第14話 異世界聖女巡礼 ~新たな居候~


.....コーン .....ココーン


 濁り、たゆとう歪んだ魔力。それは《彼》の身の内にまで触手を伸ばしていた。


.....ヤダ。.....ヤダヤダ。


 じわじわと忍び寄るおぞましい魔力を跳ね退け、《彼》は自身を封じた。


.....タスケテ。


 ふわりと浮かぶ涙のアブク。それが儚く弾けて、幾星霜。


 ようやく《彼》は見つけた。


 .....アノ人ダ。


 淡く輝く暖かな光。


 .....コノ人ダ。


 涙の膜に封じられていた《彼》は、もてる力を振り絞って、その光を辿り身を任せる。


.....アア、暖カイ。


 ふわりふわりとたゆとう光の魔力に抱かれて、《彼》は再び眠りについた。


 光の主のフードの中で。




「あーちゃん、おきてっ!」


 突然の甲高い声に、《彼》は眼を醒ます。

 せっかく眠っていたのにと、ぶっきらぼうに《彼》は瞬いた。


「あーちゃんの行きたいところって、あっち?」


 《彼》を無理やり起した幼児は、真剣な眼差しで屋台を指差す。


 ソウダ、アレダ。我ガ君ノ、大切ナ物ガアルノダ。


「ふーん」


 そう言うと、幼児は我が君を引っ張った。


「お父ちゃん、あれー」


「ん? 何か欲しいのか?」


 アア、眩シイ。我ガ君ヨ。


 仲良く並んで歩く親子に揺られながら、《彼》は再び眠りについた。




「.....それ、何さ、那由多」


「あーちゃんっ!」


 にこぉっと笑う愛娘の両手には、青いガラス玉。


 うん、見覚えはあるよ。確かにな。でもサイズが違わねぇか?


 土砂崩れを起した村を出発してから見つけたビー玉。

 青く透き通った二センチ位のビー玉。


 目の前のそれは、那由多の両手で抱えられている。軽く見ても十センチほどの大きさになっていた。


 いやいやいや、無いよね? は? 成長した? ビー玉が?


 言葉を失う穣と同様に、絶句する従者達。

 

「それは.....? あの玉ですか?」


「.....え? あの小っさな?」


 眼を皿のように丸くし、顎が落ちたままなオスカーとアストル。

 .....気持ちは分かる。


「よく育ちましたなぁ。育つとは思いもしませなんだが」


 ほっほっほっと笑う老騎士。

 何でもない事のようなスチュアートの態度。

 それを見て、思わず穣は声を荒らげた。


「いや、育つのっ? ビー玉が育つのって当たり前なのっ? この世界っ?!」


 ばっと他の者達を振り返るが、ぶんぶんっと全力で顔を横に振る、オスカーとアストル。

 ラルザは思うところがあるのか、思案顔。

 スチュアートにいたっては満面の笑みで那由多の頭をなでていた。


「たまぁ~にあるのですよ。生きた石が。宿主の魔力を糧に成長するのだとか言います。この老骨でも、眼にしたのは初めてですがの」


「ええ、わたくしも聞いた事がありますわ。聖女巡礼で極稀に見つかるとか」


 破顔する老騎士と、困惑げな巫女。ラルザの話によれば、聖女教育の過程で知るらしい。

 ただ、それらを手に入れて大切にしていても、五センチを越えた話は聞いた事がないので、これが本当にソレなのか迷っていたのだそうだ。


 なるほど、聖女選定に参加した者だけが知る話か。


「那由多も習っていたのか?」


 うんっ、と大きく頷く愛娘。


「家族になるんだってっ。だから、この子はアタシの弟なのっ、名前は、あーちゃんっ!」


 ああ、とばかりに穣も理解する。


 それであの時、那由多は弟だって言っていたのだな。しかし、ビー玉が家族? なんのこっちゃ。


 何がどうなってそうなるのだろうか。今は、ただの玉でしかない《あーちゃん》を、穣はそっと撫でた。

 すると、ピキリと玉にヒビが入る。


「うえっ?!」


 思わず手を離した穣だが、一度入ったヒビはみるみる広がり、その隙間から目映い光を放った。

 そしてパキパキと音をたてて何かが出てくる。


『ピギャアっ』


「え?」


 那由多の両手に鎮座する物体を見つめ、穣は我が眼を疑った。


 亀のような甲羅を背負い、黄色い嘴をパクパクさせる謎生物。極めつけはアルシンドのように艶々な頭頂部。

 穣は、この生き物に心当たりがある。


「かっぱ.....?」


『ンギャアっ』


 まるで返事をするかのように大きく鳴き、その河童はモグモグと己の出てきた玉の欠片を食べていた。


「「「「..........聖霊?」」」」


「は?」


 有り得ないモノを見る眼で跪く従者達。


「そっ、その昔におられたという尊き生き物ですっ、我等が使う魔法は、聖霊達からの慈悲とききますっ」


 あらゆる災難を乗り越えるため、か弱き人間に聖霊が与えた慈悲。それが魔法なのだそうだ。


 あ~、そういやそんな事聞いたなぁ。王都の神官から。


「まさか、御尊顔を拝し奉る名誉をいただけるとは..... なんたる恐悦至極」


 そんなことを言いつつも、スチュアートは小刻みに震えて顔も上げられないようだ。

 ラルザはうっとりと見目麗しい笑顔を高揚させているし、オスカーとアストルは理解の範疇を超えてしまったらしく、呆然と顎を落としたままである。


 聖霊? こいつが?


「どうみてもかっぱだろう?」


 那由多の掌にあった玉の欠片をあらかた食い尽くし、満足げな河童を、穣は指で突っついた。

 すると河童は嬉しそうに穣の手に張り付き、ふっくらとした頬を擦り寄せる。

 ずんぐりむっくりした妖怪様。日本の伝承にあるような骨ばった姿ではなく、まるでサルボボみたいな可愛らしさ。


「あーちゃんねぇ、お父ちゃんが好きだってぇ」


 は? なんで?


「湖でねぇ、お父ちゃん見つけて、ついてきたんだってぇ」


「え? それでフードにいたのか?」


 あのビー玉、自分の意思で入ってたのかよ。


 どこで紛れ込んだのかと思えば、まさかの自由意思。湖に潜るため畔に脱ぎ捨てていた穣の服へ自ら入り込んできていたのだと聞き、穣は思わず絶句する。

 二人の会話に耳を欹だてていた従者達だが、それを聞いたラルザが、顔をハッとさせた。


「あの湖があった山には神域と呼ばれる場所がございます」


「神域?」


 振り返った主を見て、ラルザは真剣な面持ちで頷く。


 街道脇にある深い森に包まれ稜線を描く山。その山頂には、山裾にあった湖よりもさらに大きい湖があるのだという。

 大きな湖の中央には祠があり、その祠に何が祭られているのかは誰も知らない。

 ただ祠がある以上、神々に関係した方がおられるのだろうと、近隣の村や街がお供え物を奉納したりしているらしい。

 

 .....って事は、祭られていたのはコイツか? それとも、コイツの主的なモノでもいるのか?


 ぴぎゃぴぎゃ鳴く河童と、きゃっきゃと喜ぶ愛娘。


 それを眺めつつ、ま、いっかと顔を緩める穣。


 悪しき生き物にはみえないし、河童は悪戯好きだと聞くが、悪さをしたら叱れば良い。


 那由多の良い遊び相手になりそうだと、穣は河童を受け入れた。


「ちゃんと面倒を見るんだぞ?」


「うんっ!」


 これで話は終わりとばかりに何時も通り那由多の手を引き、歩きだす穣。

 それに驚き、あたふたと手をさ迷わせて従者らが声をかける。


「ちょっ? えっ? 聖霊様ですよっ?!」


「ん? 居候が一人増えただけだろう?」


「あーちゃんは弟っ!」


「はいはい、んじゃ帰ってオヤツにでもするべさ」


 わあいっと両手を挙げて駆け出す聖女様。その頭で同じように両手を挙げ、嬉しそうな河童様。


 え? お前も食うの?


「なあ? アレに人間の食い物与えても良いのか?」


 日本なら河童の食い物は胡瓜なんだがと呟く穣に、アストルが呆れたかのような眼差しで答えた。


「奉納されたお供え物であれば、何でも召し上がられるはずですけど.....」


「ふーん。なら餌には困らないか」


 餌ってっ!! 


 のほほんと頷く主に、頭が痛くて堪らない従者達。


 この後、帰宅した神殿でも阿鼻叫喚の嵐が起きるのは御約束。神官長に呼び出され、穣が延々と事情聴取されたのは御愛嬌。


 こうして新たな居候を加え、異世界聖女親子の旅は続く。

 

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