浮かべ、げんなりとする従者達。


 そんな面々を余所に、アーリャは顔をくしゃくしゃにした。


「.....なんで。僕なんて捨て置いていけば良いのに。.....なんでぇ?」


 うぇ? うぇぇええっ?! とほたほた涙する少年を見つめ、穣は静かに自分の身の上を語る。

 大まかには知っていた神殿組すらも瞠目するような穣の半生。


 妹の刹那を失い、亀裂の入った家族はバラバラ、両親のどちらも穣を引き取らず、与えられたアパートに引きこもり、屍のように暮らしていた日々。

 寝食を忘れ、酷い自家中毒に陥った彼は、しだいに衰弱してゆき、穣を心配してアパートの扉をぶち破った祖父母が助け出した時には、骨と皮だけな有り様だった彼。


 固唾を呑んで聞いていた周りと少年。それに薄く笑みを深め、穣はアーリャの頭を撫でる。


「あのままだったら、アーリャも同じ奈落に堕ちると思ったんだよ。俺には引き上げてくるれ祖父母がいたけと、アーリャにはいない。だからさ.....」


 皆まで言わずとも理解出来たのだろう。ラルザやオスカーが複雑な顔で視線を交わし、呆然とするアーリャを見下ろした。


「.....同情?」


「そうだ」


「施しなんて.....」


「いらないと思うよな? でも、もらってみると案外悪くないとか思うもんだぞ? 俺、経験者だし?」


 にっと悪い笑みを浮かべる穣。同情だ偽善だ自己満足だ。けど、アーリャには必要だろ?

 と、いけしゃあしゃあ宣い、好奇心に満ちた穣の瞳。


 .....そんなもの。


 微かなムカつきと盛大な腹立たしさがアーリャの胸に沸き上がる。

 しかし、それ以上に感じる温かな安堵感。

 穣がやりたくてやる我が儘。押し付けの大きな御世話。だから気負わなくて良いのだと、穣の眼差しが少年に伝えてくる。


「俺がやってやりたいだけなんだ。勝手に憐憫や共感を覚えているだけだけなんだ。お前には迷惑かもしれないが付き合ってくれな」


 有り難迷惑とは地球の言葉。


 それでもアーリャを連れていきたい穣。今の少年を放ってはおけない、絶対に。

 同情の押し付けだからとカラカラ笑い、彼は鞄から焼きたてのパンケーキを取り出した。


「取りあえず食え。食べて寝られれば人間なんとかなるもんだ」


 まだ温かい皿を受け取り、アーリャは声もなく泣いた。

 悲しいのか悔しいのか嬉しいのか.....。

 ほたほた涙する少年に、あーちゃんと那由多が飛び付く。


「ずるいーっ! ナユタも食べるーっ!」


『おでモ食ウーッ!』


 左右から揺すぶられるアーリャは、思わず涙が引っ込んだ。突然、妹を失った喪失感が、賑やかな色々で埋められていく。


「ちょ.....っ! 落ちる、落ちるからっ! 分けようっ、ねっ?」


 アーリャの言葉を聞いて、にぱーっと笑う聖女様と精霊様。

 可愛い子供らが絡む姿は眼福である。


 こうして新たな仲間を迎え、異世界聖女親子の旅は続く。


 続くったら、続く。

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