第6話 異世界聖女巡礼 ~金策・後日談~


「女神に認められた聖なる人の意味?」


 聖女らの出立を見送り、神殿へと戻ったシャムフールへ、部隊長のナージェルがそれとはなしに問い掛けた。


「はい。前に穣殿が.....」


『聖なる人だろ? 聖女である必要はなくね? まあ、光属性を持つのが女性のみってことだし、そう解釈するのもおかしくはないけどさ』


 そう呟き、彼は考え込んでいたとナージェルは言う。


 それを聞き、シャムフールも何とは無しに思った事があった。


 過去に拐取してきた召喚聖女達のことである。


 彼女らは揃って口にした。キシャーリウの世界に入った時、女神様からの詫びと、一度だけ助力するとの約束を頂いたと。

 その約束のおかげで、キシャーリウの国々は多くの災難を切り抜けてきた歴史がある。


 そして前回の召喚聖女だった那由多の母親は、その助力の権利を娘に譲っていた。

 だからこそナユタの祈りに応え、女神様は穣と彼女の架け橋を繋いだのだ。

 でなければ、大量の生け贄を必要とする異世界渡りが、あれほど容易く行われる訳はない。


 シャムフールとナージェルは腰を据えて話し込みつつ、アレコレと口にした。そこで、ふっとナージェルに疑問が浮かぶ。


「そういえば..... 穣殿もある意味、異世界から召喚されたようなものですな」


「ああ、たしかに.....?」


 そこまで口にして、シャムフールは眼を見開いた。


 光属性を所持するのは女性か、異世界召喚された人間のみ。異世界から訪れた人間は強大な力を持つ。


 まさか.....? いや、穣殿は何の魔法も使えなかった。それは確認済みだ。魔力も殆んど持っていない。


 だが.....? 彼は言っていなかった。過去の聖女らが口にした、《女神と詫び》と、《助力の約束》の事を。


 なぜ、穣にだけない?


 そういった話を代々聞いてきたからこそ、神殿は召喚の儀式を禁止したのだ。

 人間の愚かな行為に女神様は心を痛めておられるからと。これ以上の恥を重ねるなと。


 だが、それも今思えばおかしい。聖女召喚の儀式は、女神様も召喚聖女らも、全く望まない強引な異世界渡りだ。それをキシャーリウの人間達は長く行ってきた。

 だから女神様の情けが地球からの召喚者に与えられる。これは分からなくはない。しかし穣はそれを与えられていない。

 穣の異世界渡りは那由多が望み、それに穣が応えた形である。だから与えられていないのだろうか? それとも.....


 すでに与えられている?


 シャムフールの中でパチパチと音を立て、あらゆるピースがはまっていく。

 

 望まれた召喚者。望んで自ら異世界を渡った穣。なにも言わぬ女神様。なにも持たぬ穣。


 .....これはっ!!


 いきなりガタンと大きく音をたてて、シャムフールは立ち上がった。


 突然、理解する。


 今までと違う異世界渡り。今までと違う女神様の反応。


 穣は、女神様の助力を借りた那由多に..... つまり女神様に望まれ、招かれ、キシャーリウへとやってきた唯一の異世界人なのだ。

 拉致された訳でもなく、当然、女神様が詫びる必要もない。


 彼は那由多と共にある事を望み、この世界へ自ら足を踏み入れた。


「女神様に認められた者.....?」


 女神様に認められた聖なる人?


『聖女である必要なくね?』


 前に聞いた穣の疑問が神殿長の頭の中で渦を巻く。


「どうなさいましたか? 顔色が御悪いですぞ?」


 愕然とするシャムフールを心配し、ナージェルは彼を自室へと連れていく。

 ナージェルに支えられながら、シャムフールの脳裏には以前見た光景が甦っていた。


 満面の笑みを浮かべて笑う親子と、それを祝福するかのように煌めいていた黄金色の光。


 見間違いだと思った光景を思い出して、シャムフールは顔面蒼白のまま、ふらつく足取りで自室へと歩いていった。


 知らぬは穣ばかりなり。

 



「それでは穣殿が、女神様に認められた聖なる人なのだと?」


「分からないが。辻褄は合うだろう?」


 古代の文献に残る聖なる人の伝説。


 過去に一度たりとて顕現したことのない聖女。

 過去のどんな聖女候補らよりも強大な力を持っていた召喚者達。

 なのに誰も女神様に認められたことはなかった。女神様から祝福を賜ることはなかった。


 神殿の悲願ともいえる《聖なる人》の降臨。


 その解釈が間違っていたのかもしれないと、ようようシャムフールは気がつく。

 光属性は女性しか所持していないから。召喚聖女が強大な魔力を持っていたから。


 から、から、からと、多くのモノを塗り潰して、答えを狭めてしまったのだ。


 キシャーリウの歴史を何も知らぬ穣は、その違和感に気がついたのだろう。

 残されていた文言を、ただの文章として認識し、ん? と首を傾げた穣。

 様々な解釈で本来の意味を取り違えかけていた我々に、違う観点から素直な疑問を口にした穣。


 これが間違っていないのなら.....?


 真なる光の力とは、女神様に認められ、招かれた者にしか宿らないのだとしたら?


 今までの聖女選定や強制拉致で訪れた異世界聖女達から、光の聖女が生まれなかった事に辻褄が合う。


 根本が間違っていたのだと、思わず両手で眼をおおう神殿長。


「至急、穣にも従者と護衛を。それと覚られぬように」


 力ないシャムフールの言葉に頷き、ナージェルは騎士団の詰所へと向かう。

 

 確信はない。だが理由は通る。全てにおいてイレギュラーな異邦人。そこに女神様の思惑がないとは考えられない。

 さらに言えば、これこそが女神様の望んでいた事なのではなかろうか。


 永きに亘り伝えられてきた女神様の御言葉が、今、実現されるのでは?


「分からない..... けど」


 深く思案に暮れるシャムフールの部屋のドアを誰かがノックする。

 許可を得て入ってきたのは民との入り口を預かる神官。彼は眼を泳がせながら、とりとめもなく説明した。


「神殿長様。その..... 多くの人々が寄進に参り、口々に感謝を申し立てております。.....数が多すぎて。少しおいでいただけませんでしょうか?」


 慌てたかのように早口でまくしたてる神官を見て、シャムフールは不思議そうな顔をした。




「これは.....」


 神官の先導でやってきたシャムフールは、ひしめくように立ち並ぶ街の人々に驚いた。

 誰もが大切そうに小さな袋を持ち、暖かな笑顔で寄進のテーブルへと置いていく。


「商売が上手くいきました。神殿の御慈悲に感謝します」


「ほんとに..... 何の見返りもなく、商品を譲っていただき、ありがとうございました」


「女手でも作れる商品でした。これで子供らを養っていけます」


 誰もが涙を滲ませ、口々に感謝を神殿へ述べている。

 僅かならがらの寄進もあれば、大きな商店から多額の寄進もあり、その数の多さにてんてこ舞いな神官達。


「いったい何が起きて?」


「穣殿の日用雑貨です」


 聞けば、以前に穣が売っていた日用雑貨を模倣し、売り捌いていた者を神殿騎士らが捕縛した。

 そして穣本人に御伺いをたてたのだが、彼は構わないと言ったため、その捕縛された者は解放される。


「製作者が許可をした。複製して販売してもかまわないそうだ。神殿も、これを認める」


 神殿におられる方が許可をしてくれた。神殿も認めてくれた。自由に製作して売ってもかまわないと。


 こうして広く周知され、穣が考案した日用雑貨は王都での人気商品となった。

 遠方からやってきた商人達も興味を示し、大量に売れていく。

 穣のためにと、一応、シャムフールは其々の商品の考案者が穣である事を商業ギルドや神殿に申し立ててあり、それを知った人々が売り上げの幾らかを神殿へと寄進に訪れたのだ。

 神殿が権利を持つ以上、誰かが独占する事は出来ない。誰でも自由に作り、販売出来る。そのおおらかな慈悲に涙眼を隠せない人々。


「本当に、ありがたいことです」


 誰もが拝むように寄進をしていく。

 穣の考案した商品に難しいモノはない。木片や屑鉄で作れる洗濯バサミ。余り物の毛糸を寄せ集めて作れる毛糸スポンジなどなど。

 細いひごで組まれた泡立て器とやらも、今は職人によって、穣が作った物より精巧な商品が作られている。

 子供でも扱えるスライサーや、簡単に果実を潰せるジューサー。歯ブラシを発端とした豚毛のブラシなどは、今では大小様々な物が考案され、大いな賑わいを見せていた。

 穣の考案した商品は多岐にわたり、あれば便利な、人々の生活に密着した物だ。

 これは一時の流行ではない。きっと長く人々に親しまれるだろう。


 それを無料で解放してくれた穣と神殿に対し、街は感謝で溢れている。

 誰もが明るい顔で笑い、幸せそうだった。


「..........」


 なんとも言えぬシャムフール。


 彼はこれを見越していた? いや、そんな感じは受けなかった。ならば、偶然?


 .....あるいは必然?


 分からない。


 無欲な穣の巻き起こした騒動はキシャーリウ全土を巻き込み、末長く各国の神殿に寄進の雨をもたらす事となる。


 後に《聖なる人の奇跡》と呼ばれるそれを、今のシャムフールは知らない。




「ふーん.....」


 聖女巡礼が出発する数ヶ月前。


 穣は護衛騎士の案内で街を散策していた。


 街から受ける印象は中世初期。石材や堅焼き粘土が中心の建物と、くっきり明暗の分かれた街の人々の顔。

 富める者の多くは城下町に密集し、王都片隅に追いやられた貧民達。

 穣は護衛騎士が止めるのもきかず、那由多と一緒に貧民街へと足を踏み入れた。

 慣れた足取りで進む聖女様。


「ここがアタシんちー」


 にぱっと笑う那由多が示したのは、ボロい掘っ立て小屋だった。


 .....家?


 辛うじて屋根があるだけの掘っ立て小屋は、背面が板で左右に布を張られている。正面に至っては布すらなく、立て掛けたような大きな板があるのみ。

 それをくぐり中に入ると、これまた床もなく地べたに敷かれた薄い布。

 

 こんな処で刹那は暮らしていたのか?


 己の想像に背筋を粟立て、思わず尋ねた穣を見上げて、那由多はしれっと首を振った。


「ううん。お母ちゃんと暮らしてた時はちゃんとした部屋だったよ」


 ほっと安堵する穣。


 聞けば、刹那が行方不明になって部屋の家賃を払えなくなった那由多は部屋を追い出されてしまい、最低限の荷物を持って、ここを作ったらしい。

 前はもっと王都に近い貧民街に住んでいたとか。貧民街にもランクがあるようだ。

 ここは最貧民が集う場所。保護者や家を無くした那由多を心配し、貧しい暮らしでも刹那から受けた恩を忘れなかった貧民らによって、那由多はここに匿われた。

 このまま放置していたら人拐いにに合う。小さな子供は人気商品らしい。

 訳も分からずに泣いていた那由多を匿い、彼等は乏しい家計から少しずつ出しあって、那由多に食事や衣服を提供し、育ててくれた。


「それが、ここか」


「うんっ」


 今にも崩れそうなボロい掘っ立て小屋。しかし、そこに詰め込まれた、これでもかという愛情。

 己が食べるにも困窮している人々がくれた細やかな善意。それがなくば、今頃、那由多はどうなっていたことか。


 穣は眼の奥が熱くなる。


 彼等に何か出来ないだろうか? 俺に出来ることはないか?


 アレコレ昔話をする那由多を優しく見つめ、このかけがえのない宝物を守ってくれたという貧民らに、何か御礼をしたいと思い、穣は頭を巡らせる。

 そして、ここまで来る間に見た街の様子を思い出した。


 紐にかけただけの洗濯物。雑な作りのタワシ。店の裏手で野菜の皮剥きをしていた人々。

 露天の飲み物なども、直に布巾で果汁を絞っていた。

 現代人である穣から見たら、不便で不衛生なことこの上ない。


「ふーん.....」


 こうして穣は動き出す。




「これさ。こういう形に削って欲しいんだ。こっちの針金も。あと、この毛糸屑を指でこう.....」


 翌日、再び貧民街を訪れた穣は、那由多の案内で貧民らの集まる場所へ赴き、仕事を頼んだ。

 物珍しそうに説明を聞く人々。


「これらを沢山作って欲しいんだ。作った分だけ報酬を支払うよ」


 訝しげに顔を見合わせる人々。しかし、那由多の今の父親であり、かつて聖女と呼ばれた刹那の兄であるとの説明から、貧民達は穣を信じて仕事を引き受けた。


 そして例の大騒ぎである。


 誰よりも先に穣のレクチャーを受けていた貧民達は、一躍、人気商品の作り手として脚光を浴びた。

 あらゆる商店や工房から誘いがあり、あれよあれよと言う間に彼等は貧民でなくなったのだ。

 神殿関係のことに、街の人々は敬意を払う。貧民であろうとも、搾取されたり、足元をみて買い叩かれたりする事はない。

 せっせと商品を作っているうちに、街へ受け入れられた貧民達は、真っ当な暮らしを手に入れていた。

 

 今では貧民街に人はいない。


「.....神様だったのかな」


「だって、聖女様の父御だもの」


 がらんとした貧民街を懐かしそうに見渡し、彼等は仄かな思い出に耽る。

 大事に守ってきた小さな子供。大切な恩人の忘れ形見。

 その子が手を引き、連れてきた神様。


 ありがとうございます。


 感無量で空を振り仰ぎ、元貧民だった者達は小さな聖女の旅の無事を祈る。それと共にあるだろう父親を脳裏に描きながら。

 そんな真摯な人々の周囲には、微かな光が煌めいていた。


 見えるか見えないかの淡い光。それは間違いなく黄金色を醸す、優しい光だった。


 

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