第15話 異世界聖女巡礼 ~新たな問題~
「うえぇ..... やっと終わったよ」
興奮して手のつけられなかった神官長から根掘り葉掘り質問されて、穣はぐったりとソファーに沈み込んだ。
「当たり前です。聖霊様のお姿など、皆、壁画でしか見た事はございませんから」
「へ? 壁画?」
うんうんと頷くオスカー。
穣も王都の神殿で、さらりと神々の謂れやそれにまつわるアレコレを教わったが、あくまで触り程度。
実際、穣に必要だったのは一般教養や常識などだったため、宗教的な事柄はほんの軽くしか教わってなかった。
「ここの神殿にもございますよ? 御覧になりますか?」
ちこっと興味のわいた穣は、アストルとオスカーを伴い、その壁画へと案内してもらう。
連れてこられたのは礼拝堂。正面に女神様が祭られ、その左右の壁には荘厳な絵が彫られていた。
「こちらです」
...............。
意気揚々とオスカーが示した位置には河童がいる。確かに河童だ。どこからどう見ても河童。
しかしそこに描かれているのは、スペクタクル怪獣映画に出てきそうな、筋骨逞しい河童の姿である。共に描かれている人間らしき生き物の十倍は大きい。
サルボボな件の河童の面影すらない。
「.....あーちゃんと似ても似つかなくね?」
それはオスカー達も思ったのだろう。
しばしの沈黙の後、焦ったような声で色々付け足してきた。
「まだ幼体なのでしょう、うん」
「そうですね、きっと、いずれ、このように立派な成体になるやもしれません」
うはははっと乾いた笑みで宣う二人を思わず三白眼で睨みつける穣。
「いや、それはそれで困るんだけどっ?! もし、こんな巨大化するんなら、うちじゃ飼えないよっ?!」
「飼うなどと.....っ、不敬でございますっ!」
ぎょっと顔を強張らせる二人。
「そうですっ! 仮にも聖霊様でございますっ! そんな迷惑そうな態度はいかがなものかとっ」
「いやっ、迷惑以外の何物でもないだろーがよっ! こんなん連れて巡礼しろってか? なんて罰ゲームだよ、それっ!! 責任者出せや、こらぁぁぁーっ!!」
がーっと捲し立てる穣に気圧され、一行はあらためて、この神殿を任されている神官長と面談した。
「...............」
ソファーに座り、仏頂面な穣と不思議顔な那由多。その膝にはサルボボな河童様。
ソファーの後ろに立ち並ぶ那由多の従者らは困惑顔で、呼び出された神官長は、あたふたしつつ何事かと対向かいのソファーに座る。
「どうかなさいましたか?」
穏やかに問いかけながらも、その視線はチラチラと那由多の膝に鎮座する河童様に向けられていた。
初めて眼にした聖霊様。眼に宿る興奮を隠しきれない神官長。
怪しげな熱を帯びた視線にさらされ、河童はすがるように那由多へくっついた。
まるで怯える赤子のような姿に溜め息を交え、穣はスパッと本題を口にする。
「コイツさ。デカくなるんだよな?」
吐き捨てるかのような穣の言葉に、神官長は仰々しく頷いた。
「そう思われます。聖霊様の成長が如何なるものかは存じませんが、いずれは礼拝堂の壁画のように立派なお姿になられるかと」
うっとりと恍惚な顔で熱弁する神官長。
後ろに立つオスカー達も、うんうんと揃って頷いている。
そんな神殿関係者に大きく舌打ちし、穣はテーブルへ身をのりだした。
「そんなん連れて巡礼なんか出来る訳ないだろうっ? なんとかならないのかっ?」
「なんとかとは?」
すっとんきょうな顔で神官長は聞き返す。
「だからさ、何処かで預かってもらうとか、元の山に還すとかさっ」
つまりは巡礼の一行から外したいという穣の説明に、神官長は眼を輝かせた。
然もありなん。神殿から見れば、喩えようもなく尊い生き物である。
「それは願ってもいない事っ! 承知いたしました、ならば、この神殿でお預かりいたしましょうっ!」
「お? そうか、助かるよ」
あからさまな安堵を浮かべた穣の服を那由多が引っ張った。
それにつられて那由多を見た穣は、くしゃりと歪んだ愛娘の顔に息を呑む。
今にも零れ落ちそうなほど涙をためて、ひっくひっくと嗚咽をあげる那由多。
「.....あーちゃん、捨てちゃうの?」
捨てるとは人聞きの悪い。
「え~.....っと。そうじゃなくてだな? あ~、あーちゃんは、すごく大きくなるんだよ。それこそ、この神殿よりもな。そんなに大きくなったら、連れていけないだろう? 寝る処もないし御飯も足りなくなるぞ?」
それでも那由多は嗚咽をあげつつ穣の服をぎゅっと掴む。
「.....それが幸せだと思うか? いつも小さく縮こまって、あーちゃんがお腹を空かせていても良いと那由多は思うのか?」
「ナユタの御飯あげるから」
「それっぱかじゃ足りないくらい、あーちゃんは大きくなっちゃうんだよ。ひょっとしたら、うっかり那由多を踏んで怪我をさせちまうかもしらん。そんなんを、あーちゃんが喜ぶと思うか?」
えぐえぐと泣き出し、とうとう零れ落ちる涙。
ツキンっと胸の痛む穣だが、ここは譲れない。生活の事や巡礼の事もあるが、何より大切なのは那由多なのだ。
あの大きさになるのだとしたら、那由多の安全も脅かされる。
ここは自分が悪者になってでも納得させなくては。納得しないなら、力ずくでも言うことを聞かせねば。
幸い、目の前の神官長は乗り気だ。置いていったとしても悪いようにはなるまい。
仮にも様付けをされる生き物である。大事にしてもらえるだろう。
そう思い、さらに言葉を紡ごうと穣が口を開いた瞬間。
頭に何かが話しかけてきた。
『オドサン、オラァ大ギグナラネェダッ、置イデケネェデグロォォッ!!』
「なん.....っ?」
知らず頭を押さえて憮然とした穣だが、ふと愛娘の抱き締める河童を見る。
泣きながら見上げる那由多に抱えられた河童も、ポロポロ涙を零しつつ真ん丸な眼で穣を見上げていた。
「.....お前か?」
こくこくと必死に頷く河童。
『アイハ、オラガ人間サ助ルダメニ、デカァナッダダ。何時モハ、小ッセェダ、ダケェ置デケェネェデグロォォッ』
あの壁画の事を言っているのだろう。確かに、あの壁画は何かの戦いを描いたモノのようだった。
那由多と抱き合い、ポロポロ泣きながら嗚咽をあげる河童様。
「あーちゃん、大きくならないって。ねぇ、お父ちゃぁぁぁん」
一緒になって懇願する那由多。
まあ、悪い奴ではなさげだが.....
ならないだけであって、あの大きさになる事も可能なのだ。つまり、有事となった際の危険は変わらない。
何が引き金となり、ああなるのかも分からない。不確定要素はなるべく排除しておきたい穣なのだが。
『オドサンッ、オラァ良ェ子ニスルケェッ、置イデケネェデグロッ!』
直接、頭に響く甲高い声。それを上げているだろう河童の真剣な泣き顔。
これに絆されぬほど、穣も人でなしではなかった。
「~~~~~っっ、お前っ! 絶対に巨大化すんなよっ? 約束だからなっ?!」
苦々しげに見下ろす穣を見て、那由多と河童が、ぱあっと顔を閃かせた。
『アンガトオォォ、オドサァァーン、約束スッダァ、オラァ大ギグナンネェッ!』
ぶわっと涙を零して歓喜を上げる河童。それを抱き締めて満面の笑みな愛娘。
古今東西、泣く子には勝てん。
はあああぁぁっと大きな溜め息をつく穣を訝しげに見つめる周囲の人々。
「あの..... 聖霊様をお預かりするお話でしたよね?」
期待と不安を同衾させた顔で問いかけてくる神官長を藪睨みし、穣は頭を斜に構えた。
「はぁん? 聞いてただろ? コイツはサイズ自由自在。大きくも小さくもあれる。大きくならないって約束したから巡礼に連れていくよ。も、しゃーない」
ふーっと息をつく穣は、ふと周囲の顔が強張っていることに気がついた。
恐怖に凍りついたかのような眼差し。振り返れば、後ろのオスカー達も似たような顔をしている。
「.....主殿は聖霊様とお話出来ますのか?」
震えるような声で問いかけてきたスチュアートを見て、ようやく穣は、河童の声が頭に響いていたことを思い出した。
耳や鼓膜に届いたのではない。がんっと頭の奥へ河童は直接語りかけてきていた。
恐る恐る見る穣に、那由多と河童は、にぱーっと笑う。
「えーと..... 那由多? あーちゃんはお話してるよな?」
「してるぅ。ずっとお話してたよぉ? コレがあるって教えてくれたのも、あーちゃんだよぉ」
那由多は首から例のペンダントを持ち上げた。
.....oh,.....no
破天荒な来訪者は、ラノベ展開すら黙殺してきた穣の想像を、さらに斜め上へと半回転する生き物だったようだ。
驚愕から驚嘆へ表情を変えた神殿関係者を、慌ててスチュアートが黙らせ、箝口令をしく。
このことは極秘に。絶対、外に漏らすなと。
人の口に戸は立てられぬが、しばしの平穏は保たれよう。
こうして奇想天外の様相を醸しつつ、異世界聖女親子の旅は続く。
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