第19話 異世界聖女巡礼 ~神殿長の憂鬱~


「あーちゃん、あの高台に向かってくれるか?」


 穣が示したのは街の近くにある岩山。

 ここは切り立つ岩山の狭間に街がある。荒涼とした土地を吹き抜ける風から守るためだろう。隆々とそびえる山々の隙間に街があるのは、そういった過酷な環境を生き抜く知恵なのだ。


 言われたとおり山に向かった河童様。それを追うように人々や兵士がついてきていたが、街の外壁外に連なる山々までは追ってこられない。

 そこに皆を降ろしてもらい、穣は河童様に微笑んだ。


「ありがとな、あーちゃん。じゃ、行こうか」


《アイナ、オドサー》


 しゅんっと元の大きさに戻り、あーちゃんは穣のフードにスポッと飛び込む。そして那由多と手を繋ぐと、鼻歌混じりに穣は歩き出した。

 ポカンとする従者らを連れて傾斜の激しい山道を降り、なに食わぬ顔で街道へと戻る一行。


 街を目指して歩いていくと、そこには先程の街からやってきたのか、兵士や多くの人々が山の周辺に群がっていた。


「どうかしたんですか?」


 しれっと宣う穣に、兵士の一人が顔を向ける。


「いや、あちらから巨大な生き物がやってきてな。いきなり河の中心に現れたらしいんだが、ここらで突然消えたのだ」


「巨大な? へぇぇ、見たかったなぁっ!」


 如何にも反対側からやってきたような顔で穣は辺りを見渡す素振りをした。

 それに何度も頷き、見れなくて残念だったなと苦笑する兵士。


「精霊様かもしれぬと街では大騒ぎであるよ。神殿の壁画にあるようなお姿だった。本当に残念だな。あと少し早ければ、そなたらも見れたであろうに」


 好好爺な眼差しで話に加わる街人達。なあ? とばかりに周りにも視線を振ると、みんな嬉しそうに微笑んでいた。


 どうやら、ちょっとしたお祭り騒ぎのようだ。こんな辺境では、こういった刺激も少ないのだろう。


 凄かったんだよ? とか、ホントに精霊様だったんだ! とか、キラキラと眼を輝かせて語る人々。

 こんな逸話は、そこここに転がっているモノだ。聖典の中や人々の噂話の中に。これも、その一つとなるのだろう。

 思わぬ遭遇を熱く語る街人や兵士達に頷き、穣は心の中だけでほくそ笑む。


 地球でいえばUMAや怪異を見た的な都市伝説のようなモノだよな。あるある、よくある。


 興奮醒めやらぬ人々が微笑ましく、穣は先程までの演技ではない笑顔で話を聞いていた。


 そんな主に言葉もない従者達。


 良くそれだけいけしゃあしゃあと嘘がつけますね。兵士も兵士だ、少しは疑わぬかっ!


 じっとりと眼を据わらせるオスカー達。精霊様の掌にいた彼等からは街の喧騒が見えたが、下から見上げていた人々にはオスカーらが見えていなかった。

 いきなり現れた巨大生物の顔に注目が集まっており、それが消えた今、穣達と巨大生物を繋げて考える者はいない。


 そんなこんなで、しれっと素知らぬ風を装い、一行は狭間の街ラーナを訪れた。


 如何にも暢気な聖女一行様。


 一方、その頃、王都ではシャムフールが頭を抱えている。




「.....この報告を、どのようにしたら」


 スチュアートによってもたらされる伝書鳩。その書簡にはとんでもない内容ばかりが詰まっていた。


 王都の一件もそうだ。


 穣の広めた雑貨は定着し、職人らによって改良、改善され、未だに賑わいを見せている。

 さらには穣の手伝いをしていた貧民達がその正確な作り方を知っていたため、商人や職人らに雇われて、好景気を見せる王都に定職した。

 おかげで今の王都には貧民がいない。

 がらんとした貧民街に人はおらず、ならず者が蔓延ったりしないよう解体が計画されてもいた。

 穣のやらかしたアレコレのおかげで寄進が増え、日常化した今、神殿の悩みの種だった資金繰りも改善される。

 商業ギルドに登録するさい、技術や商品に対する使用料の設定があり、穣に相談したところ最低金額の鉄貨一枚で設定したが、それも神殿に寄付するという形にしたので、

各地の神殿にも商品一個につき鉄貨一枚が入る。

 しかもモノは日用雑貨だ。たかが鉄貨一枚とはいえ侮ることなかれ。毎日生産されて売られる商品の使用料は途切れることのない収入だ。


 .....先々を鑑みれば莫大な金額である。


 ほんの数ヵ月で、これだけのことを成し得た異世界人には脱帽するほかない。

 貧民のこと一つとってもそうだ。彼等の悲惨な境遇は常に各国を悩ませる問題だった。

 税を収められない彼等は国民として認められない。あらゆる冷遇が彼等を襲う。

 なんとかしたいと思っても、そう簡単には解決しない難問。

 貧民らを救うには職が必要だった。職を与えるには国が豊かでなくてはならない。だが、そんな国は神聖国ぐらいで、どこの国の内情もカツカツだ。

 民を飢えさせない程度にしか賄えず、理由があって働けないや病床者の多い貧民にまで手は回らなかった。

 まともな栄養がとれない貧民には病を得る者が多い。これを改善するには真っ当な食事にありつけるようにするほかないが、それには金子が必要だ。

 金子を得るには職がいる。職につくには健康で働ける状態でなくてはならず、結局、最初の問題に直面するという堂々巡り。

 

 穣は、それを小気味良く一掃してしまった。


 職が必要な貧民に小手先で出来る職を与え、それで得た金子が貧民達を潤していく。

 そして気づけば病がちだった貧民は元気になり、今の王都を駆け回っていた。


 いや、もう貧民ではないな。


 自嘲気味な笑みをはき、神殿長はスチュアートから届いた手紙を手に取る。


 一つ目はすぐ近くの村。


 なんでも穣は災害を予見し、その阻止に尽力したのだという。

 簡単な説明で村が危険なのだと覚った彼は、土砂崩れの被害を最小限に抑えて、彼の警告により畑作業をしていなかった村人から犠牲者が出なかった。

 しかし当初の予見より小さいとはいえ災害は起こり、それに呑まれた被害者もいたようだが、巡礼聖女の一行が滞在していたので大事には至らなかったようである。


 安堵に胸を撫で下ろすシャムフールだが、すぐにまた顔をしかめさせた。


 追記されている聖女の奇跡。


 なんと那由多が、土砂崩れで抉れた傾斜一面を一人で癒してしまったと、そこには書かれていた。

 これが本当なら由々しき事態だ。そのような大規模な癒しは、過去に数回しか記されていない。

 聖典の創世記に記された、初代召喚聖女様の神業である。つまり那由多は初代様に匹敵する聖女という事だった。


 これだけでも神殿の総本山である神聖国へ報告案件なのだが、事はそれで終わらない。


 さらに続けて届いた書簡には、聖女親子が精霊様を得たと書いてあった。

 精霊様と言えば、同じく聖典にしか記されていない最古の生き物だ。

 彼の昔、光の聖なる人や初代召喚聖女様らと世界を駆け巡った伝説の生き物。


 もはや抱える頭もないシャムフールは、これを報告するかどうか思案中。

 自分の勘違いでないなら、聖典に記されている伝説が甦ろうとしていた。

 初代召喚聖女様に匹敵する聖女ナユタ。それに追従する精霊様。そしてその渦中で飄々と笑う青年。


 .....間違いない。穣殿が光の聖なる人なのだ。


 何も証拠はない。だが、それしか考えられない。


 漠然とした一抹の不安を脳裏に過らせ、ふとシャムフールは新しい書簡があることに気付く。

 嫌な予感で眼をすがめた彼が書簡を開くと、そこには穣が神殿で砂糖もどきを作った事が綴られていた。


「またかあぁぁぁーっ!」


 商業ギルドへの手続きと申請をスチュアートがしておいてくれたらしいが、これは一大事である。

 慌てるシャムフールを余所に、水飴と称された甘味は世界を席巻し、長く人々に愛される商品となった。


「冷やし飴が美味いんだよ。生姜や柑橘系で味付けしてさ」


 にっと笑う穣が新たな異世界知識を披露しているとも知らず、騒然とする神殿各位。


 こうして周りに破格な祝福をバラまきながら、異世界聖女親子の旅は続く♪

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