第7話 異世界聖女巡礼 ~新たな従者~


「.....誰?」


 扉の外には初老の騎士と、被をかぶった華奢な女性。


 王都を出発した穣親子は、地図を片手に予定をたて、初日は小さな農村に泊まった。

 他の聖女らは年嵩でもあり、那由多とは歩くスピードが違うため、この農村をスルーしていったらしい。

 落胆していた農村の人々は、最年少の那由多が訪れてくれたことを心から喜んでくれた。

 なんでも聖女が留まってくれるだけで、大地に祝福が沁みわたるのだそうだ。


 村には何人かの病人がおり、癒しを頼まれた那由多は、快く頷く。神殿でもやっていたのだとか。穣は、午前中の勉強時間に那由多が学んでいた事を知らなかった。


「痛いの、痛いの~、飛んでけーっ」


 そう那由多が祈ると病人の身体が微かに白く発光し、土気色だった顔に生気が宿る。


「.....ああ、楽になった。ありがとうございます、聖女様」


 身体を起こせないまでも、涙眼で微笑む病人達。病が癒えたとはいえ、いきなり動ける訳もない。

 ふんすっと胸を張る那由多を、へえ? と感心したように眺める穣。彼は那由多が癒しを与える処を初めて見たのだ。

 怪我の治癒や解毒などは水属性の魔法でもやれるらしい。それは、基本的に神官らが請け負っている。

 同じ事が光属性の者にも出来た。しかし、病を癒したり、呪いを浄化するのは光の魔法でしかやれない。其々の力量にもよるが、力ある聖女なら、脳死さえしていなくば完全回復出来るという。


 ほほう? と神官から説明を聞いていた穣の後ろで、オスカーが胡乱げに呟いた。


「あの呪文には未だ慣れませんが.....」


 思わず噴き出す人々。


 確かに。


 穣には耳慣れた言葉だが、格式ある呪文の文言を使うキシャーリウの魔術師達にはいただけない言葉なのだろう。


『痛いの、痛いの~、飛んでけーっ』


 日本の子供なら一度は耳にするおまじない。

 どうやら刹那が光魔法を使うときに使っていたらしい。全くの自己流で魔法をつかっていた彼女は、意識を集中させるため、何の気なしに唱えやすい言葉をつかったに違いない。

 それを傍でみていた那由多も、同じ言葉で光魔法をつかっていた。


 可愛い子供の一生懸命な姿はとても微笑ましく、思わずほっこりとする大人達である。


 そんなこんなで歓迎を受け、小さいながらも村が用意してくれていた宿泊小屋で寛いでいた穣親子。


 そこへいきなり客人とやらがやってきた。


「.....誰?」


 小屋の扉前に立つ二人を見上げ、穣はあからさまに眉を寄せる。


「神殿の護衛騎士スチュアートと、巫女のラルザです」


 見知った顔なのか、オスカーは平然と二人の紹介をした。

 案内された二人は、恭しく穣に頭を下げ、神殿長から持たされたという手紙を穣に渡す。

 受け取った穣はオスカーに読んでもらい、その内容を把握した。


 手紙には穣も神殿所属の一人であり、その身分は聖女の父親。ある意味、聖女と同等と判断され、後れ馳せながら穣にも従者をつけることにしたのだとか。

 特に、聖女の一行に女性がいないのは外聞が悪い。那由多の側仕えとして巫女を送る。長く神殿に仕えてきた巫女なので、役に立つだろうと締め括られており、穣は訝しげな顔を二人に向けた。


「まあ、くれるってんなら有り難いけど。俺ら平民だぜ? あんたら良いのか?」


 オスカーは話せば分かる脳筋だ。平民であろうとも聖女である那由多に敬意を払ってくれる。

 神殿長のつけてくれた神官も同じだ。平民あがりの神官で、貧民出身という那由多に色眼鏡をつかわない。

 自分の知らぬ護衛騎士。そして光属性を持つ巫女にありがちな美貌の女性。この二人が如何なる者か分からない穣は、警戒心全開である。


 穣の背中に、逆立てる鬣が見えるのは気のせいか?


 雰囲気の変わった主人に眼を見張り、オスカーはオロオロと新たな従者を差し挟み狼狽えた。

 そんな穏やかならざる空気をモノともせず、やってきた二人はにこやかに挨拶する。


「御初にお目もじいたします。私は神殿所属の騎士、スチュアートと申します。こちらは巫女のラルザ。神殿長様の命により、御一行に加えて頂くべく馳せ参じました」


 好好爺で柔らかな眼差しの騎士。そろそろ初老にもなろうかという年齢に見えるが、大丈夫なのだろうか。

 チラリと騎士を一瞥しつつ、穣は女性にも視線を向ける。

 女性もたおやかな笑みで穣を見返してきた。

 年の頃は二十歳ちょいくらい。光属性を宿す者は総じて美しいというが、それに違わぬ美貌の持ち主だ。

 長い亜麻色の髪を被で隠し、質素な旅用のローブを羽織っていても、その艶やかな美しさは隠せない。


 じーっと二人を睨みつけ、怪訝そうな穣のズボンを那由多が引っ張った。


「お父ちゃん、お腹空いたぁ」


「あ.....」


 そういえば、村について寛ぎ出したばかりだ。まだ何も口にしていない。

 新たにやってきた二人をチラチラ気にしつつ、穣は那由多を抱き上げると台所へ向かう。


「ついてくるなら勝手にしたら良い。シャムのお墨付きってんだ。悪いことはしないだろう」


 ぶっきらぼうに吐き捨てて、穣は台所に消える。


 取り残された従者らは、軽く瞠目し、安堵の息を吐くオスカーに視線を振った。

 それに気づいて、オスカーも軽く肩を竦める。


「主殿は警戒心が強いのだ。とくに聖女様に関わることにはな。気長に親睦を深めてくれ」


 これは旅を共にすることになった神官にも言った言葉。

 巡礼の従者に決まったオスカーと神官は、出発までの数週間を那由多親子らと一緒に過ごした。

 その時にも、初顔合わせの神官に、穣は同じような態度だったらしい。


「それはまた.....」


 オスカーの話を聞きながら苦笑いな神官。名前をアストルという。まだあどけなさの残る十代後半だ。


「でも、主殿は聖女様が大切なだけで悪い方ではないです」


 邪険にされつつも子犬のようにつきまとい、力業で従者の席を確保したのだとアストルは言う。

 それを聞き、ふうむと顎を撫でるスチュアート。


「難しい御仁という事か。まずは付かず離れず、我々の存在に慣れて頂く方が良いかもしれぬな」


「でも、わたくしは聖女様の身の回りを整えなくては.....」


 困惑げに手を頬へ当てるラルザ。そのしっとりとした所作や美貌は傾国と呼んで差し支えない優美な美しさを持つ。

 思わず固唾を呑む若い男性達。それに欠片も反応を示さぬ老齢のスチュアートは、穏やかにラルザを諫めた。


「急るるは愚策ぞ? まずはじっくりと信頼を得ねばな」


 正論を翳す堅苦しい騎士に心の中でだけ舌打ちし、ラルザは表面状は頷いてみせる。


 それじゃあ困るのよ。神殿長様から頼まれているのだから。


 ラルザはシャムフールから巡礼の従者として命じられた時のことを思い出していた。




「籠絡..... で、ございますか?」


 巫女に言うような言葉ではないと驚くラルザに、シャムフールは大きく頷く。やけに神妙な面持ちで。


「詳しくは話せぬが、聖女の父御は我が国にとって重要な人物になるやもしれん。出来るなら、再びこの国へ戻ってきて欲しい。そのためには、そなたが彼と親密な間柄となる事が望ましいのだ」


 ラルザの所属は神殿だが、この国の貴族家出身でもある。つまり結婚などで還俗した場合、その伴侶を貴族家に引き込む事が可能なのだ。

 聖女に国境はない。那由多親子が何処に住もうが本人達の自由である。

 それを阻止するには、那由多の父親である穣を取り込む必要があった。

 穣のいる処に那由多もいる。簡単な図式である。


「そなた、還俗したがっていたであろう? だが、巫女となった者に良い縁談は望めまい。平民とはいえ異世界からの来訪者で聖女の父御である穣殿ならば、王家の覚えもめでたく、婚姻相手として不足なくはないか?」


 そのとおりだった。


 巫女となるには身分を捨てなくてはならない。つまり今のラルザは平民である。

 一度でも平民となった者に、身分至上主義な社交界は冷たい。神殿への敬意は払えど、係累に迎えるかは別物なのだ。

 これが聖女であったならまた違うのだが。

 女神様に認められずとも、肩書きでも聖女になれば、それは神殿長の次に尊い身分となる。王家にだって嫁げるステータスだった。

 残念な事に、ラルザはそのチャンスを逃してしまったが。

 多くの聖女が夢破れ、神殿に身を寄せる理由でもある。聖女選定に参加するには、どうあっても一度身分を捨てなくてはならないから。

 そして夢破れた乙女達は貴族社会に戻ることも許されず、実家から良い縁談が来るまで神殿に身を置くこととなる。

 実家が高い身分ならば、けっこう容易く貴族社会へ復帰出来た。伯爵以上であれば、子爵や男爵など、下位の家へ持参金つきで娘を押し付ける事が可能だからだ。

 下位の貴族であれば、中には富裕層の平民から妻を娶ることも珍しくはなく、二つ返事で元聖女らを引き取ってくれる。

 形だけとはいえ高位の貴族と縁続きになれるのだ。彼等にも多分に魅力的な申し出なのだろう。


 しかし、ラルザの実家は男爵だった。持たせる持参金も乏しく、係累的にも全く旨味のない花嫁。そんな不良債権を引き受ける物好きはいない。

 いよいよとなれば富裕層の平民か、老齢な貴族の後添えとして嫁ぐくらいしかラルザに残された道はなかった。


「公にされてはいないが、ナユタは王家の姫だ。聖女となった場合、計り知れぬ恩恵があるだろう。聖女となれなくても、王家の係累としてそれなりの身分が与えられるはず。彼女の後見となる穣殿にな。悪い話ではあるまい?」


 悪い話どころではない。これ以上の良い話があろうか?


 王家の係累として身分を与えるならば少なくとも伯爵以上になる。娘である聖女様が嫁ぐ形式のために。

 さらには万一、聖女ナユタが正式に聖女となれば、その親たる穣殿にはあらゆる恩恵が舞い込むだろう。それこそ公爵や侯爵も眼じゃないくらいの。


 とんでもない玉の輿だった。


 御互いの利害が一致し、ラルザはシャムフールの頼みを快く引き受け、こうしてやってきたのである。


 将を射んとすれば、まず馬を。聖女ナユタと仲良くなり、母として穣殿に望まれるのが最善の道だと思っていたラルザ。

 しかし存外、相手が手強い。まさか、あそこまであからさまに警戒されるとは夢にも思わなかった。

 穣が用心深いことは神殿長からも聞いている。事は慎重に運ぶべきだろう。


 そう一人ごち、ラルザはスチュアート達の提案を受け入れ、一旦、その場を後にする。


 村人らは新たな従者であるという二人にも小屋を用意してくれたので、そちらへと向かった。


 一方、穣は、いきなり寄越された新たな従者達を頭から疑い、邪険にする気満々である。

 ようよう気心の知れてきたオスカーとアストルには慣れてきたが、ただでさえ、先の見えない道行きに、不確定要素を加えたくはない穣。


「なんとか追い払えないかね、あいつら」


 鍋を掻き回しつつ、剣呑に呟く主に、肩を竦めるオスカーとアストル。

 食事に関しても、アストルがやると言うのを全力で拒否した穣だ。

 その理由も簡単に窺える。那由多が口にするモノを他人に作らせたくはない。ただそれだけ。

 元々長く一人暮らしをしてきていた穣は、大抵の家事がやれる。料理などは得意分野だ。現代知識も手伝い、むしろ下手な料理人よりも、ずっと上手い。

 台所でスマホを立て掛け、落としていたクックパッドのレシピと睨めっこしつつ、延々と料理を続けていたのも良い思い出。今では電池切れでウンともスンとも言わないスマホ様。


 ぶつぶつ呟きながら、穣は出来上がった料理をナユタに運ばせる。


「私どもが運びます」


 そう立ち上がるオスカー達を制し、穣は辛辣に柳眉を跳ね上げた。


「やれる事はナユタにやらせる。変な口出しすんな」


 せっせと運ぶ幼子を、はらはら見守る従者達。

 全てを運び終えて、ぱあっと笑顔を向ける那由多に、穣も満面の笑みを浮かべた。


「よく出来たな、那由多。偉いぞ? すごいなっ」


 わしわしと頭を撫でられ、御満悦な聖女様。

 本来なら王族として多くの人々に傅かれて暮らしているはずな少女を、驚愕の眼差しで見つめるオスカーとアストル。

 だが、平民であるアストルはオスカーと違い、懐かしげに眼を細めた。


 ああ。家の弟達もあんなんだったっけ。


 アストルは水の魔力が覚醒し、その魔力の高さから神殿へと招かれた。彼が十二歳の時だ。

 本当はそれより前から勧誘を受けていたのだが、両親は貧しく共働き。アストルが弟達の面倒を見ないと親は働けない。

 そういった事情から、上の弟が下の弟をみれるようになるまで、神殿はアストルの意思を尊重してくれたのである。

 そんなアストルも、今の穣と同じことを弟達にさせていた。なんでも自分で出来るように。手取り足取り丁寧に教えたモノだ。


 父御ですものね。子供の将来を見据えたら、なんでもやれるよう躾たいですよね。分かります。


 うんうんと頷き、穣の思惑を理解するアストルと、オスカーの間には微かな温度差が存在した。

 些末な事だが、その細やかな温度差を穣は敏感に感じとる。


 そっか、こいつ平民出身なんだっけ。理解してもらえると助かるなぁ。


 にこにこと那由多から皿を受けとるアストルを一瞥し、この神官を従者としてつけてくれたシャムフールに、感謝してたえない穣だった。

 

 だが翌日、その感謝すら押し流す濁流に穣は呑み込まれる。




「聖女ナユタっ! そんな地面に座ってはなりませんっ!」


「あああ、泥だらけではないですかっ! 淑女たる者が恥ずかしいっ!」


 村の子供らと駆け回る那由多を追いかけ回し、す転ぶラルザ。

 女性特有の甲高い声が、穣の鼓膜に突き刺さる。耳障りが悪いこと、この上ない。


 なぁんで、こんなん寄越したかなあっ? シャム!!


 ほっほっほと微笑ましく見つめる老騎士と、あわあわ狼狽えるオスカー。そして穣同様に、じっとり眼を座らせたアストル。


 新たなメンバーを加えて、異世界血統親子の旅は続く。


 続くったら続く♪

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