第22話 異世界聖女巡礼 ~奇跡の中庭~


「で、祝福するんだろ? どーやんのさ」


「.....今までしてましたが」


「いや、ほら、主殿は厨房ばかりにいらしたので.....」


 思わず据わる眼と格闘するオスカーと、ついついフォローに回るアストル。

 相変わらずな穣の無頓着振りに、苦笑した顔を見合わせるスチュアートとラルザ。


「神殿に滞在している間は毎日のおつとめがありますのよ? わたくしやアストルと共に、ちゃんと御祈りを捧げておられますわ」


 説明するラルザに、穣は眼を丸くする。

 そういえば食事を作ってる時に、那由多とラルザが消えてることがあった。それがお務めとやらなのだろう。


「じゃ、もう終わってるってことか?」


「まあ、そうなりますね。神殿があれば楽なものです」


「困るのは祠すらない村とかですかね。中には辺境奥地の絶壁とかに祠があって、祈りが届かないとかも、まま、ありました」


 虫を噛んだような苦笑いを浮かべるアストル。


「なら、もう、先に進んでも良いってことだな」


 アレやコレやと相談する聖女一行を見守っていた神殿の者らは、穣の台詞に顔を強張らせた。


「いやっ、あのっ、もう暫く滞在してはいただけないでしょうか?」


 ん? と振り返った穣の視界に、必死の形相な神官が映る。

 巡礼聖女の来訪に狂喜乱舞し、全力でもてなしてくれた御仁だ。

 他も熱烈歓迎してくれていたが、その中でもこの彼は一際凄まじく、懇切丁寧に神殿の案内や街の散策に協力してくれたのだ。穣が厨房に入ることすら忌避しなかった。

 

 他の神殿じゃ奇異の目で見られたもんだがな。


 そんな彼に待ったをかけられ、穣は疑問顔で問いかける。


「なんで?」


 あまりに簡潔で素っ気ない問い。

 それに戸惑いつつ、件の神官は、しどろもどろな口調で答えた。


 いわく、ここらは土地が悪いため訪れる聖職者が少ない。祝福も足りず、目に見えて人々の暮らしも思わしくない。

 せっかくの巡礼。しかも魔力の高い聖女候補の訪れである。少しでも多くの祝福を頂きたいなど、彼は切々と穣に訴えた。


 ああ、なるほどなぁ。


 その説明に得心しつつも、穣は不思議そうに首を傾げる。


「話は分からんでもないが、ここには力のある巫女はいないのか?」


 ラルザにだって祝福は出来た。聖女候補ほどではないにしろ、力ある巫女らが大地を祝福で癒せることを穣は知っている。

 至極当然な疑問を投げ掛けられ、ラーナの街の神官らが気まずげに顔を見合わせた。


「.....かつては、おりましたが。全て王都の神殿に引き抜かれてしまったのです」


 その答えに、思わず穣の顔から表情が抜け落ちる。


 聞けば、洗礼を受けて光属性や魔力の高さが判明した子供は、王都の神殿に預けられ、その力を磨くのだという。

 そして成人し、一端の巫女となった彼女らの意向や行動は自由。誰にも何かを強制する事は出来ず、本人らの意思で好きな土地の神殿に所属が可能で、王都の暮らしを経験してしまった巫女達は殆んどが王都に残ることを望むらしい。

 結果、辺境地に巫女がいないという悪循環を生み出していた。


 しょんぼりと語る神官達。


 あ~、ね~。まあ、分かるかなぁ。田舎しか知らなかった純朴な娘が都会に魅せられるのは、よくある話だ。

 しかも女性上位の神殿で、巫女として下にも置かれない待遇を受けられるなら、大抵の娘は王都の神殿を所属に選ぶだろう。


 だから、辺境地の神殿では何時も祝福不足。たまに王都の神殿の役回りから巫女の訪れはあるが、誰もがなおざりな祝福でそそくさと立ち去るため、なかなか土地が回復しないのだという。


「.....という訳で、今回の聖女ナユタ様の真摯な祈りに街の民は喜んでおります。今しばらく御願い出来はしませんでしょうか?」


 ざっと跪き、懇願する神官達。その切実な姿に絆され、ポリポリと頭を掻きつつも穣は了承した。

 ぱあっと喜色満面に彩られた彼等の表情を見て、穣の後ろで控えていたオスカーらも顔を綻ばせる。


 主殿は冷徹そうに見えて情の深い御方だ。困っている人々を見捨てられない。この方に育てられるなら、娘御である聖女様も、きっと御優しく育つことだろう。


 軽く目配せし、ほんのりと笑うオスカーとアストル。


 だが、これが盛大な間違いである事を、後日、彼等は思い知らされることとなる。


 穣が優しいのは身内と認定した者にだけで、基本的に他はどうでもよい。

 冷徹も裸足で逃げ出すほどのリアリストでレイシストでもあった。

 今でこそ人種差別で反社会的な意味に使われるレイシストだが、元々は個々を区別し冷酷に切り捨てる意味合いを持つ言葉である。

 己を基準として自分の認めた価値観で他者を判断し、それに見合わなくば踏みにじる。これに人種は、本来含まれない。

 これに含まれる人種とは、己にとって大切、あるいは重要という意味であり、個体識別的な人種ではないのだ。

 それで判断する歴史的背景が多々存在したため、定着してしまったに過ぎない思想である。


 人は誰だって己が大切だ。そして、それを取り巻く環境にいる仲間が大切だ。ただそれだけ。


 カテゴリーに含まれぬ者らを残忍に切り捨てる。それが正しいと考えて、冷酷なことでも平然と行える確信犯。

 これがレイシストなれば、穣をレイシストと呼ばずして何としょうか。


 暖かな眼差しで見守るオスカーらには、そういった穣の本性が見えていない。


 今回のも絆されたは絆されたが、何よりも面倒事を嫌う穣の性格が幸いしただけだった。

 ここで喧々囂々をやらかすより、さくっと望むモノを与えて、何の遺恨もなく旅立つ方が楽だと選んだに過ぎないのだ。

 

 非常に合理的で労力を削らない道を常に選ぶ穣である。




「どれくらい時間がかかるんかな? なんか目安になるモノはないのか?」


「目安ですか..... 難しいですね」


 神殿の中庭でのほほんと寛ぎ、那由多を抱き抱える穣に、ラルザが困惑げな顔をする。

 前回の災害のごとく目に見える何かがあれば分かりやすいのだろうが。本来、祝福とは目に見えぬモノ。その結果を知りたくば、長い経過観察が必要だった。

 何時終るとも分からない長期滞在は、地味に穣の精神を削っている。

 聖女巡礼では、ひととこに半年以上居てはいけないという規則があるが、しかしそれは逆を言えば、半年までなら滞在しても良いということだ。


 さすがに半年もじっとはしていられない。


 あ~~.....っと魂の抜けたかのような顔をする穣。その耳元で、誰かが囁いた。


《オドサ、疲レテノケ?》


 小さな手で穣の頬を叩く河童様。そのふくふくとした掌の感触が心地好く、穣は何の気なしに呟く。


「だぁなぁ..... 祝福のために訪れたわけだし、文句も言えんが」


 長閑な陽気にうとうとしつつ、穣は剣呑に輝いた河童様の眼に気づかない。

 ぎらりと光を馳せ、真ん丸な瞳を剥き、いきなり河童が発光する。

 そして、それに応えるかのように那由多も発光した。

 みるみる溢れ波打つ魔力の波。それが神殿を包み込んだかと思った瞬間、星が瞬き、爆発するように弾ける。

 弾けとんだ魔力の星は金色に煌めきながらラーナの街とその周辺に降り注いだ。


「んなっ?!」


 いきなりの事態で微動だに出来ない聖女一行。当然、神殿の者らや街の人々も呆然と降りしきる星の欠片を見上げていた。


 そこで起きる奇跡。


 降り注ぎ染み込んだ星々の欠片は、乾いた大地に緑を芽吹かせる。

 みるみる広がる緑の絨毯。所々に角ぐむ木立も小さな茂みとなり、その新緑に彩りを添えていた。

 実る果実はグミや木苺など色とりどり。


 川沿いとはいえ、あまりに土地が痩せていて、手をかけた畑でしか見られないラーナの街の人々は、いきなり萌え出る緑を唖然とした顔で凝視する。

 気づけば街を中心に草原が出来上がり、それは地平線の辺りまで広がっていた。

 

「なんだ、これ.....?」


 彼等は視界に映る光景を理解出来ない。湿った風におののき、思わず被を外す女性達。その驚愕の面持ちが、人々の心境を物語る。

 程好い湿度が喉に優しい。草の香りを初めて知った。仄かに甘いのは花か果実か。

 常に乾いていた眼も痛くない。肌が、心が、歓喜に震えていた。


「奇跡だ.....」


 柔らかな緑が目に優しい。光るほどに白かった乾いた大地が消え失せ、忽然と現れたのは自然の織り成す芸術品。

 その神々しいまでの風景を目に焼き付け、人々は口々に呟いた。


「信じられない」


「何が起きたんだ?」


「何って..... 決まってるだろう?」


「奇跡だ」


「奇跡だぁぁぁっっ!!」


 わっと歓声を挙げる街の民。その雄叫びは神殿にまで届き、穣は、じっとりとした冷や汗で背筋を濡らす。


「.....まさかとは思うけど、あーちゃんか?」


 にぱーっと笑う河童様。神殿の中庭も草だらけ。中庭なので僅かばかりあった花々も、その勢いを増し、隆々と天を仰ぎ風に揺れていた。

 魔力の発現場所の中庭は既にジャングル状態。伸び広がった木立や蔦が縦横無尽に絡まり、その様相を一変させている。


《オデ、頑張ッタダ。精霊、沢山喚ンダダ。コレデ、オドサ疲ネケ?》


「びっくりしたぁ。あーちゃんの魔力、すごいねぇ。アタシまで爆発しちゃったよぉ?」


 どうやら、あーちゃんは那由多の聖女の力をも増幅させたらしい。聖女の癒しと精霊の召喚による相乗効果が、爆発的な祝福を大地に与えたようだ。

 乾いた笑みを張り付け、ははは.....と力なく笑う穣の視界では、那由多がプチプチと木立の果実をむしって食べていた。

 あまーいっと御満悦な娘様。そして、とてとて走ってくると、穣の口元にも果実らしきものを押し付ける。


「たべてーっ、あまいよーっ」


 現状を理解もせず無邪気な娘に苦笑いし、穣は小さな手から果実をついばんだ。

 薄く粉をふいた濃い紫色の果実。それを口にして、カッと穣の眼が見開く。


「これ、ハスカップじゃんっ! えっ? なんでっ?」


 北海道名産の果実。


 この果実のジャムが大好きな穣は、地球に居た頃によくお取り寄せしたものだった。

 そして周りに眼を馳せて木立の果実を確認し、俄然、眼を輝かせる。


「那由多っ! この紫色の果実を集めるんだ、沢山集めたら、美味しいジャムをつくってやるぞっ!」


「美味しいっ? わーいっ!」


《オデモ食ウ、ワーイ!》


 喜色満面で採集に駆け出す親子と精霊様。


 喉元過ぎればなんとやら。


 異常事態に狼狽えたのも束の間、あっという間に日常へと戻ってしまった穣を胡乱げに見つめるオスカー達。


 その耳に神官らの駆けつけるけたたましい足音が聞こえてくるまで、楽しいハスカップ狩りを続ける聖女親子だった。


 常に周りを混乱の坩堝に陥れ、異世界聖女親子の旅は続く♪

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