第2話 異世界親子 ~妹・後編~


「間に合ったっ?!」


 二人が歪んだ空間を通り抜けると、そこは荘厳な空気の漂う大広間。

 穣は呆然と辺りを見渡しつつ言葉を失う。

 なんとも厳かな雰囲気だ。八方に豪奢な篝火が焚かれ、立派な柱と繊細なレリーフの施された壁。

 しん.....っとした冷たい空気の中で、聞こえるのはパチパチと爆ぜる篝火の音のみ。

 その中でも一際目を見張るのは床に描かれた巨大な魔法陣。淡いオレンジ色を放つソレは数度瞬き、みるみる光を失っていった。

 魔法陣が消えると同時に空間の歪みもなくなり、ばっと振り返った穣は、あからさまに狼狽える。

 ここが何処なのか分からないが、あの歪みが出入口であったのは間違いない。


 .....ってことは、俺はここから帰れなくなったのではっ?!


 見知らぬ文化を漂わせる石造りの広間。冴えた空気がピリピリと穣の警戒心を撫で回していく。


「ここ.....は?」


「キシャーリウ。そう呼ばれる世界だよ、異世界人殿」


 一人言に返事が返ってくるとは思わず、びくんっと肩を震わせた穣は、周りに人がいたことにようやく気がついた。


 フードつきのローブをかぶった数人と時代錯誤な衣装を纏った人々。


 なに? その格好? どこぞのファンタジーですか? 髪色、本物? 青とか緑とか、有り得なくね?


 地球で言えば西洋の中世を思わせるように手の込んだ衣装。金糸銀糸をふんだんに使った刺繍や金ボタン。下履きがカボチャパンツ的なモノでなく、それなりのズボンである事に穣は若干の安堵を覚えた。


 足もブーツや革靴とか、それぞれだな。良かった。タイツやトンガリ靴だったりしたら、着て歩ける自信無ぇよ、俺。


 益体もない事を考えている穣を訝しそうに見つめ、ヒソヒソと言葉を交わし、顔をしかめたままな人々。

 どこからどうみても歓迎されている雰囲気ではない。


「え.....っと?」


 固唾を呑みつつ、しどろもどろな穣を一瞥し、一人言に答えてくれた男性は、ふうっと仰々しく溜め息をつく。


「聖女よ。真であったのだな」


「だから言ったじゃない。お母ちゃんが嘘をつく訳ないって」


「それにしては若すぎる気もするが? まあ、良い。これで養女の話は白紙に戻そう」


 苦々しげに話す男性と、上機嫌な那由多。他は苦虫を噛み潰したかのような顔で眉をひそめている。


「意味が分からない。説明プリーズっ!」


 絶叫する穣に目を丸くし、件の男性は二人を応接室へと案内した。




「言葉は通じるようだな。御初にお目もじいたす、聖女様の父御よ。私はシャムフール・アブラヒル。この神殿の神殿長をつとめる者だ」


 金髪碧眼で壮年の男はどうやら偉い人らしい。


 そして彼は、詳しく今回の経緯を説明してくれた。

 この世界はキシャーリウ。地球とは違う、剣と魔法が生きる異世界だという。


「異世界.....」


「左様。過去には何度か異世界人を召喚もしていたようだ。記録によれば《地球》とかいう? 魔法のない世界らしいな」


 遥か昔から聖女を求める異世界キシャーリウは、光属性を持ち女神に認められる聖女を得るために、聖女選定なるものを行う。

 五十年に一度の聖女選定。一定以上の魔力を持つ娘達の中から光の属性の者を選び、聖女としての試練を受けるため旅に出す儀式だ。

 その旅の間で女神様に認められれば、あらためて正式な聖女の称号を受けられるのだという。

 

 そこまで説明してシャムフールは軽く嘆息した。


「本来であれば、高い魔力を持つ貴族らから選ばれるはずだったのだ。.....が、そこな娘が魔力審査で選定に引っ掛かってしまったのだよ」


 高い魔力が必要とされる聖女選定。光属性というだけでも珍しく、それが覚醒すれば即神殿へと連れて来られるのが慣習なのだが、貧民でストリートチルドレンをやっていた那由多は三歳の洗礼を受けておらず、見落とされたらしい。

 三歳の洗礼は魔力保持者を炙り出す大切な儀式。なので、貧民、平民、貴族問わず無料で行われる。

 特に光属性を持つ者は貴重だ。禍を払い、祝福となす女神様からの賜り物。

 そのため聖女選定も貴族平民問わずに行われる。実際には聖女と認められる事は無く、大抵は魔力の高い者の中から御飾りの肩書きだけ聖女が選ばれるらしいが。

 だが肩書きだけとはいえ、名誉なことに違いはない。聖女を輩出した家には多大な恩恵が与えられる。

 この千載一遇のチャンスを逃すまいと、各家々は光属性の娘を養女として聖女選定に望むのだとか。

 そして貴賤を問わず五歳以上の娘達全てに行われる魔力審査に、浮浪児だった那由多が引っ掛かってしまった。しかもトップクラスの魔力で。


 これに騒然としたのが、この国のアブラヒル王家。実はこの王家、かつて秘密裏に聖女召喚をやらかしたのだと暴露してきた。

 神殿側でも初耳だったというから驚きである。かなり昔に禁止された儀式らしい。


 聖女召喚。


 異世界より招かれた人間は必ず高い光属性の力を持つ。それを利用して人為的に聖女を生み出そうという傲慢な行為。

 召喚といえば聞こえは良いが、ようは拉致拐取。一人の人間の人生を台無しにする犯罪である。これを重くみた神殿の心ある者らにより、聖女召喚の儀式は忌まわしいモノとして禁じられた。

 付け加えるなら、この儀式には生け贄が必須なのだ。時空を歪めて生きたまま他所の世界の人間を連れ去るのだから、その代償は安くない。


 それこそが、この儀式を禁じた理由でもある。


 心持ち疲れたかのような口調で説明をする神殿長。

 

「行われたのは六年ほど前らしいです。王家は、やってきた聖女を公にする前に逃げられたと聞きます」


 .....六年前?!


 ぞわりと穣の身体が総毛立つ。まさか.....


「那由多..... お前のお母ちゃんの名前は?」


「セツナだよ?」


 ばんっと頭が弾け、穣は目の前が真っ赤に染まった。

 えもいわれぬ憎悪が体内を暴れまわり、煮え立ち沸き上がる憤怒が腹の奥をぞろりと撫で回す。

 生まれてこの方、こんな凄まじい怒りを感じた事はない。沸々と滾る熱さが、溶岩のように、どろりと全身を逆流する。

 

 こいつらが妹を.....っ!


 勝手に儀式とやらで拉致し、地球から誘拐したのか。

 そのせいで穣の家庭は崩壊した。穣も辛い日々を味わい、苦しんできた。


 過去の悲惨な記憶。その全ての元凶が、今、目の前にいる。


 しかし穣は、がりっと奥歯を噛み締め、必死に己を落ち着けた。


 まあ、待て。こいつじゃない。王家とやらだ。こいつじゃない。


 いきなり、ぶわりと豹変した穣の雰囲気に驚きつつも、細くすがめられた彼の眼に促され、神殿長は話を進める。


 続けた話の内容は惨憺たるモノだった。


 王家は召喚した聖女を王家に縛り付けるため、王太子の部屋に投げ込み無体を働いたのだという。

 親密な繋がりを持ち、丁重に扱い、子供をなせば、彼女も心を開いてくれるだろうと。国のために働いてくれるだろうと。

 公にする前に子供という足枷をつけ、王家で囲い込もうと画策したが失敗した。

 異世界から召喚した聖女には強大な力がある。それを軽視して逃げられたのだと神殿側へ訴えてきたらしい。


 王家の子供を返せと。


 何たる厚顔無恥。


 複雑そうな色を瞳に浮かべ、言い辛そうに呟く神殿長。


「時期から考えても、ナユタは王太子殿下の御子です。なので、王家に返せと..... まあ、こちらは一蹴しましたが」


 渋面を崩さずに話すシャムフール。

 勿論、神殿側に那由多を王家へ返す義理はない。相手の証言のみなのだ。何の根拠も証拠もない。

 けど、那由多が聖女候補として聖女選定に参加するならば保護者が必要だった。なるべくなら良い家柄の。

 神殿側から最低限の支援が支給されるが、選定の旅は長く辛いモノだ。信頼のおける従者や旅支度を整えられる保護者を必須とする。

 それを抜きにしても、まだ五つでしかない那由多には保護者が必要だろうと、神殿側は良い養女の口を探した。


 高い魔力を持ち、光属性を所持する少女。引く手あまたである。


 だが、那由多本人がソレに待ったをかけた。


 母親の遺品の手紙があると。これによれば、那由多には異世界に家族がいるはず。王家と同様に血を分けた家族が。そちらが同意してくれるなら、こちらに招きたいと。


 手紙を確認しようにも、その中身は日本語。シャムフールらには読めなかった。

 

 那由多の説明で、手紙は娘にあてたモノであり、地球世界の家族らなら必ず那由多の力になってくれると書いてあるという。異世界を繋げるには女神に祈れと。

 神殿側は半信半疑ながらも、那由多を.....異世界召喚された聖女である刹那を信じた。

 そして那由多は祭壇で強く女神様に祈る。女神様の許しをいただければ、儀式なしでも異空間を繋げられると手紙に書き残されていたからだ。

 彼女の祈りは女神様に届いた。さすがは聖女候補といえる。


 結果、彼女の願いを聞き入れた女神様は、一時だけ地球とキシャーリウを繋いでくれたのだそうだ。

 ただし、相手の同意がなければ招けないと厳しく警告して。


 それを聞き、穣はここまでの過程を脳裏に描いて苦笑した。


 同意.....した気がする。うん。


 あの時、穣は選んでいた。那由多と暮らそうと。あれが選択であったのならば、間違いない。


 ん.....? ってことは、あの時、頭に響いた声が女神様とやらか? 確かに若い女性のような声だったが。


 ソファーでピコピコ身体を揺らし、満足そうな顔で笑う少女。


「だからさ、アタシは、お父ちゃんと暮らすから、王家はノーサンキューさ」


 那由多の言葉に疑問顔な神殿長。対する穣は、思わず口元が綻ぶ。


『ノーセンキューさぁ』


 ああ、懐かしいな。刹那の口癖だ。


 穣は多大に困惑したが、どうせ地球でも孤独な一人暮らしだ。恩があるのは祖父母くらい。これから孝行しようと思っていたのに残念だ。

 しかし、きっと祖父母も分かってくれる。刹那の忘れ形見のために生きるのなら、喜んでくれるだろう。

 

 そう。ここに刹那がおらず、形見の手紙が存在するということは。刹那は、もう.....


 穣の顔が切なく歪んだ。


 許さねぇからな、王家とやら。絶対に目にものをみせてやるっ!!

 まずは那由多の親権確保からだ。絶対に譲ってやらねぇっ!!


 ここに娘命の新米父ちゃんが爆誕する。


 妹の忘れ形見の未来は明るい♪

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