第17話 異世界聖女巡礼 ~女神様~


《やっとですね》


 のんべんだらりと巡礼する異世界聖女親子を見守りつつ、女神様はふくりと流麗な微笑みを浮かべた。


 過去にキシャーリウの国々が行ってきた多くの地球人拉致。

 愚かな行為だと思いつつもそれもまた人の倣いであり、見守るしか出来ない女神様は、ほんの少しの助力を申し出ることしか出来なかった。

 拉致された人間らが望むのなら地球へ還そうと考え、一つだけ望みを叶えると約束した女神様。


 しかし、何故かどの地球人も帰る事は望まず、むしろキシャーリウのためにその権利を行使する。


『飢えから人々を救いたい。地球産の植物が欲しい。野菜とか果樹とか』


『戦が始まってしまいます。なにとぞ女神様の加護を。彼等を止める力をください』


『神殿が治癒魔法を独占して、人々から大金を巻き上げてる。これっておかしいよね? なんとかする方法はない?』


『繁殖させやすい地球の家畜が欲しいんですけど..... 頼めます?』


 などなど。誰一人として、自分のためだけに権利を行使する者はいなかった。


 女神様の傍らを通り過ぎていった多くの聖女達。


 彼女らは理不尽に誘拐された身の上でありながら、何故かキシャーリウのために粉骨砕身働いてくれたのだ。感謝しかない。


 軽く嘆息しつつ、女神様は下界を見やる。


《ほんに..... 地球人とは稀有な者らばかりよ》


 遥か昔の創世記を思い出しながら、うっそりと笑みを深める女神様。


 まだ人間が生まれたばかりで右往左往していた頃。一人の迷い人がキシャーリウの地で目覚めたのだ。


 彼は己の現実を見渡して呆然とする。


『ここは.....? いったい、何処だ? 俺は.....?』


 それは地球人の過去を持つ転生者。


 新たな世界の魂は、多くの異世界から寄せ集められた魂でもある。

 人口増加でにっちもさっちもいかなくなった世界とか、某かの理由で人の住めない土地が増えてしまい人類が生まれにくくなった世界とか、そういった訳有りな世界から流れてきた魂らが、新たに生まれた世界に合流する。

 神々の理では、よくある話だった。


 そんな魂の一つが、己の前世を覚醒させた。


 困惑しつつもキシャーリウを理解し、この世界の人類のために尽くしてくれた元地球人。名前をワタルと言う。

 彼の切なる願いに応じて、女神様はワタルにも一つだけ願いを叶えると約束した。


『なら、地球とキシャーリウを繋げてくれ。あちらの知識を持つ者を、こちらに呼べるように』


 これが、聖女召喚の始まりである。


 次元を繋ぐには多くのエネルギーが必要だ。方法は色々あるが一番手っ取り早いのは生け贄だった。


 当時のキシャーリウは国々が乱立し、血で血を洗うような大戦が頻繁に起きていた混乱期。

 侵し、奪い、従属させ、殺すという、人を人とも思わない野蛮な時代。


 .....生け贄とすべき対象は、腐るほどいた。


 そして女神様は秘密裏にワタルへ聖なる力を与える。

 彼はキシャーリウの理に左右されない異世界の魂。

 異世界人として元々持っていた素養もあり、女神様の力を受け入れられる魂を持っていたからだ。

 これをキシャーリウの魂に行うと、その魂は破壊される。成熟していない器は小さくて脆い。

 長い年月をかけ、成熟した魂にだけ行える神々の御業。それも神々と同等な知識を持っていなくては発揮されない力。

 《なにが、どうして、こうなる》と、理解が及ばずば使えぬのだ。

 想像力と知識があって初めて効果を発揮する原初の能力。それが聖なる力だった。


 神の代行者としての力は、世界をより良くしようと頑張るワタルを大いに助けた。

 彼の周囲は常に癒しで溢れており、彼のいる国に住む人々は疲れ知らずで、いくらでも働ける。

 さらには筋力や能力もみるみる増して磨かれ、ワタルの率いる国は最強の大国となっていったのだ。

 召喚された異世界聖女とて例外ではない。

 

 喚ばれた地球人にも女神様は力を与えたからだ。


 もろ異世界人の彼女らも、女神様の力を受け取れる器を持つ。

 そんな彼女達に、女神様は光の魔法と高い魔力を与えた。

 命を守り、癒す光の力を。この魔力は女性にしか与えられないため、召喚される人間は、知らず知らず女性に限定される。


 光の魔力を与えたのは、聖女召喚で失われた命を補うためだ。

 生け贄とされた人々は新たな命としてキシャーリウに生まれる。犠牲となった人間らが健やかな来世を送れるようにとの配慮だった。

 事実、聖女として喚ばれた者が邁進し、聖女召喚の後はしばしの平穏が訪れる。

 どこも平和で、聖女の名の元に一致団結し、各々の暮らしを豊かにしていった。


 だが人の欲には際限がない。


 一時の平穏を享受した人々は、あらたな幸福を願うのだ。


 他よりも豊かな土地を。誰よりも贅沢な暮らしを。

 自分より優位にある者が妬ましく、己の境遇を呪い、他者を恨む。


 そういった一部の愚か者により、争いは常に起こされてきた。


 その度に喚ばれる聖女達。


 始まりは一人の転生者。


 彼は唯一の聖なる者だ。


 聖女らは多くの代償と引き換えに喚ばれるため、聖なる力を持てない。何かの犠牲の上に成り立つ者に聖なる力は宿らせられない。

 なんの犠牲もなく次元を越え、その異世界の知識を持つ魂。これが聖なる力を宿す条件なのだ。

 その条件を満たした者は、前世を覚醒した一番最初の彼だけである。

 

 女神様はその彼に女神の代行者として聖なる力を与え、キシャーリウの世界に文明を築いた。

 一世を風靡した彼は伝説となり、キシャーリウ真教で経典の中へと記される。


 これがキシャーリウ教にある、光の聖なる者。


 女神様の代行者として女神様と同等の力を宿した彼には、そこに居るだけで人々を癒し、大地や生き物に活力を与え、世界を活性化する。

 聖なる力とは、要はブースト能力である。当然、喚ばれた聖女らの力をも大きく倍増させる。

 そんな彼を旗頭として彼の居た国は凄まじく発展し、今では神聖国とまで呼ばれるようになった。


 .....まあ、今は昔の話だが。


 このせいで各国は神聖国に倣い、長年に亘って聖女召喚を横行させたと言うのだから皮肉なものだった。

 しかし未知の文明からやってきた異世界聖女達は争いを好まず、それぞれの国の異世界聖女らが尽力したことにより、世界は穏やかになる。

 少なくとも大きな戦は起こらず、各々内政に力を入れるようになった。


 結果論だが、確かに異世界聖女達の働きは多くの戦火から世界を救ったのだ。


 そして時が流れ、過去の彼と同じ条件を満たす者が現れた。




「お父ちゃんなんでしょっ!」


「へ?」


 血の繋がりにより、キシャーリウへと招かれた穣。

 なんの犠牲もなく、聖女の願いによって次元を越えた異世界の人間。


 彼を新たな聖者と認めた女神様は、穣に聖なる力を与えた。もちろん秘密裏に。


 魔法でも魔力でもない力。


 世界を活性化させる、原初の能力。


 これは創世の力であり、魔力で魔法を使うというような対価は必要ない。穣が思うだけで良いのだ。


 ああなったら良いな。こうしてみたいな。.....と。


 愛娘が幸せであって欲しい。皆が元気でいて欲しい。旅路が穏やかであると良い。


 誰もが抱く些細な望み。それを叶える力だった。そして現実に作用する力でもある。

 穣の周りや滞在した土地など、あらゆる場所が活性化され緩やかな癒しで満たされていく。

 過去に一度も再現されなかった精霊が顕現したのも、このためだ。

 精霊は癒しの力を糧として世界に現れる。無意識に聖女らに寄り添い、精霊の石が成長する理由である。

 しかし孵化するまでには及ばず、あの石が精霊なのだとは誰も知らなかった。


 今回は癒しの塊みたいな穣に寄り添ったため、精霊は孵化した。


《あれも嬉しかろうや》


 大地を統べる者として女神様により生を受けた精霊。

 遥か昔の創世記には、ワタルと共に戦い、世界を駆け巡った最古の生き物。

 初代聖者が儚くなり、河童様が滂沱の涙の果てに露と消え失せて幾星霜。


 ようよう、新しく訪れた聖者に廻り逢い、生まれ変わった精霊様。


 全力で歓喜を物語るその姿は微笑ましく、女神様も御満悦だった。


 神の代行者たる聖者、穣。


 創世記に威力を発揮した妙なる力を手にしているとも知らず、穣はマイペースに異世界を征く。

 穣の聖なる力により活性化され、通常の何十倍もの光魔法を放つ那由多を連れて。

 元々異世界聖女の娘で、高い魔力を持っていた那由多は、道中、その本領を遺憾無く発揮する。


 こうして自覚もないまま無双していく二人。女神様から見守られつつ、異世界聖女親子の旅は続く♪

 

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