第31話 異世界聖女巡礼 ~魔術式~
「アーリャはぁ、アタシのお兄ちゃん?」
のこのこ歩きながら、那由多は骨張った少年の手を掴む。
一瞬、びくっと震えたアーリャは、おろおろと周囲に視線を振るが、大人達は何も言わない。ラルザのみ軽く目をすがめた。が、それを穣の冷たい眼光が黙らせる。
「えっと..... 僕はお兄ちゃんだけど。その..... 聖女様に呼ばれるのは畏れ多いというか」
しどろもどろで説明をする少年。彼には妹がいたし、村では当たり前のように小さい子供らからお兄ちゃんと呼ばれていたため違和感はない。
だが目の前の幼女は聖女様だ。村で起きた奇跡は未だに忘れられないし、その後も妹のために森を造ってくれたり泉を湧かせてくれたりと、目を疑うような光景ばかり見てきたアーリャは素直に頷けなかった。
「あーちゃんが弟でー、アーリャも、名前が、あーちゃんでしょ? 同じだと分かんなくなるからぁ。アーリャはお兄ちゃんねー?」
『おでハあーチャン。おどさ、あいつハ兄チャンけ?』
パーカーのフードで足を踏ん張り、河童な精霊様が穣に尋ねる。パクパク動く嘴が耳に当たり、少しくすぐったそうに穣は首を竦めた。
「さあな? 那由多がそう言うんなら、そうじゃね? 子供の一人も二人も一緒さ」
ふくりと柔らかな笑みを浮かべ、穣は肩越しにあーちゃんの顎下を撫でる。
差し出された指に頬を擦り寄せて御満悦な河童の姿に、従者ら一同は深い溜め息をついた。
.....正直、闇の魔術師と絡んだ少年を聖女様の傍に起きたくはないのですけど。
闇の魔術の贄になった少女。その血縁者で闇の術式に呑み込まれた少年。
術式そのものは魔力が霧散したことで発動不可能であれど、その術式がアーリャの中に残されている危険性はある。
一過性の使い捨てな魔術なら良いが、もし継続可能な永続魔術であれば、この先どこかで闇の魔力を得た時、再び発動する恐れがあるのだ。
その辺は、神殿を訪れて専門の巫女に判断してもらうほかない。
「十三金タイプでなければ良いのですけど.....」
「十三金タイプ?」
あ、とラルザが小さく口を押さえる。
「異世界聖女様が名付けた魔術式の型ですわ」
彼女いわく魔術には種類があり、攻撃魔術や防御、治癒や付与などと別に、その発動形式もあるらしい。
大抵の魔術はその場で瞬時に発動するのだが、付与魔術の中には一定の条件づけで効果を発揮するモノもある。
攻撃を受けると発動する物理反射や魔法反射などの結界や、状態異常が起きると発揮される治癒や解呪など。
これらは何かしらを媒体にして、身につけるような形で造られる。オスカーの指輪みたいな感じらしい。
その中でも特異なのが、闇の魔術師らが好んで使う潜伏型魔術だ。
一度術式を刻めばいつ発動するか分からない。永続型だと、ほぼ一生爆弾を抱えたようなモノ。動力になる闇の魔力を注がれれば、何度でも呪いが振りかかるという。
「こういった潜伏型で発動がランダムな術式を、異世界の聖女様は十三金タイプと呼んでおられたとか」
ラルザの説明を聞き、穣は胡乱に目を据わらせた。
.....ウィルスかよ。変な名称広めんなよぁぁ。
地球で一世を風靡したPCウイルスの呼び名である。一定時間潜伏し、突然暴れだして被害を出す性質が某有名映画の化け物を彷彿とさせ、なんとなく通り名になった。
それはさておき、潜伏型の魔術か。やっかいだなぁ。
魔術の理は難しいものではない。魔力で発動する不思議現象。それだけだ。
ただ術式と魔力は別物で、正しい術式を刻んだ物があれば、その魔術師本人でなくとも魔力を流して発動出来る。
例えば、土の魔術しか使えないオスカーでも、ラルザが術式を刻んだ何かを使えば、治癒の魔術が行使可能。それには魔法石とかいう媒体が必要で、ラルザの魔力が込められた乾電池のようなモノらしい。
使い捨てタイプならその場で使用して終わりだが、潜伏タイプなら、誰かがアーリャの術式に闇の魔力を流すことで、再びアーリャを利用出来てしまう。
要は使い捨てカイロかハクキンカイロかの差。燃料を足せば、いくらでも再利用可能な悪質極まりない呪いだった。
ンなろう..... 闇の魔術師とやらは碌でもない奴ら確定だな。
かえすがえすも忌々しい。
.....という憶測の元、ただいま異世界聖女一行は近場の街を目指していた。
神殿を訪のい、アーリャにかけられた魔術がどんな魔術だったのか調べてもらうためだ。
.....杞憂なら良いんだがな。
ラルザの指示通りアーリャを放置して闇の魔力は霧散したはずだ。あとは術式を調べて、一過性のモノなら安心だし、永続型でも解けるものなら解いてもらう。
そう決めて、穣は大まかに街や村の記された地図を広げた。
航空技術や測量などないため、本当にざっくばらんな地図だが、無いよりは遥かにマシだ。
その地図をガン見し、ここから一番近い村と、ほど遠くない街を指差して、穣はオスカーを見る。
「ここと、ここ。神殿あるよな?」
けっこう大きな村と街だ。ここらは辺境でも隣国に近い国境。俗に言う辺境伯と呼ばれる御仁の治めている土地。
交易が活発なため下手な領地よりも賑わっている。
「ありますね」
「神殿によって、神官や巫女に違いってあるのか? ここらでもアーリャを診てもらえるか?」
今まで回ってきた土地を見て、そこはかとなく穣が抱いた違和感。
辺境には巫女や肩書き聖女が足りない。神官は大地を祝福出来ない。つまり、神殿本来の仕事の質は人材によりけりだった。
神官でも治癒や解毒は出来るらしいが祝福や解呪は巫女にしかやれず、その巫女であるラルザにすらアーリャにかけられた闇の魔術の詳細が分からないのだ。
と言うことは、もっと実力のある巫女か聖女が必要だということ。
穣の脳内を察し、オスカーが声をかけようとした瞬間、別方向から声があがる。
「御心配はございません。たぶん、このまま旅を続けても何事も起きないでしょう」
ふくりと揺れるスチュワートの白髪交じりなお髭。
ラルザやアストルも同意した。闇の魔術を目にした時には度肝を抜かれたが、彼等はそういった被害者達を多く見てきているのだ。
一過性のモノと違い、潜伏型のモノは下準備も必要だし手間暇がかかりすぎる。アーリャらが巡礼に同行を始めたのは偶然だ。妹の死も突発的な結果。あらかじめ何かを仕込まれていた可能性は低い。
偶然の起こした事象なのだから、たまたま質の悪い闇の魔術に遭遇したと思うのが妥当だろう。
そのように説明を受け、一応納得するものの何かが腑に落ちない穣。
「そうは言ってもなぁ。やっぱ気になるし、一応診てもらおうや」
そう言う彼に従い、一行は村や街を目指して進路を変えた。
那由多を筆頭にポテポテ歩く穣達を温かな眼差しで見つめるスチュワートに気づきもせず。
老骨の視線は、アーリャの手をずっと繋いで離さない小さな聖女様の手に固定されていた。
その柔らかな指先で爆ぜる微かな魔力。ピシパシと飛び散って落ちるキラキラした金色の星屑に、今はスチュワートしか気づいていない。
愛娘の無意識を知りもしない穣は、那由多の反対側の手を繋いで楽しそうに笑った。
この先訪のう神殿で、驚愕の事実と己の骨折り損にへたりこむ未来が用意されているなどと想像もせずに。
こうして色々と無自覚なまま、異世界聖女親子の旅は続く。
煌めく星は聖なる光 ~最強なのは聖女の父です~ 美袋和仁 @minagi8823
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