第28話 異世界聖女巡礼 ~階~
「アーリャは大丈夫そうか?」
「はい。操られていただけのようです。でも念のため、あと数日はこのままで」
猿ぐつわに拘束具。両手を胸元で組み、長い袖を後ろに括られ、悄然として歩く少年。
まるで囚人のような哀れな姿に、穣はツキンと胸が痛くなる。
「何も、ここまでしなくてもさぁ? ちょっと厳しすぎね?」
もごもごと口ごもらせる主を宥めるように、オスカーが困り顔で答えた。
「聖女巡礼の一行を襲ったのです。これでも甘い処置ですよ? 本来なら一刀のもと切り捨てられても仕方がない重罪ですから」
「でも、それってアーリャの意思じゃないじゃんっ? 闇の魔術師とやらに操られて.....」
食い下がる穣が少年の擁護を口にした途端、地を這うように低い声音でラルザが呟く。
「闇の魔術師を甘くみないでくださいませ。どのようなおぞましい魔術の種を仕込んでいるのか分かりませんのよ?」
ぎんっと睨めつける雌豹のごとき眼光。ぴゃっと仰け反り、穣は那由多を抱き上げてバリケードにした。
にぱーっと笑う聖女様が視界に入り、ラルザの瞳が温かく和らぐ。
やべぇ、やべぇ。何気に一番怖いよな、ラルザは.....
魔術や神殿関係において、誰よりも詳しく信仰心が高いのが巫女や聖女だ。
そんな彼女らを守るために神官や神殿騎士がおり、神殿ピラミッドの頂点に立つラルザに勝てる者はいない。
聖女の父親とはいえ、パンピーな穣に太刀打ちなど出来るはずもなく、気づけば巡礼一行を牛耳っている巫女様。
「.....魔術には効果時間があります。込めた魔力が尽きれば自然消滅するのです。それまでは、このままで」
チラリとアーリャを一瞥し、ラルザは無言で歩を進める。
なるほど。魔力ってのは充電みたいなモンなんだな。
自然に発散され、魔力を失った魔術は消える。そういう仕組みらしい。
大体を理解した穣は、アーリャを振り返って声をかけた。
「聞いたとおりだ。もう少し辛抱してくれな?」
にっと笑う青年を見て、胡乱だった少年の眼が、無意識に焦点を定める。そして不思議そうに穣を見上げた。
.....なぜ、この人は僕を助けようとしてくれるのか。
アーリャはとんでもない罪を犯した。僅かばかりとはいえ、聖女の血を望み、闇の魔術に囚われ、巡礼の一行を襲ってしまったのだ。騎士様に殺されたとしても仕方のないことをした。
朦朧とした意識しかなかったが、アーリャも覚えている。嫌だと抗う自分を操る不気味な感触を。
闇の靄が全身にまとわりつき、そこから染み込むように根が這い回るおぞましさを。
あまりの気持ち悪さに泣きわめくアーリャの魂。それから解放してくれたのが、聖女様と精霊様だった。
ぱんっと弾けて消し飛んだ気持ち悪さ。その解放感を、今でもアーリャは覚えている。
そして眼が覚めたとき、全ては終わっていて、すまなそうな父御から妹のミーシャを弔ったことを伝えられた。
『ごめんな? 弔われていない遺体は闇の魔術師に狙われるらしいんだ。今回のもソレでな? .....最後の御別れもさせてやれなくて、ごめんなぁ』
.....なぜ、謝るのか。
聞けば、当たり前の話だ。アーリャの我が儘をきき、死者の弔いを見送ってくれていた方がおかしいのである。
こういった話は、そこここに転がっていた。闇の魔術師が死体を求めて悪用するのは有名な話なのだから。
それも忘れて、一緒に死にたいなどとふざけた我が儘を、なぜ彼等は静観してくれていたのだろう。
正気に戻ったアーリャは、ずっと考え込む。
少年は知らない。穣に妹がいたことを。穣も妹を失った哀しさにうちひしがれ、己の死を願ったことを。
それと重ね合わせて彼が少年を大切に思っていることすら、アーリャは知らなかった。
穣の気持ちを薄々察しているオスカーやラルザ達のみが、深々と嘆息する。
ほんとに物好きな.....
そう物語る彼等の眼差しを黙殺し、異世界聖女親子は、今日も我が道を往く♪
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