第11話 異世界聖女巡礼 ~新たな旅立ち~


「.....死ぬかと思った」


「軽く死にましたわ.....」


 ぐったりと横たわるラルザとアストル。

 それに苦笑しつつ、オスカーとスチュアートが感心したように二人を労った。


「御苦労様。しかし、大したものだな」


「うむ。あれだけの人数を捌くとは。熟練の治癒師でも難しいと思うぞ?」


 言われて、力無く倒れていた二人が眼を見開く。


 そう言えばそうだ。無我夢中で治療を繰り返したが、本来のアストルであれば一日に十人ていどが関の山。その五倍近い患者を治癒出来るわけがない。

 しかもラルザにいたっては、癒しや祝福なども併用していたのだ。とっくに魔力が尽きて意識を失っていてもおかしくはなかった。


 .....なのに?


 二人は愕然と顔を見合せて、己の両手に視線を落とした。たしかに疲労が濃く、指も小刻みに震える。

 だが、その手は力強く握りしめられ、沸々と奥深くから魔力が漲る不思議な感覚をアストルは感じていた。

 ラルザも同様のようで、信じられない眼差しを両手に向けている。


 みるみる疲れが吹き飛び、身体に重くのし掛かっていた疲労感が霧散していた。

 

「え? これは、どういう?」


「おかしいですわ、身体が楽に.....」


 訝る二人を余所に、那由多と並んで眠る穣。胸の中に愛娘を囲い込み、さも至福と言わんばかりな、その寝顔に、従者の誰もが微笑ましげな眼を向けた。


「そういえば..... 主殿が来てからというもの、神殿でも体調が良かったり、魔法が使いやすいとかの声があったそうだが。聖女様の効果かもしれぬな。安心出来る保護者を得たことで祝福の力が強まったのやもしれぬ」


 それとなく呟いたスチュアートの言葉を耳に、アストルやラルザ、オスカーすらも合点がいったかのように瞠目する。


「なるほど、それは有るかもしれません」


「言われてみたら、そうかも。最近、体調が良いんです」


「わたくしもですわ。ここまで結構な山道を歩いてきましたけど、息切れもしませんでしたの」


 那由多の大規模な祝福を見ていたせいもあるのだろう。そうか、そうかと納得顔な従者達。

 ほっと胸を撫で下ろして、スチュアートは長閑に寝息をたてる穣をチラ見した。

 

 聖女様の御力は確かにあるかもしれない。だが.....


『穣殿こそが、光の聖なる人かもしれない』


 まだ、これを他の者らに話す訳にはいかないが、神殿長から聞いた話が鼓膜に張り付いて離れない老騎士だった。


 


「んじゃ行こうか」


 翌日、朝早くから旅支度を始め、穣は沢山作り置きの食事を作り、マジックバッグに詰め込む。

 アストルとラルザは昨日治療した人の経過を確認して、問題ないと判断すると、そそくさ旅人広場を後にした。


 うっかり居座っていたら、新たに到着した人々から、再び治療を頼まれかねない。そんな事になれば、昨日の二の舞である。

 早く早くと急かすような二人に苦笑いしつつ、一行は一つ目の街グラーダを目指した。

 王都から徒歩で二日、馬車で一日ほどの距離にあるグラーダは、王都に近いこともあり、流通の拠点だ。

 巡礼する聖女達も、ここらから方々へ行く手を変えるという。

 同じ方向を回っても、祝福が偏るだけで意味がない。なので、街に着いた順で行くべき方向を選ぶのだそうだ。

 決まりがある訳ではないが、先行する聖女とは別の方角に向かうのが礼儀とされている。


「.....それって、俺らかなり損する形にならね?」


 ぶすくれつつ、一人ごちる穣。然もありなん。

 最年少な那由多は誰よりも歩みが遅い。グラーダの街へ着くのは最後になるだろう。

 つまり、良い土地への行程はほぼ埋まり、悪い土地しか残されてはいないと予想がつくのだ。

 誰だって旅しやすい土地を選ぶもの。それを非難する訳ではないが、こういうのが早い者勝ちというのも納得がいかない。

 せめて王都でくじ引きか抽選でもして、予め行くべき道を決めていて欲しいものである。


 そう愚痴をこぼす穣を見て、なるほどと頷く従者達。


「その通りかもしれませんね。選ばれる聖女候補は五歳から十五歳と決まっておりますが、年齢的なハンデを埋めることも平等に値すると思います」


「こうして一緒に旅をせねば分かりませんでした。幼児の巡礼には手心が欲しいですよね」


「だろう? この旅がおわったら神殿に進言しておかないとな」


 あれやこれやと話す穣らに、やや首を傾げてラルザが顔を上げた。


「あのう..... 殿方が背負っていくなどは、してはならないのでしょうか?」


 思わず絶句する男達。


 穣がチラっとオスカーに眼を走らせると、オスカーはブンブンっと首を振る。


「ぞっ、存じませんっ! .....が、聖女の巡礼は徒歩と決まっておりますっ!」


「.....一行が徒歩であれば、聖女達そのものは背負っていても問題なく思いますが?」


 にこにこな顔で前を歩く那由多を見下ろして、アストルは複雑そうな顔で呟いた。

 王都を出発してから、那由多は休まず歩いている。途中、休憩を挟むこともあったが、村や旅人広場に着くまで那由多は一日中歩いていた。


 今思えば、これもおかしい。


 那由多は五歳になったばかりの幼児だ。それが、ここまで一日中歩けるほどの体力や筋力を持っている訳がない。

 誰もが不思議そうな顔で可愛らしいお散歩幼児を見つめている。穣ですらだ。


 そんな四人を一歩下がった位置から眺め、軽く肩を竦めるスチュアート。


 したり顔な老騎士に気づきもせず、穣は那由多が楽しそうだから歩かせたいと言う。

 長くかかる旅なのだ。慌てて回る必要もないし、むしろじっくりと世界を那由多に見せてやりたい。

 そう微笑む穣に、従者の四人も柔らかく頷いてくれた。


 こうしていつも通りに進む、異世界聖女の一行。


 だが常に想定外が起きるのも、異世界事情である。




「やっぱ、王都で抽選でもやるべきだろうっ?!」


 がーっと気炎を上げる穣が手にした巡礼地図には、すでに七方面へと他の聖女が旅立った印がつけられていた。

 残されているのは東北東方面。荒涼とした大地が蔓延る山岳地帯である。

 屈強な男でも渡るのが精一杯という不毛の大地。だが、そんな場所にも村や街があった。


 根性ありすぎだろうがよっ! 他に肥沃な土地がいくらでもあるのに、なーんでこんな過酷な場所を選んで住んでるかなぁぁぁっ!!


 頭で暴れまわる愚痴が、ポロポロと口からまろびているとも知らず、穣は天を仰ぐ。


「まあ、仕方ありません。人と土地に祝福を与えるのが聖女巡礼です。乗り越えた苦難が多いほど、女神様の覚えが良くなるとも申します」


「無理せずに、ゆっくり参りましょう。人がいるのです。住めば都ともいいますし、案外、暮らしやすい土地なのかもしれませんよ?」


 苦笑いしつつもフォローにつとめるオスカーとアストル。


「せっかく大きな街へやってきたのですし。少し羽根を伸ばして那由多様のお洋服でも買いませんか?」


 一行に合流してから、聖女らしい服がないっっ、と憤慨していたラルザは、ここぞとばかりに那由多を抱き上げておねだりする。


「この街にも小さな神殿がございます。挨拶も兼ねて少し滞在するのも宜しかろうて」


 ほっほっほっと好好爺な笑いを上げて、スチュアートは穣の背中を叩いた。そして、ん? と妙な顔をする。


「主殿。被り物に何か入っておりませぬか?」


「え?」


 旅立ちに際して穣が着てきたのは地球の服だ。お腹に両手を突っ込めるポケットとフードのついたパーカーと、バッシュにカーゴパンツ。

 長旅になるなら丈夫で動きやすい物をと、ちょい目立つ事を覚悟して着てきた一式である。

 そのフードの中に、スチュアートは何かを感じたらしい。


 言われて、ん? ん? っと後ろ手でフードの中を探り、穣は二センチ大のビー玉のようなモノを取り出した。


 青く透き通り煌めく玉。


「なんだ、これ?」


「なんでしょうか?」


 はて? と揃って首を傾げる穣達を振り返り、那由多が奇声を上げる。


「あーっ! 弟ーっ!」


 弟?


 いきなり駆け寄ってきて、ピョンピョン跳ね回りながら、那由多がちょーだい、ちょーだいと叫ぶので、穣は恐々、件のビー玉を愛娘に渡した。


「これねーっ、弟なのーっ、名前は、《あーちゃん》にするぅ」


 にこにこして貰ったビー玉を懐にしまう那由多。


 あーちゃん?


 全く訳が分からないが、那由多が喜んでいるなら良いかと、一行は神殿へと向かった。


 大きな街だ。何か目新しいモノがあるかもしれない。


 そう思い直して、初夏を思わせる息吹を胸一杯に吸い込む穣。

 聖女巡礼は、夜営しても不具合のない頃に始まるため、昼には少し暑さを感じる今日この頃。


 新たな街と新たな道。良い旅程地を選べなかった穣達だが、物分かり良く暖かな仲間に恵まれ、異世界聖女の一行の旅は続く♪

 

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