第24話 異世界聖女巡礼 ~聖女暴走~


「ここもまた。閑散としてんなぁ」


 あーちゃんの暴走で神殿中庭をジャングルにしてきた異世界聖女一行は、新たな街、クジャールへとたどり着いた。

 ここまで徒歩で三日ほど。那由多の歩調に合わせたためだが、別に慌てる旅でもない。のんびりぽてぽてとやってきた一行は、出てきたラーナの街よりも寂れたグジャールに眼を見張る。

 なんのかんのとラーナは川辺の街である。豊かな水源は多くの緑を維持していたが。

 そこから三日も歩くと、また風景がガラリと変わる。荒涼とした白い平野が延々と続き、地平線にけぶる街はポツポツと建物の建つ、なんとも物悲しい街だった。

 コンクリートのようにカチカチな白い大地。そこに立つ煤けた木の枠組みだけな門をくぐると、中には道もない。

 四、五軒ずつ並ぶ建物が、そこここに点在しているのみ。ざっと見渡しても数十軒。市場的な場所も何もない。

 驚いた顔で歩く穣。一行を訝しげに見る街の人の視線が妙に突き刺さる。子供らすら物陰から、じっと静かに穣達を睨んでいた。

 いたたまれない凝視の嵐を抜け、穣は街の中央らしいところに拓けた場所を見つける。そこにたむろう人々を眺めながら、彼はやや安堵した。


 賑やかに会話を弾ませる御婦人方。どうやらそこは井戸のようだ。奥にハンドル式の井戸が見え、その周辺が石垣の広場みたいになっていた。

 たぶん、井戸から流れる水を薄く広く満たし、洗濯や洗い物などをする場所なのだろう。

 棍棒のようなモノで叩いたり、足でちゃちゃっと踏んだり、御婦人らは忙しく働きながらも楽しそうにおしゃべりをしていた。

 だがそれも一瞬。穣の一行に気がついた途端、井戸端に集まっていた女性達は、そそくさと荷物を片付けて逃げてしまった。


「え.....?」


 唖然とする穣を見て、オスカーが言いづらそうに口を開く。


「あ~..... その。辺境は閉鎖的なのです。街の人間の殆どが血縁者のようなモノで。外からの干渉を嫌う人々もいます」


 これまでどこの街や村でも歓迎されてきた聖女一行。だが、そうではない。今までの街が友好的だっただけなのだ。

 

 地球でだってそうだったじゃないか。排他的な小さな村や部落はいくらでもある。


 ましてや、この街の周囲を見渡すだけで分かる。彼等の暮らしが苦しいことは。そんな厳しい環境で、余所者に良い顔など出来ようものか。

 殆どが日干し煉瓦の低い建物。藁葺き屋根や、板だけの屋根もある。あとは家の周囲に置かれた瓶や箱。井戸の傍にある多くの竈も、こういった村独特な共同竈だろう。

 燃料の薪を手に入れるのも大変に違いない。だから、一度に沢山、協力して火種を使うのだ。


 そういった背景があるのなら、穣達を見る眼差しが鋭かったのも理解できる。


「じゃ、長居は無用だな。ここにも神殿はあるのか?」


 どこの街や村にもあった神殿。だが、この村には見当たらない。


「ないと思われます。たぶん、神を奉る祠があるくらいかと」


 なるほど。


「探してみましょうか? それとも誰かに聞いてみますか? ナユタ様もお疲れでございましょう。どこか軒先か離れを借りられると良いのですが.....」


 気丈に見えるがラルザも困惑げだ。力ある巫女の彼女にしたら、こんな無関心な街は初めてなのだろう。その戸惑いも理解できる。

 信仰は絶対ではない。神殿の威光が届く土地では思いもしないのだろうが、そういった恩恵が薄ければ人心は離れていく。たぶんここは、そんな土地だ。

 

 神に見捨てられた土地。きっと住民らは、そう思っている。


 切なげに眼をすがめる穣。そんな彼を余所に従者達がどうするか話し合っていると、一人の老人が近寄ってきた。

 一枚布を巻き付けただけのような姿。つるつるな頭なのにフサフサなお髭。だが、か細く枯れ枝のような手足が、いやに眼に刺さる。

 褐色の肌の老人は、落ち窪んだ眼窟を剣呑に輝かせた。


「旅人かの? こんな乾いた土地に何の用だ?」


 つっけんどんな物言い。


 一瞬怯んだラルザ達だが、すぐに人好きする笑みを浮かべる。万人の心を掴む淑女の笑み。

 さすがプロだな。穣は心の中でだけ口笛を吹いた。


「聖女巡礼でございます。神々への御勤めをいたせる場所はございましょうか?」

 

 慈愛に満ちた暖かい微笑み。炯眼をギラつかせていた老人も、その笑みに絆されたのか、幾分態度が和らいだ。


「聖女巡礼..... また懐かしいものが。前回は数十年前だな。.....まあ、何の実りもなかったが」


 何もなかった? そんな馬鹿な。


 ふてくされたかのような顔の老人の言葉に、アストルやオスカーも思わず眼を見開く。

 如何にぞんざいであろうとも、巫女の祈りが本物であれば大地に祝福は積もるはず。何も起きないわけはない。

 唖然とする神殿組を冷ややかに一瞥し、穣は呆れたように溜め息をつく。


「ラーナの街でも言ってたじゃんよ。祝福が足りないって」


 嘲るようにささくれた穣の声。それに含まれるトゲに気付き、みんな、はっと顔をあげた。

 そうだ、巫女がおざなりな祝福しかもたらさないため、水辺に位置するラーナですら祝福不足を訴えていた。

 そこからさらに三日も離れた土地だ。ラーナよりも巫女の訪れは少なかったことだろう。一番祝福が必要な辺境なのに、立地の悪さから素通りされたに違いない。

 呆然と項垂れる神殿組。

 彼等のように真摯な者達ばかりなら問題もないのだろうが、世の中の大半はいい加減な奴等で満ちている。

 まして女性上位の神殿では巫女の我が儘が優先なのだ。よっぽど奇特な御仁でもないかぎり、こんな辺鄙な場所にはやってくるまい。


 はあっと大仰な溜め息をつき、穣は老人から祠のある場所をきく。


「期待はしとらんがな。.....聖女巡礼なら悪さはするまいや。祠の傍に巡礼者用の小屋もある。自由にしてくれ」


「あいよ。ありがとな、爺さん」


 シニカルに口角をあげ、穣は老人に軽く手を上げた。


 そして一行は教えてもらった村外れへと向かう。


「なんと無礼な.....」


 忌々しげに呟くオスカー。彼の気持ちも分からなくはないが、穣はどちらかといえば老人側に共感する。

 彼等はどれだけの期待を裏切られてきたことだろう。

 今度こそという切実な願いを悉く裏切られれば、人間、達観してしまうものだ。

 期待をするから哀しいのだ。怒りが湧くのだ。ならば期待しなければ良い。街がそうなってしまっても誰にも責められない。

 それだけ長々と神殿はここの人々を蔑ろにしてきたのである。巫女の個人的な怠惰だとしても、それを許したのは神殿だ。

 無条件で崇め奉るほど人間はおめでたく出来てはいない。なるべくしてなった事態だ。オスカーの憤りは筋違い。


 そう淡々と説明する穣に、オスカーのみならずラルザやアストルも絶句する。


「論より証拠。彼等の不信心を詰るなら、まずはやるべき事をやろうや。なあ?」


 にっと挑戦的に笑う主を見て、オスカー達は何か寒いモノを感じた。


 そうこうするうちに、一行は小さな祠に辿り着く。


 道中見かけた貧しい畑。育ちも実りも悪く、だだっ広い荒野を細々と耕す人々。

 祠にやってきた穣達は、まず祈りを捧げ、ラルザやアストルが小さな掘っ立て小屋を見聞しに駆けていく。

 今夜の支度だろう。ちゃんと使えるのか確かめに行ったのだ。

 何気にそれを見送りつつ、穣は綺麗に掃除された祠に眼を細めた。大きな岩を御神体にしているらしく、その前には幾つかの芋。その祠の後ろには枯れかけた木が、すかすかな影を祠に落としている。

 日除けのつもりの木だろうか。貧しい街なのにちゃんと掃除をして供え物もしていた。萎びた感じもない小さな芋は、彼等が毎日供え物をかかしていないことを穣に知らせた。


 .....あんな強がりを。


 穣の脳裡に浮かぶのは、仏頂面な髭の老人。


 ま、やれることはやっていこうか。


 この街はまだ神々の恩恵を諦めていない。達観しているように見えるのも虚勢だろう。期待しないふりで、実は切実に願っているのだ。


 人とは弱いモノなのだから。


「あーちゃん、那由多っ! 頼むぞ?」


「あいっ!!」


『あーいっ!』


 ちゃっと右手を上げる二人。


 きゃっきゃとはしゃぐ二人は規格外。穣のブーストもかかり、翌日、クジャールの街の人々は奇跡を見る。




「邪魔したね」


「.....お務め、ありがとうございます」


 如何にも渋々な老人に苦笑し、穣ら一行はクジャールの街を後にする。

 ここは最果て。この街を起点に、穣は辺境をグルリと回ろうとオスカー達に提案した。


「中央付近は他の聖女候補らが回るだろう? なら祝福が足りていなさそうな処を重点的に回ろうや」


 穣は開いた地図をぐるりと指でなぞる。


「街や村にこだわる必要もないし? 御神体とやらが無くても祈りは出来るだろう? ここと同じような場所を幾つも作れば、辺境も潤うんじゃないかな?」


 言葉もなく絶句する従者達。


「ここと同じようにですか? 出来なくはないのでしょうが.....」


 口ごもるオスカー。


 ナユタ様の御力は規格外過ぎる。精霊様の御加護もあろうが、こんな御業を簡単に披露しても良いのだろうか。


 神妙な面持ちで、神殿組メンバーは祠周辺を見つめていた。




「ふん..... たった一晩か。今回の聖女も期待外れだったな」


 ぶつぶつと悪態をつきつつ、それでも一縷の望みを捨てられない老人。

 今度こそ..... 正しく祝福が行われたのではないか。畑の実りや街の空気が変わるのではないか。

 幾度も期待し、裏切られ、それでも未練がましく、やってきた聖女に心を躍らせた。


 自嘲気味な笑みを張り付け、重くひきずるような歩調で祠にやってくる。


 そして我が眼を疑った。


 そこには祠に厚い影を落とす大きな木。そして木の根元に拡がる慎ましい泉。

 大して広くもないが、五メートル四方ほどの泉からは、幾つかの支流が出来、畑の方へと流れていた。

 その泉周辺や祠の周りには青々とした草原が広がり、真っ白な乾いた大地を鮮やかに彩っている。

 いつの間に渡ってきたのか、大樹に変貌した木の梢で囀ずる鳥達。

 キラキラとした木漏れ日が揺らめく木陰で、老人は呆然と大樹を見上げていた。


 いったい何が起きたのか。そんなことは分かり切っている。


「.....奇跡だ」


 乾いた老骨の眼に、ぶわりと溢れる涙。


 あああぁぁっと泣き崩れ、老人は祠にひれ伏した。


「ありがとうございます、ありがとうございますっ!!」


 こんな奇跡を起こしていながら、何も言わずに飄々と通りすぎていった聖女一行。恩にきせることもなく、居丈高に御口上を述べるでもなく、ただ、そこに在っただけの人々。


 あれが聖女という者か。.....本物の聖女様。


「わしは、なんということを.....っ、なんと狭量なっ!!」


 不敬に問われてもおかしくなかった。問答無用で罰せられるような態度であった。

 だのに一言の文句も言わず、祝福のみを置いて去っていった聖女一行。


「あれが..... 聖女という者なのだな。.....ぁぁぁ」


 ボロボロと涙をこぼし、心配した街の人々が迎えに来るまで、老人は祠に祈りを捧げていた。




「途中、途中、あれと同じ泉や草原を作っておけばさ、新しい村が出来るかもしれないし、神殿の巡礼も楽になるじゃん? そしたら巫女の訪れも増える可能性高くなるじゃん」


 こんな乾いた何もない土地に来たがる人間などいるわけがない。ならば来ても良いかと思わせる工夫が必要だ。

 そう宣う穣に、オスカー達は呆れを隠せない。


 なー?♪と微笑み合う異世界親子と精霊に眩暈がする。


 いや、そんな奇跡を起こせる力があるのは、ナユタ様と精霊様だけですからね?


 精霊の加護を受けているせいか、最近の那由多は加減を知らない。思うがままの奇跡を勝手に起こす。


 精霊様に選ばれた聖女ナユタ。


 この名は、いずれ世界を席巻するだろう。


 伝説を目の当たりにして高まる高揚感。それを隠せないオスカー達の後ろで、一人無言なスチュアート。

 屈強な老人の眼は、真っ直ぐ穣を凝視している。


 薄々感じている神殿長とスチュアート以外は誰も知らない。


 奇跡の根元は聖女でも聖霊でもなく、聖なる人なのだとは。


 聖なる人の自覚もなく、今日も異世界聖女親子は我が道を往く♪

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