第10話 異世界聖女巡礼 ~従者らの試練~


「これはまた。美味そうな料理ですな」


「従者として立つ瀬がないです」


「黙って食え」


 用意された食事に眼を見張る従者達。

 

 出された皿には皮をカリカリに焼いた一口大の鶏肉と、しんなり塩揉みにされたキャベツや人参が一盛り。

 その横に添えられたジャガイモも、フライパンに残っていた鶏肉の油で揚げ焼きされており、ぱりぱりほくほくである。


 スライスしたバケットを乱雑に皿へ盛って、穣はどんっとテーブル中央に置くと、勝手に取って食えと言い、那由多の隣の席についた。

 すでにもちゃもちゃと食べる娘の口元を拭きつつ、穣も食事に手をつける。

 その様子を窺いながら、従者らも食事を食べ始めた。


 そして一斉に顔を閃かせる。


 .....美味い。


 御互いに軽く目配せをし、感嘆に言葉もない従者達。


 先だっての農村でも思ったが、穣の料理の腕前は絶品だった。

 調理を見学していたアストルやラルザには分からないアレコレをやり、出てくるその料理は想像を超えたモノ。

 

 説明を求めれば、面倒臭そうにしつつも穣は答えてくれる。


「口当たりが悪くなるから、こういった野菜は面取りを~.....」


「えぐみを無くすために軽く下茹でして、灰汁は必ず取ること~.....」


「面取りした屑は勝手にボロけるから、スープの具材に足して~.....」


 .....などなど。


 めんとり? したゆで?


 聞きなれない言葉の数々。だが、ただでさえ面倒臭げな穣に尋ねる勇気を、彼らは持ちあわせていなかった。


 他にも、いためる? や あげる? とか、穣の調理法は謎技術。異世界料理なのだろうと、無理やり己を納得させるしかないアストルとラルザである。


 そんなこんなで和気藹々とまではいかなくても、其々が美味い料理に舌鼓を打っていた時。


 不躾な声がテーブルに降りかかった。


「美味そうだな。どうやって作ったんだ?」


 何事かと振り返った穣の眼に映ったのは恰幅の良い男性。貴族のように豪奢ないでたちで、指に大きな宝石のついた指輪をはめるその姿は、如何にも成金そのもの。

 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべる脂ぎった男の顔を呆れたかのように見つめ、穣はうんざりと口を閉じた。


 異世界にもいるんだな、こういう奴。


 揉め事の匂いをプンプンさせる男を無視し、穣はしたり顔で食事を続ける。それに倣って他の者も黙々と食事をした。

 あからさまなその態度に激昂し、成金っぽい男が大声をあげる。


「貴様ら、俺を誰だと思っているんだっ?! バルバロス商会の会頭だぞっ!!」


 バルバロス商会?


 顔を茹で蛸にして叫ぶ男をげんなりと見つめ、穣は視線でオスカーに問い掛けた。

 それに気付き、オスカーは過不足なく答える。


「アブラヒル王国の王都を中心とした商会です。各地の大きな街に支店を持つ大店でもあります。会頭ということは、その商会の責任者なのでしょう」


 はーん。そっか。


 へぇ? と得心顔で頷きつつ、再び食事を続ける穣。那由多は我関せずで、ずっと幸せそうにもちゃもちゃしていた。

 完全にスルーを決め込まれ、ブルブルと怒りに震えた男は、思わずテーブルの上に拳を叩きつけようとする。


 .....が、半髪の差で、その拳をスチュアートの剣の鞘が、がんっとカチ上げた。

 真下から打ち上げられ、恰幅の良い男はぐらりと仰け反り尻餅をつく。

 スチュアートはすらりと剣を抜き、些かの躊躇もなくその男の眉間に切っ先を突きつけた。


「そなた、今、何をしようとしたのだ? 主殿の料理を台無しにしようとはせんなんだか?」


 老騎士の炯眼な瞳に一閃する獰猛な光。研ぎ澄まされた鋭利な切っ先を凝視し、あわあわと後退る男性の背中が何かに当たる。

 とすっと当たった何かを訝しみ、件の男性が顔を上向け、彼はそこに一縷の希望を見出だした。


「ヘッグっ! よく来たなっ」


 焦りの浮かぶ顔に醜い笑みを浮かべつつ、男はふらふらと立ち上がり、忌々しげに穣達の座るテーブルを睨めつけた。


 男の背中がぶつかったのは誰かの足。その誰かは、静かな面持ちで佇んでいる。


「こいつらが俺に無礼を働いたのだっ! 春には爵位を賜る筈の俺にだぞっ? 少し礼儀を教えてやれ、ヘッグっ!!」


 唾を撒き散らす勢いで叫ぶ男。それを軽く一瞥して、ヘッグと呼ばれた男性は、穣の一行をゆっくりと見渡した。

 頑強な体躯を持つ大男。彼は商会の護衛に雇われた冒険者である。

 山嵐のようにボサボサな髪をバンダナらしきモノで巻き、狡猾そうな笑みを浮かべて不均等に口角を歪めるその姿は、まるで山賊か海賊のように殺伐とした雰囲気を醸していた。


「旦那ぁ。見て分かりませんか? 神官に巫女。騎士は神殿の護衛騎士でしょう。しかも二人もいる」


 へ? っとすっとんきょうな顔をして男はヘッグを見上げた。

 そして恐る恐る、あらためて穣達を視界におさめ、落ち着かない容貌でしきりに唇を舐める。


「.....と、言うことは、まさか?」


「まさかも何も、巡礼聖女の一行です。一目瞭然じゃないっすか」


 ヘッグと呼ばれた大男は呆れたかのように呟いた。

 さっきまでの殺伐さは何処へやら。するりと笑みの抜けたその顔は、どこぞの酒場にでもいそうな陽気なおっさんの顔である。


 半世紀ごとに行われる聖女巡礼。その意味を知らない民はいない。王侯貴族ですら敬意を払う神殿に喧嘩を売る直前だったと理解して、恰幅の良い男は顔色が真っ白だった。


「うわわっ、大変失礼をいたしましたっ!」


 あたふたと倒つまろびつ、転がるように逃げていく男。

 それを据わった眼差しで見送り、穣は未だにこちらを凝視する大男に視線を移す。


「.....なんか用?」


 ぶっきらぼうな穣の問いに、ヘッグとかいう男は破顔した。


「いやさ。巡礼聖女の一行を見るのは初めてだからよ。話には聞いていたが、ほんとに巫女や神官連れてんだなぁ? 無償で治癒や癒しを行うってマジで?」


 興味津々に尋ねてくる大男。そのデカイ声に、周りの人々が耳を欹だてさせ始める。


「無償.....?」


「ほんとに?」


 ざわざわと聞こえる呟き。


 穣らが聖女巡礼の一行だと、大半の者は気づいていた。だから、そっと見守っていたのだが、この大騒ぎだ。

 何かあれば手助けしようと、誰もが穣達を注視していた。


 そこへ思わぬ大男の質問。


 周りの空気が変わったのを敏感に察知し、スチュアートはヘッグを黙らせようと動いたが、時すでに遅し。

 あっけらかんとした穣が大きく頷いてしまっていた。


「無償に決まってんじゃん。なに? 他の巡礼聖女らは金取んの? 祝福を押し売りすんの?」


 トゲのある穣の言葉。


 実のところ、その裁量は聖女候補達に任されている。

 中には旅の途中で路銀が足りなくなる場合もあるだろう。

 なので必要に応じて、治癒や癒しで対価を得る事も神殿は黙認していた。


 それを知らぬ穣。


 しれっと放たれた主の台詞に、あああぁぁっと心の中だけで絶叫する従者達。


 自分で自分の首を締める事になりかねませんよ、主殿ぉぉぉっ!!


 冷や汗タラタラなアストルやオスカー。ラルザも、やや苦々しげな顔をする。


 だが、彼等は知らない。


 貰った仕度金の金貨五枚を、穣が雑貨販売で百枚近くにまで増やしたことを。

 キシャーリウの庶民、平均年収は金貨六枚ほど。ざっと計算しても、巡礼の十年間は不自由のない所持金だった。

 多少の贅沢も可能。旅暮らしであれば、家賃や共益費もかからない。さらに、穣は知らなかったのだが、立ち寄った村や街から支援を受けられるっぽいのだ。

 土砂崩れから救った村では、旅立つ穣達に村人から多くの食材が寄せられる。

 元々、農村だったこともあり、野菜や穀物など、大きな麻袋で幾つも貰ったのだ。


 驚く穣と、微笑む従者達。


 ありがたく頂き、穣はマジックバッグにもらった物を仕舞う。

 このマジックバッグは使用者が固定されるため、使えるのは穣だけだ。


 ほんと助かるわ。これが無かったら、せっかく支援物資を貰っても運べないもんなぁ。


 重量無効、時間停止な便利アイテム。聖女巡礼用にと、遥か昔の召喚聖女が女神様の助力を賜り揃えられたモノだという。


 ありがたや、ありがたやとマジックバッグを拝む穣。

 

 おかげで食料は潤沢。今のところ必要なのは動物性蛋白質くらい。それも、オスカーやスチュアートが、森や河を過る度に何処からか調達してきてくれる。

 今、食べている鶏肉も、オスカーが獲ってきたキジだった。


 おかげで金子が減らねぇ。ありがたいこったなぁ。


 そんな他愛もない事を考えつつ、穣は目の前の大男を見る。

 那由多はすでに食事を食べ終えて、今は八等分に切ったリンゴをしゃくしゃくと噛っていた。


 穣の答えを聞いた途端、男はずいっと腕を突き出してくる。その腕には大きくひきつれた傷跡が残っていた。

 まだ新しいらしく、捩れて肉の盛り上がった傷跡は生々しい。


「これを治せるか? 狼の牙がひっかかって、ざーっと裂けちまったんだよ」


 聞くだけで痛い話に、穣は思わず歯を浮かせる。


「神殿にはいかないのか?」


 至極全うな穣の言葉に、ヘッグは顔を曇らせた。


「俺らは冒険者だから.....」


 ん? と首を傾げる穣を見て、再びオスカーが説明をする。


 聞けば、冒険者は収入が不定期で不安定。正しく幾らという設定が困難なのだという。

 だから、それぞれのランクに合わせて金額の設定がされていた。

 銅級、鉄級は大銅貨一枚。銀級、金級は銀貨三枚。そして、宝石級は一律金貨五枚。

 怪我の度合いや必要な魔法により、幾らかの増減がされるようだが、そう決まっているのだという。


 それに頷きつつ、ヘッグはへにょりと眉を寄せた。


「俺は宝石級だ。宝石にもピンキリあるんだが、下位の方でな」


 説明しながら彼が懐から取り出したのは小さなペンダント。そこに填まる煌めく石。

 穣は宝石に詳しくはないが、黒いソレは玻璃硝子のように見える。下位という意味を理解した。


「金貨五枚も出せねぇ。ってか、持ってねぇよ。だから、神殿にはかかれなくて、場末の治癒師に応急処置だけしてもらったんだ」


 それでも金貨一枚取られたらしい。なんつー暴利だよ、この世界。


 思わず剣呑に眼をすがめた穣の心を読み取ったかのように、スチュアートは好好爺な眼差しで口を挟んできた。


「治癒や解毒を行える魔術師は貴重です。その殆どを神殿が確保しております。能力に見合った報酬を払い、万人が困らぬように」


 月収によって金額の変わる神殿の治癒や癒し。貧しい者ほど安価で受けられるため、困る者は殆どいない。

 今回のヘッグはイレギュラーだろう。怪我を負う前の彼には潤沢な収入があった。

 ただ冒険者に有りがちなことだが、この男もまた散財するタイプ。入った収入で豪遊し、その日暮らしで生きてきたらしい。


 宵越しの銭は持たないってか? 江戸っ子じゃあるまいし、何処にでもいるんな、こういう奴。


 ある意味、自業自得だ。


 しかし曲がりなりにも穣達は聖女巡礼の一行である。

 あちらは無償で癒すけど、こちらはしないなどとソッポを向くのは外聞が悪すぎる。


 はあっと大仰な溜め息をつき、穣は那由多を抱き込むと、アストルとラルザに向けてヒラヒラ手を振った。


「通常の治癒なら聖女はいるまい? おまえら、宜しくな」


「「はっ?」」


 思わず間抜けな顔をして、異口同音を呟く二人。


「おまえらだって治癒や癒しが出来るんだろ? 任せた。おまえらで駄目そうなら、那由多を出すよ」


 なー? と顔を見合わせて微笑む穣と那由多。

 それを信じられない顔で見据え、眼を剥くラルザと、半眼を据わらせるアストル。


 ざっと辺りを見渡しても、期待の眼差しを向ける人々は百近くいる。


 この数を我々だけで?


 ひくつく口角に苦戦しつつ、致し方無くアストルとラルザは頷いた。


 途端に、わっと沸き返る旅人広場。


 先頭のヘッグから始まり、次々と訪れる患者らに悲鳴を上げつつ、二人は治癒や解毒、癒しなどをかけまくる。


 それを横目に、お眠な那由多を、いそいそと寝かしつける穣がいたのも御愛嬌。


 二人の行う臨時治療所は旅人が途切れる深夜まで続き、疲労困憊で倒れるアストルとラルザに、オスカーやスチュアートが毛布をかけてやっていた。


 こうして思わぬ試練を乗り越え、異世界聖女一行の旅は続く♪

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る