☆夢かなえる小人さん。
時はメルダから蜂蜜を手に入れたばかりな頃。件の男爵邸で小さな宴が開かれようとしていた。
「はっちみ~つ、はっちみ~つ、ぬほほほぉ~い♪」
今日も今日とてお菓子を作る小人さん。
鼻歌混じりに、せっせと働く幼女を見守りながら、それを手伝うナーヤとサーシャ。
「これを混ぜたら宜しいのですね?」
お仕着せにエプロンをつけ、腕捲りしたナーヤが泡立てた卵白に小麦粉とミルクを足す。
「そうそう。で、混ぜたらフライパンに流して焼いてね」
コトコト木苺を煮込みつつ、小人さんがほにゃりと笑った。
.....あ~、もう、作りたいモノだらけだよぅぅ。ハニーマスタードとか蜂蜜チーズとか、お菓子ばっかでなく甘辛料理も食べたぁぁいっ!
中世観満載なフロンティアだが、その実しっかりとした倫理観や文化が育っている。料理も然り。
オーブン焼きとか揚げ物とかの概念もあり、惜しむらくはソースのようなモノがあまりないくらい。
基本は焼いた後のフライパンに残った焼き汁を使って各ペーストなど具材を足し、伸ばしたソースを料理かけていた。
俗にいうグレイビーソースというのが主流だ。
それはそれで美味しいのだが、如何せん口の肥えた現代人にはくどすぎる。
生野菜も食べるし、果物や甘い野菜を工夫したデザートもあった。
素朴な甘さのソレも、美味しいには美味しいが、スイーツと言えるほどではない。
むしろ下手に調理するより、果物そのままで食べた方が甘かった。
.....砂糖黍とかはまだ発見されてないんかな~? .....あれらって、一見しただけじゃ食用可能に見えないもんね。
千年も前の日本にだって砂糖はない。中国経由で輸入するようになるまで、高貴な者はあまづらや水飴で甘味を作っていた。
それだって庶民には高嶺の花。甘いお菓子は一般的なモノでなかったのだ。
アルカディアでもそうなのだろう。蜂蜜一つで、てんやわんやな大騒ぎである。
茹でて色の抜けた木苺に色が戻り、つやつや輝き出した頃。
小人さんは火を止めて粗熱が取れるのを待ち、蜂蜜を足した。
ここでケチると日持ちしなくなるため、たっぷりと。
もったり光る至高の甘味。それを混ぜられた木苺は、ジュレのように柔らかな光沢を放つジャムになる。
「にゃああぁぁ~、美味しそう」
「本当に。すごく良い匂いですね」
煮詰めるのを交代でやってくれていたサーシャも、小人さんの差し出すスプーンでジャムを試食し、恍惚とした顔をする。
そんなこんなしてるうちにナーヤの方も出来たらしい。
「これで宜しいでしょうか、お嬢様」
彼の見せるフライパンには、ふっくら狐色に焼かれたパンケーキ。
アルカディアの小麦粉は強力粉や薄力粉などの分類がないため、一律小麦粉と呼ばれている。それを考えると、これはパンケーキというよりダラ焼きかもしれない。
卵白を泡立てて作った分、ダラ焼きよりもふくふくしているが。
「良いよ、良いよっ、タネ全部焼いちゃってねっ!」
きゃあきゃあ喜ぶ幼女様に幸せそうな顔で頷き、ナーヤはせっせとパンケーキを焼き続けた。
そして出来上がったのは掌大パンケーキの山。大皿一杯のソレを見て、小人さんの顔が歓喜に震える。
先ほどまで作っていたジャムや、あらかじめ作っておいた具材。
他にも蜂蜜やバター、チーズなど、色々用意していたテーブルにナーヤがパンケーキを運んだ。
「さあ、食べようっ? 好きなモノをかけてさっ!」
そういうと千尋は、林檎煮や干し葡萄などを添え、パンケーキの上に作ったばかりなジャムを塗る。そして、たらりと蜂蜜を一回りかけた。
いかにもスイーツな、その艶やかな見た目。
.....うう、長かったよぅぅ。
感無量の面持ちでパンケーキを切り分け、千尋はソレを口に運んだ。
途端、口中に広がる程よい甘みと酸味。噛み締めるごとにパンケーキから染みでる蜂蜜の刺すような甘さ。
じゅわっと弾ける各々のハーモニーに言葉を失い、千尋はガツガツと無言で食べ続けた。
.....これだよ、これぇぇっ! うわあぁぁんっ!!
指先まで巡る繊細な甘み。酸味や塩気を引き立てる至宝。
久々なソレを口にして、今にも泣き出しそうな顔の幼女をナーヤとサーシャが微笑ましく見つめる。
「パンケーキがどんな物かは存じませんでしたが..... これは大変美味ですな? いやはや.....」
「名前や材料から、てっきり簡易的なパンかと思ってましたのに..... 別物ですわね」
眼を見開いて頷き合う家人二人。
フロンティアには酵母があり、パンも柔らかい。リンゴや干し葡萄とかで作るスタンダードな酵母だ。
それだけちゃんとした食文化があっても、無い物はどうにもならない。
「次はオカズパンケーキにしよっ! ハムとゆで卵..... あとは.....」
ちゃかちゃか具材をパンケーキに載せ、千尋は用意してあったトマトソースを、シャっとジグザグに一かけした。
.....んんんっ、これも、んまいぃぃっ! 惜しむらくはマヨネーズがあれば、完璧なのに。
生卵で作るマヨネーズ。
これは衛生的に作れない。鶏は体内に何種類もの菌を宿している。中には酷い食中毒を引き起こす菌もあるのだ。
日本衛生基準の卵でないと、恐ろしくて作りたくない千尋である。
だけど、他はOK。現代とは違う肉厚で濃厚なハム。その激しい主張を、ゆで卵が緩衝材になってまろやかにしていた。
トマトソースの酸味や散らしたみじん切り玉葱の辛み。どれもこれも上手く相まり、言語に尽くせないハーモニーを口中で奏でる。
「あらぁ..... 美味しい。しょっぱい物も合いますね」
「うーむ。どちらも捨てがたい。ドッグやサンドイッチとはまた違う食し方でございますな」
手軽に食べるため考案されたパン料理。なぜか地球の呼び方と同じという謎。
.....手軽なのは大事にょろ。でも、こうやって手間隙かけるのも楽しいにょん。
あえて手間暇かけて好きに食べるパンケーキやクレープ。
本来なら食事の添え物なはずのパンを主役に置く食べ方は、ナーヤやサーシャの目に新鮮に映ったようだった。
「さーて、次はまた甘いのいこーっ♪」
まだ温かなパンケーキの上にチーズを載せて、程よく溶けたところへ千尋はジャムと蜂蜜を突撃させる。
甘じょっぱい幸せの味。
.....んううぅぅ、生きてて良かったっ!
必死の形相でまぐまぐする小人さんにつられ、ナーヤやサーシャも色んな組み合わせで食べた。
「やだ、これも美味しいっ、ハムとタマゴって最強の組み合わせでは?」
「シンプルにバターと蜂蜜でも良いです。ほんのりとした塩気が何とも.....」
あれやこれや話を咲かせ、甘い、しょっぱいを繰り返す三人。
この先は、皆様お察しだろう。
「た.....食べすぎたぁぁ.....」
ぽんぽんなお腹を抱えて仰向けにもうつ伏せにもなれず、身体を横にして呻く小人さん。
「すごく食べてしまいましたわ。わたくしもお腹が苦しいです.....」
苦笑いで千尋を膝枕するサーシャ。
「.....止まりませんでしたな。甘味の存在は危険かもしれない」
年齢的に食の細かったナーヤは、甘いとしょっぱいの無限ループにはまらなかったようだ。
.....あう~、こういう食べ方も久しぶりだにょ。でも幸せ♪
ぽんぽんなお腹を抱えて、にんまり笑う幼女様。
しかし、後日、その小さな宴を知ったドラゴが、涙目で突進してくる未来を、今の小人さんは知らない。
『パンケーキって何だあぁぁぁーっ?!』
『うえっ?』
料理のことなら何でも知りたい熊親父と、食に貪欲な愛娘様。
供給と需要のガッチリ組み合わさった似た者同士が織り成す激甘親子劇場。
しかしそれは、とても幸せな光景だった♪
~了~