第16話 異世界聖女巡礼 ~知らぬが仏~


『オドサーン』


「んー?」


『コレ、ンメェナア』


「そうか」


 神殿の厨房に立ち、せっせとお菓子をこしらえる穣。

 その横では那由多が味見という名の摘まみ食いをしていた。


 如何にも長閑なその風景。


 ちなみに全長二十センチもない河童様は、穣のフードの中で寛いでいる。

 重さを感じないため、フードに潜り込まれても穣は気づかなかった。

 反重力のスキルでもあるのだろうか。河童は歩いているようで歩いていない。その足底はほんの少し浮いている。

 だから、那由多と歩幅も歩数も違うのに、同じ速度でぬるぬると進んでいた。


 .....異世界、謎生物。


 魔法以外で初めて感じた異世界観に穣は眼を据わらせた。


 実際、異世界だと言われてもその生活に差違はなく、見学した街や人々の様子も古めかしいと感じる程度。

 地球でもチベットやなんかの辺境奥地では、未だに似たような文化があると穣は知っていた。

 だから、物珍しくはあれど驚くに値はしなかったのだ。市場の売り物も地球と変わらなかったし、大根や白菜を見て眼を点にした程度だった。


 そして神殿で治癒魔法の治療を見て、ようよう異世界なのだと実感した。さすがに、その時には驚嘆を隠せなかった穣。


 しかしこれはない。


 なんぼなんでも初の未知との遭遇が河童とか。河童なら地球にもいる。いや、実際に眼にしたことがあるわけではないが、姿形は同じだ。


 聖霊っつーんなら、もっとこう、神々しい何かに来て欲しかったよなぁ。


 フードの中を河童様の指定席にされたため、穣の肩には常に那由多が張り付いている。

 河童様の影響なのか、こちらも重さを感じない。ありがたいんだが、鬱陶しくもある今日この頃。


「そいつと遊んでこーいっ」


 ていっと穣が二人まとめて投げた。

 きゃーっと叫びながら、あーちゃんを抱えた那由多が空中をクルクル回る。まるで無重力状態のように、ふわりと着地する聖女様。


「あーっ?!」


「えぇぇーっ?!」


「ほほうぅー?」


 慌てるオスカー。受け止めようと駆け出すアストル。眼を丸くして感心げなスチュアート。

 ラルザは黙々とお裁縫中。

 河童とふわふわ跳ねる愛娘を見ていた穣は、河童の持つ力をあらかた把握していた。

 あーちゃんを抱えてたり、頭に乗せてる時の那由多は壁を登れる。垂直な壁をてこてこ歩く。


 うん、もう考えるのは止めよう。これは、こういう生き物なんだ。


 異世界ラノベにどっぷりと浸ってきた穣だからの達観。

 無重力や反重力などを理解しているからこそ、河童の力がそういった系統なのだと納得する。


 だが、そうはいかないのが聖女一行の従者らだ。

 オスカーやアストルはアワアワしてるし、スチュアートは観察するように那由多らの後をついていく。

 ラルザも一時は眼を丸くしたが、すぐに聖女の衣装へと意識を持っていかれた。


「主殿っ! 聖女様が落ちたらどうなさるおつもりかっ?!」


「聖霊様もですっ! 怪我をするかもしれないではないですかっ!!」


 真っ青な顔を並べる二人。


「ダイジョブだろ。あれは浮いてる生き物だ。近くに居られると俺まで浮くんだよ」


 そう。穣のフードに河童がいると、穣の体幹がおかしくなる。血の気が上がって、ぼーっとするし、普段ならともかく、料理などをしている時は困るのだ。

 何も考えずに座ってたり歩いてたりとかしてる時は楽なのだが。

 

「んっ、こんなもんか。明日には出発出来るな」


 一頻り料理や菓子を作り、それらをバッグに収納すると、穣はやりきった感で満面の笑みを浮かべた。


「お父ちゃーん、終わったー?」


「おう、終わったぞ」


 微笑ましい親子の光景なはずなのに、その顔の角度がおかしい。

 那由多は天井に足をつけて逆さまで穣を見つめ、穣は床から天井にいる愛娘に微笑みかける。


 思わず無言になる従者達。なんと反応して良いやら分からない。

 

 そんな彼等の視界のの中で、那由多は天井を蹴って穣に飛び付く。

 クルクル回りながら落ちてきた娘を受け止め、穣は肩車すると嬉しげに呟いた。


「良いな、これ。軽々運べるし、安全だし」


 いやいやいやっ! なんで、そんな当たり前に受け入れておられるのですかっ??


 ふわふわと宙をたゆとう聖女様と精霊様をコロコロ転がし、御満悦な主を、信じられない面持ちで見つめる従者一行だった。




「んじゃ、行きますか」


 斜めがけな鞄を肩にかけ、穣は那由多の手を繋いで街を出発する。

 多くの神官や巫女らに見送られ、遠くにそびえる岩山を目指して進む聖女一行。


 神殿は、同じルートに向かわないのは礼儀であるだけで、別に同じ方向へ向かっても構わないと言ってくれたのだが、幼い那由多を思っての言葉だろう。

 誰も向かっていないルートがあるのならば、そちらへ向かうべきだと穣は考えた。

 この巡礼は国中に祝福を与えるためのものだ。

 各国で選ばれた八人の聖女が、首都からそれぞれ祝福を行いに八方へ向かう。

 アブダヒル王国は八人+那由多の九人が聖女として選定された。

 最年少の那由多を数に入れないためだ。この幼さでは、とても過酷な巡礼を行えるとは思われなかったのだろう。

 しかし、エリスが抜けてしまったことで、那由多にも向かうべきルートが出来てしまった。

 これを放棄する訳にはいかない。名ばかりではなく、那由多は聖女としての力を見せてきてしまったのだから。


「ま、のんびり行こうや」


 今はまだ、森や野原が広がっている。料理や菓子もたらふく作ってきた。

 一ヶ月くらいなら三食オヤツつきで食べても凌げる量だ。


 どれだけ用心しても、し過ぎはない。


 軽く鞄を叩き、穣は、あーちゃんをフードに。那由多を左手に、ポテポテと歩いて行く。


 色々と認識に齟齬を感じるオスカー達だが、具体的にそれが何処なのか分からない。

 主殿は娘御を大切にしているし、聖女巡礼にも積極的だ。あらゆる準備も怠りなく、模範的な保護主に見える。

 だが、その端々に見えるぞんざいさ。

 神殿や精霊らに目もくれず、むしろ煩わしげな顔を隠しもしない。

 自力で金策をし、十分な路銀を稼いできたり、王都に新たな文化を広めたり、災害を事前に察知して村を救ったりと、その功績には暇がなかった。


 そして、本人は何くわぬ顔で、しれっとしている。


 今回の精霊様の一件だって、そうだ。


 有史以来、壁画に描かれた精霊様しか知らない我々の前で、生きている精霊様を従えられた。

 これが、どれほど凄い事なのか理解してもいないのだろう。

 旅の邪魔になるからと、さっくり神殿に預けようとした穣。

 オスカー達は、思わず目玉が飛び出しそうになる。


 まあ、結果は、そのまま同行となったため不問にされたが、そこで、また、穣は精霊と意志疎通が出来ることを披露してしまった。


 .....このままでは済むまいな。


 キシャーリウ教の総本山である神聖国ディーダルバ。


 聖女の父親で多くの異世界知識を持ち、災害を予見したあげく、精霊を得て言葉を交わす者がいるなどと知られれば、彼の大国が黙っているはずはない。


 思わず空を仰ぐ従者達。


 穣が望むと望まざると、彼の周辺がキナ臭くなっていく。

 そんな事は露ほども知らず、異世界聖女親子の旅は続く。

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