第23話 異世界聖女巡礼 ~精霊の庭~


「なにごとですか、これはっ!」


 ジャングル化した中庭に驚き、唾を飛ばす勢いで説明を求める神官達。それを気まずげに一瞥し、穣はわざとらしく眼を逸らした。

 なんと説明したものか。まあ、誤魔化せもしないんだけど。


「あ~.....、あーちゃんがな? えっと、この精霊様な? コレがさ、ちょっと頑張り過ぎちゃったみたいなんだよな」


 那由多に抱えられて、どや顔な精霊様。

 おお.....っと感嘆の溜め息ををもらし、やってきた神官らは音をたてて跪いた。


「なんと、ありがたいことか。感謝いたします、精霊様!」


 口々に謝辞を述べ、次々と現れる神殿の者達が尽きるまで、中庭に足止めを食らった聖女一行である。

 

 だがそれが功を奏し、ラーナの街は十分な恩恵を受けましたからと巡礼の先を勧めてくれた。


「聖女の祝福は多くに施されるべきです」


 好好爺な面持ちで相好を崩す神官達。結局、彼等は善人なのだ。厚遇を当たり前とせず、独占しようともしない。むしろ広く拡散し、なるべく沢山の人々と分かち合おうとする。

 これも歴代の召喚聖女らによる賜物だろう。


 おかげで明日にでも旅立てる異世界聖女親子。


「そうなると買い出しか?」


「次の街まで歩いて二日ほどです。そんなに必要はないのでは?」


 オスカーの言葉に頷き、穣も持ち物の確認をした。

 料理は二ヶ月分ほど。食材は、贅沢しなくば半年はもつ。これならしばらく買い足さなくても良いだろうと彼は判断する。


 貧乏性というか、臆病者というか、買えるところでは買っちゃおうと思う思考を何とかしないとな。気づくと市場に足が向かってるし。習慣ってのは怖いねぇ。


 はあっと小さく溜め息をつき、穣は自嘲気味な笑みを浮かべた。


 だが、それも致し方ないだろう。いきなり異世界にやってきて、さらには子持ちとなり足りない旅費を工面する怒濤の展開。こんな状況に放り込まれた日本人なら、どうやっても慎重にならざるをえない。

 そして、そんな自分が嫌いではない穣。


「じゃあ集めたハスカップをジャムと蜂蜜漬けにしとくか。生でも取っておきたいな。そのまま食べても美味いわ、コレ」


 ひょいぱくっと数粒口に放り込み、至福の顔な穣を見て、オスカーや他の者らもハスカップをプチプチする。

 見慣れない果実なため、なんとなく避けていたが、穣の様子を見る限り、悪くない味のようで興味をひかれたらしい。

 恐る恐る口にして何度か咀嚼し、オスカー達は目見開いた。

 鼻腔を擽る酸味。けっこう尖った酸味なのに、深い味わいの甘さがその刺激をまろやかにしている。


「これは..... 美味いですね。ベリーみたいなのに、葡萄のような風味もあり。なんとも奥の深い味です」


「ほんとに..... はうすかーぷでしたか? 初めて食べる味です。複雑な酸味が楽しめる果実ですね」


 ラルザも絶賛。だが、その間延びした呼び方に穣は脱力感を覚える。

 日本語の言葉はやはり発音が難しいようだ。女神様のおかげで言語の壁はないとはいえ、こちらにない言葉は日本語そのもので伝わっているらしく、洗濯バサミはセタークサミー、毛糸タワシはケイトゥーシィーなどと呼ばれていた。

 

 はうすかーぷか。今までのと比べたら、まだ本名に近いかも?


 だが、中身地球人の穣の脳裏に浮かんだのは、ハーイで有名なハウスマスコットと、その上で跳び跳ねる鯉王。ぶふっと思わず失笑した穣を、周りの人々が不思議顔で見つめていた。




「こんなもんか」


 コトコト煮込んだ鍋から指でジャムを一すくいし、パクっと咥えて穣は御満悦。

 懐かしい味だ。ここしばらく異世界料理や甘味ばかりで辟易していた穣の身体に、思い出補正のかかった味が染み渡る。

 飽食世代な若者に中世の食生活は辛い。あの手この手で現代の味覚に近づけはしているが、やはり縁遠い物しか作れない。

 幸い香辛料や香草類は充実しているものの、モノは現物そのままなのだ。塩コショウや即席コンソメ、シーズニングスパイスやメンツユなどなど。現代人の協力な助っ人だった調味料への渇望が止まらない穣である。




「ほんと。恵まれてたんだよねぇ」


 とつとつと零れる穣の愚痴。それを耳にして、オスカーらは顔を見合わせる。

 なんでも、食べ物を美味しくする材料らしいが、穣の作るモノはとんでもなく美味い。なのに、あれ以上の物があると? だとしたら、穣のいた世界は楽園のようなモノだ。

 聞けば戦争などは殆んどなく、飢えも蔓延ってない。あまりに酷い時は国が介入して救済措置をとってくれるとか。老いて働くなっても同様だ。

 オスカー達は、そんな国を聞いたことはなかった。


 福利なんて言葉も存在しない中世。それも異世界。


 穣と、オスカーらの間に横たわる見解の相違は海より深いらしい。

 まあ、そんなものは旅の二の次。異世界聖女親子は新たな街へと旅立っていく。


 彼等が街を後にした早朝。


 ジャングルと化した神殿の中庭に浮かぶ何か。

 ふわりふわりとただようソレは、テニスボール大の光の玉。聖霊様によって招かれた多くの精霊達である。

 人間はだあれも知らない。あーちゃんは精霊でなく聖霊であることを。だから力ある精霊を喚び出し、従えられることも。

 あーちゃんの暴走によって造られた、誰も知らない秘密の花園。

 この中庭に住み着いた精霊らにより、ラーナの街は長く潤う。


 人間には見えない精霊。だが、肌で感じる不可思議な空気を重んじ、神殿は中庭を立ち入り禁止の聖域とした。

 聖女の奇跡、精霊の慈愛に感謝して。


 これが聖者による力業なのだと気づく者はいなかった。


 自身は何も出来ない穣。


 相変わらずな無頓着ぶりを発揮して。今日も暢気に旅をする異世界聖女親子である♪

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