第9話 異世界聖女巡礼 ~其々の想い~


「どう思う?」


「.....異常としか」


「...............素晴らしかった」


 それぞれ神妙な面持ちで嘆息する那由多親子の従者達。


 次の村を目指して出立した六人だが、那由多の歩みでは到底辿り着けず、途中の旅人広場で夜営をすることとなった。

 旅人広場とは地球でいえば多目的広場のような物。屋根だけの体育館を想像すれば間違いはない。

 一角に馬車や馬留めのような柵が並び、違う一角にも複数の釜戸や洗い物用の小川が引かれている。さらに井戸もあり、しばしの休息がとれる場所となっていた。

 広い敷地には各々テントが立てられていたが、屋根があるためそのまま雑魚寝をする者も少なくはなく、毛布にくるまる芋虫がそこここに転がっている。

 そんな人々を物珍しそうに眺めつつ、穣は那由多を連れて釜戸へ食事を作りに行った。護衛にはオスカーがつく。

 マジックバッグを片手に、料理が出来たら呼ぶんで休んでいろと、穣はスチュアート達に言い残した。


 そんなこんなで休憩しつつ、従者三人は複雑な顔を見合わせる。


「.....あの大地を癒した御力は普通ではない」


 多くの災害現場を潜り抜けてきた老騎士は、力ある聖女達が、何人も、何日もかけて大地を癒すのを長年見てきた。

 あのように一瞬でみるみる甦らせる光魔法など、過去の召喚聖女らの逸話にも存在しない。

 しかも、あの険しい現場を登るのに四苦八苦していたスチュアートを置き去りにし、那由多は汚泥の中を翔ぶように駆け抜けていったのである。

 まるで何もない平原の如く、土砂崩れで抉られた丘の上に立つ穣へ向かって真一文字に。


 その足元が微かに煌めいて見えたのは気のせいだろうか。


 そして彼女が癒しを行った時。


 風が薫り、星が瞬く。


 まるで芳醇な果物を割ったかのように甘い薫りが辺りに漂い、波打つ魔力の波動が、ときおり星のように煌めいたのを見た。

 暖かな白い光の波にチラホラたゆとう黄金色の星。


 あれを目の当たりにして、老騎士は神殿長の言葉を思い出していた。




「父御に注意せよと?」


 軽く眉を上げるスチュアートを見て、シャムフールは小さく頷く。


「そなたも知っておろう? 王都の騒ぎを」


「異世界雑貨のことですかな?」


 あれは画期的な道具だった。スチュアートも後続の商店や屋台で手に入れたが、大した力も使わずにお手軽で飲み物を作れる《じゅうさぁ》や洗濯物のみならず、メモや軽い物品など何でも紐に吊るせる《洗濯バサミ》。

 なかでも彼のお気に入りは《歯ブラシ》だ。

 固めな豚の毛を束ねたモノをみちっと金具で挟み、ソレを小さく並べて棒に固定したものだが、これがまた使い勝手が良い。

 今まで使っていた磨き砂は、指に布を巻いて塩を混ぜた砂で歯を擦るだけだったが、塩はけっこう高価である。

 貴族のスチュアートらには融通されていても、庶民には高嶺の花。一般的には専用の布を巻いて、歯を擦るだけが精一杯。


 そこに登場したのが、穣の考案した歯ブラシだ。


 指では磨き切れなかった歯の間まで綺麗に磨けた上、軽く濯いで何度でも使える優れもの。

 しかも豚の毛と少しの金具、それと木の棒という安価さ。これにちょいと磨き砂を合わせれば、完璧に歯を磨けるのだ。


 スチュアートはツルツルな自身の歯を舌でなぞって、にんまりとほくそ笑む。


 さらに穣は、新たな知識も披露してくれた。


『歯磨き後は、必ず口を濯げよ? 汚れはしつこく口の中に居座ってるからな? 歯の間が気になるなら、楊枝でほじくるよりも糸を上下に通せ。がっつり綺麗になるぜ?』


 にっと悪戯げに笑う穣。


 だが、彼の言う通りにした途端、口の中のネバネバはなくなるわ、口臭が明らかに減るわ、食事が美味しいわ、良い事ずくめとなったのだ。


 そういった自身の感想を述べるスチュアート。


 それを聞き、シャムフールはさらに困惑げに眉を寄せた。

 

「やはり、穣殿が.....? いや、しかしまだ..... スチュアート、そういった事を含め、穣殿には注意が必要なのだよ」


 軽く瞠目する老騎士に、シャムフールはとつとつと説明した。


 あの親子が揃うと、不可思議な事が起きる。神殿でも、巫女や神官らの体調が良くなったり、魔法の効果が上がったりと謎な事が起きていたのだ。

 これも、シャムフールが穣の異常性に気がついたため、あらためて神殿に聞き込みをして発覚した事実である。


「穣は意識せずに知識をばら撒いてしまう。それに価値があったとしても気づきもしない。悪意を持つ誰かに利用されたら事なんだ。今回の騒ぎでも分かるだろう?」


 言われてスチュアートも納得する。


 今回は神殿長が商業ギルドなどに根回ししていたため、悪用される事はなかった。

 しかし、この先、自由気儘に動き回るあの親子が、何をやらかすのか見当もつかない。


「なので、しっかり見ていてくれ。それで、何か不味い事をやりそうなら補佐を。事が大きくなる前に、きっちり始末をつけて欲しい」


「畏まりました」


 恭しく礼をする老騎士を見つめ、シャムフールは満足げに微笑んだ。




「.....これもか?」


 深刻そうだった神殿長を脳裡に浮かべて、スチュアートは顎を押さえる。

 今回の癒しも盛大なやらかしかもしれない。


 そんな彼を見やりつつ、アストルもまた深く考え込んだ。


 遠目に見た土砂崩れ。百メートル以上にわたり下方へ落下した土砂に、悲鳴を上げて村人達が呑み込まれたと聞き、アストルは即座に動く。

 オスカーやスチュアートも慣れたもの。ラルザすら超真剣な面持ちで救助に駆け出した。

 アストルは神殿に上がってからまだ五年。災害支援の経験は数回しかない。

 だがオスカーやラルザは彼の倍ほど神殿にいる。特に、土魔法が得手のオスカーは瞬時に魔力を大地へ流し、生き物の反応がある場所へボコッと土柱を立てた。


「あの柱の下に被害者がいる筈だっ! 急げっ!」


 叫んだオスカーに頷き、全力で駆け寄る村人達。

 それぞれシャベルを片手に、大勢が救出作業に没頭した。

 ラルザは毛布を持ってくるよう村の女性らに指示を出し、運ばれた毛布を縦二つ折にして何枚も並べる。

 そして運ばれてきた被害者らを次々と寝かせ、まずはアストルが治癒魔法を施した。

 それで大抵の怪我人は起き上がったが、中には顔が土気色で横たわったままな者もいた。

 治癒で怪我が治っても目覚めぬ者には、ラルザが癒しをつかう。

 窒息していたり、土砂に潰され、身体の内側を損傷していた者も、彼女の癒しで眼を覚ました。

 

 そんなこんなで必死に作業し、気づけば災害被害にあった村人ら全てが救われる。

 元々巻き込まれたのも数人。主殿の指示により、農作業をやっていた者はおらず、湖の調査をしていた人々の何人かが巻き込まれただけのようだった。

 しかも災害直後。すぐに救助されたため、重い患者は少なかった。


 顔を見合わせて安堵するアストルとラルザは、次に起きた盛大な癒しに眼を見張る。


 土砂崩れでざっくりと抉られた広大な丘を、舐めまわすように這い回る膨大な魔力。

 みるみる草が萌え出し、小さな木立が角ぐみ、淡い光とともに塗り替えられていく大地。

 

 信じられない眼差しで凝視する二人の前で、生々しく剥き出しになっていた丘は、何事もなかったかのように野花の咲き乱れる丘へと変貌していた。


 歓喜に奮い起つ村人達。


 わああぁぁっと怒涛のような歓声があがり、丘に立つ那由多親子へ、彼等は雪崩のように押し寄せていった。


 .....ありえない。


 こんな大規模な癒しは初めて見る。この半分の被害でも、巫女や聖女らが数人がかりで何日もかけて癒すものだ。


 それを、あの幼い少女一人で?


 生き返った大地に瞳を戦慄かせ、アストルは初めて那由多らの異常性を目の当たりにした。


 それと同様に、隣にいたラルザも微動だにしない。


 畏怖で背筋を凍らせるアストルとは違うベクトルで、彼女は瞳を戦慄かせていた。


 .....なんと素晴らしい。


 ラルザも大地の癒しに参加した事は何度もある。生き物とは全く違う大地の癒しは困難を極めるものだ。

 果てのない土地は注ぐ魔力を湯水の如く吸い込み、草花を芽吹かせるのにも苦労する。

 だから、まずは被害区域に結界を張り、その外へ魔力が漏れて行かぬよう周辺を囲う。

 光魔法の癒しは祝福の簡易版。キチンと施す範囲を決めておかないと、際限なく大地に広がり魔力が呑み込まれてしまうからだ。

 それでも地下深くへと吸い込まれてしまう魔力に苦戦しつつ、何人もが力を合わせて何日も魔法を施して、ようやく大地を癒すことが可能となる。


 そんな難しい魔法を、この一瞬で.....?


 ラルザの瞳に微かな憧憬が浮かんだ。

 かつて己が目指し、脳裡に描いた光の聖女。女神様に認められ、聖なる力を賜る真の聖女。

 その姿を、彼女は幼い少女に垣間見る。


 きっとそうだわ。ナユタ様こそ..... 今度こそ、聖なる人が降臨したに違いない。


 ラルザの視界がぼやけ、その眦から一筋の涙が伝う。


 三種三様の想いを胸に、従者達は旅人広場で物憂げな顔をし、宙を仰いだ。


 そんな三人の元に小さな足音が駆け寄ってくる。


「ご飯できたよーっ! 食べよーっ!」


 無邪気な顔でパタパタと手足を動かし、走ってくる少女。その後ろではオスカーが微笑ましそうに那由多を見守っていた。


 考え込んでいても仕方ない。


 誰とはなしに顔を見合わせた三人は、規格外っぽい小さな聖女様に微笑み、立ち上がる。

 そこはかとない不安は、その屈託ない笑顔で払拭され、彼等は抑え切れない興奮に胸を膨らませた。


 永きにわたり神殿が渇望していた真の聖女。その誕生に立ち会えるかもしれないと言う希望を心に抱き、従者らは笑顔を澄み渡らせた。


 彼等は知らない。那由多の魔法が黄金色の星を煌めかせる時、その場には必ず穣がいるのだという事を。


 その事実に従者らが気づくのは、まだまだ先のお話である。

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