第13話 異世界聖女巡礼 ~聖女の足跡~
「綺麗な布だな」
穣は焼いたクッキーを差し入れつつ、ラルザの手にある布を見つめる。
サテンのように光沢のある艶やかな布。重みに従いさらりと垂れる生地は、見かけよりも厚手だった。
「寒くなっても使えるように少し厚手の物を選びましたの。聖女ナユタ様にお似合いの衣装を作りますわ」
柔らかな笑みをたたえて針を動かすラルザ。
彼女は仕立て上がった衣装を買い求めようとしたのだが、オスカーが、以前聞いた穣の話を耳打ちしたらしい。
いわく、今のサイズで選ぶと半年もしたら着られなくなる。再び買い求めなくてはならないと。
結果、それに納得したラルザは、服ではなく布を買い求めた。
同じ布を買い占め、成長に合わせて足していけるようにと。
「大きめで作って、肩紐や胸元でサイズ調整出来るようにすれば、あとは長さのみです。スカートを二重にし下に丈を足せば何とかなると思いますわ」
ふふっと楽しげなラルザに、穣は素直に感謝する。
さすがの穣にも服までは仕立てられない。以前、刹那の形見だと言う服を繕い、自作の熊や兎のワッペンで穴を塞いだりはしたが、そこが限界だった。
こうして、新たに服を仕立ててくれるラルザが女神に見える。
布だけであれば出来上がった衣装を買うより安く済むし、巡礼の合間を使って縫ってくれるらしいので、その都度、那由多に合わせてピッタリに作れるのだそうだ。
「ナユタ様は、とてもお可愛らしいので、腕のふるい甲斐がありますわ」
にこにこ宣う巫女様に、大きく頷いて同感する穣。
そんな親バカ全開な穣を生温く見つめつつ、オスカーは主の差し入れたクッキーを複雑そうに凝視する。
穣が焼いたクッキーに手を伸ばし、遠慮気味に口へ運びながら感嘆に戦く従者達は、溜め息と共に呟いた。
「本当に、主殿という人は..... これを他所で出したら大騒ぎですよ?」
「甘い物なんて、干し菓子や煮詰めた果物くらいしか知りません。初めて食べました」
剣呑に眼をすがめるオスカーと、夢中で食べるアストル。
果物の糖分とは全く違う甘さに、彼等は眼を見張っている。さらに脂質と合わさると凶悪な美味さになるのが糖分というものだ。
バターやチーズ、牛乳や生クリームなどを一緒に使うと堪らない。加工品は結構買ってあったので、水飴が出来た途端、穣が菓子作りに没頭したのは言うまでもない。
ホットミルクを始め、プリンやパンケーキ、パウンドケーキや果物のコンポート。
次々こしらえる穣の横で、味見と称した那由多が口を開けていたのも御愛嬌。
あれよあれよと作られていく数々のお菓子に、従者らが信じられないような物を見る目で穣を凝視していたのは余談である。
そして一段落し、彼等はこれからの旅程を考えた。
クッキー片手に。
「山岳地帯と言っても主要な街道はございます。それに沿って行けば間違いはないかと」
「あまり人の訪う場所ではないので、盗賊などの心配が少しありますね。まあ、騎士らの敵ではありませんが」
盗賊か。いるんだなぁ、やっぱ。
アストルの説明によると、人気の多い街道ではあまり見ないそうだ。
旅する者の殆どは護衛を連れているし、主要な街道では兵士らの巡回もある。特に旅人広場などにも兵士らが常駐していて、何事かが起これば、すぐに駆けつけてくると言う。
中世にしては珍しい環境だ。穣が思っていたより犯罪は少ないらしい。
だが、それでも盗賊とか犯罪者は蔓延っているし、奴隷や人買いもいる。
表向き少ないというだけで、裏では無秩序な世界がとぐろを巻いているのだろう。
ちぐはぐで曖昧な部分も多いけど、慣れていくしかないよなぁ。
神殿では習わなかったアレコレを教わりつつ、翌日、穣は街へ買い物に出かけ、手に入りにくい乳製品や果物、調味料中心に購入した。
甘いモノは疲れを取るし、ビタミンは重要だ。乳製品は良質でお手軽な蛋白質だし、幾らあっても困らない。調味料さえあれば、大抵の食材はそれなりに食べられる。
せっかく時間経過のないマジックバッグがあるのだ。買える処で買っておこう。
そうとつとつと話しながら、穣は買い忘れたモノがないか確認していた。
すると那由多が手を引く。
「お父ちゃん、あれーっ」
屈託なく笑う愛娘が指差すのは、小さな屋台。
見ればアクセサリーを扱う屋台のようで、幾つもの指輪やネックレス、イヤリングなどが処狭しと並べられていた。
「なんだ? 何か欲しいのか?」
「これこれー」
屋台の台に顎を乗せた那由多が指差しているのは涙型のガラスのようなものがついたペンダント。
カットの美しいそれを見て、穣は不可思議な既視感を覚える。
そして次には眼を剥き、そのペンダントを凝視した。
それは間違いなく、彼の有名なクリスタルメーカーの品。穣も妹がつけているのを何度か見た事があった。
「これ.....?」
「おお、旦那ぁ、御目が高いっ! これは滅多に出ない逸品ですよ? 見事なカットでしょう? 普通の職人じゃ、こんな品は作れませんよぉ?」
愛想良く接客する店主の声も穣には聞こえていない。
彼はペンダントを手にして、恐る恐るそのペンダントヘッドをひっくり返した。
そこには流麗なアルファベットで、S・Tと記されている。
田村刹那。
その文字を見た瞬間、穣の頭が沸騰した。
全身の血液がぐらぐらと滾り、気がついた時には店主の胸ぐらを掴んでいる。
「これを何処で手に入れたぁぁぁっっ!!」
全身を逆立てて叫ぶ穣に驚き、オスカーが慌てて止めるが、それを振り払い、穣は店主に詰め寄った。
鼻先が触れ合うような位置から狂暴に睨めつけられ、店主は泡を食ったかのように説明する。
「しっ、知らねぇんですっ!! 箱ごと買い取った雑貨ん中に入っていた商品なんで!」
半泣きな店主が言うには、大きなガラクタ市で購入した箱に入っていたらしい。
一つずつ吟味して買う訳ではなく、箱ごと、袋ごとと言う売り方は良くあるのだそうだ。
ガラクタ同然で買い取った中にはお宝が混じっていたりもし、今回のペンダントもそうした経緯から手に入れたものだと言う。
つまり、全く足取りは掴めない代物だった。
呆然と立ち竦む穣を心配げに見つめ、何が起きたのかと心配するオスカー達。
その答えは那由多が叫んだ。
「これ、お母ちゃんのー」
にこにことペンダントを掴む少女。
那由多の母御と言えば.....
その意味を覚り、絶句するオスカー達。
「聖女セツナ様の.....? おいっ、お前っ! これはどういう事だっ?!」
激昂するオスカーが再び店主の胸ぐらを掴みあげた。ケダモノのような穣に詰め寄られ、強靭な騎士に掴み上げられ、涙目な店主。
きゃっきゃと嬉しそうな那由多を眼にし、穣は切なげに顔を歪める。
「これは、俺が刹那にやった誕生日プレゼントだよ。おい、店主」
オスカーに掴み上げられ、ぶら下がるようにもがいていた店主が、ひいっと小さな悲鳴を上げた。
「.....幾らだ?」
「へっ?」
「これは幾らだ? 買う」
唖然とする店主と、驚愕に眼を見張るオスカー。
「何を.....っ、これは聖女セツナ様の物なのでしょうっ?! こやつを詰問して、聖女様の行方を.....っ」
そこまで口にして、オスカーは言葉を失った。
深い陰を落とした穣の顔にギラつく双眸。陰惨な輝きをもつそれは、口よりも雄弁に語っていた。
そいつを離せと。
「..........」
不承不承の態を隠さぬものの、オスカーは投げ捨てるように店主から手を離した。
咳き込みながらフラフラする店主の前で、穣は人好きする笑みを浮かべ財布を取り出す。
「で? 幾らよ」
店主は焦ったような顔で穣とオスカーを交互に見つめ、指を二本立てた。
「大銅貨二枚です.....」
「ん」
ちゃりっと代金を渡し、何事も無かったかのように立ち去る一行。
大銅貨二枚は、ガラクタ市で箱を買った時の値段だった。その箱から、あのペンダントを見つけた時には、高く売れそうだと喜んだ店主だったが、まさか、こんな事になろうとは。
吹っ掛けることも出来ただろう。逆にタダで渡すことも。
値段を提示した瞬間、あの恐ろしい騎士が眼を剥いたのを見た。金を取る気かと言いたげな忌々しいモノを見る眼差しで。
だが、店主は違うと思ったのだ。
最初に掴みかかってきた青年の眼には、たとえようもない深い哀しみを感じた。
なんとも言えない葛藤と憎悪を。
ここで金を受け取らなかったら、きっとあの青年は揺らいでしまうと思ったのだ。
何をと思うかもしれないが、そう直感したのだ。
ここでの出来事を振り切らせるために、店主はあえて金額を提示し、原価のみの代金を頂戴した。
これできっと彼は前を向ける。何故か、そう感じる店主だった。
「聖女セツナ様の遺品とは.....」
「.....勝手に殺すな」
不用意な言葉を口にするオスカーをギンっと睨みつける穣。
「失礼いたしました」
オスカーの謝罪を無視して、穣は那由多の持つペンダントを手にすると、それを首につけてやる。
「お母ちゃんのー」
「そうだな。大切にするんだぞ?」
「うんっ!」
これが何を意味するのかも知らず、無邪気に笑う愛娘。
お前、こっちでもずっと着けていてくれたんだな。これを.....
ギリっと奥歯を噛みしめ、穣は空を仰いだ。
雲一つ無い初夏の青空。刹那が生きているなら、きっと彼女の元へも続く空。
ここは流通の拠点だ。あらゆる土地から物が流れてきている。このペンダントが何処から流れてきたのかは分かるまい。
ガラクタ市とかいう雑多な場所で手に入れたのならなおのことだ。
でも、絶対に見つけて見せるから。
空を振り仰ぎ無言な穣を、ただ見守るしかない従者達。
思わぬ出来事に驚愕しつつも、異世界聖女親子の旅は続く。
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