煌めく星は聖なる光 ~最強なのは聖女の父です~
美袋和仁
第1話 異世界親子 ~妹・前編~
「はい?」
「だから、あんたの娘だっつってんでしょっ!」
真澄の空も麗らかな朝。穣は一人の少女を拾った。
いや、まだ拾ってない。家の前で待ち受けていたので押し掛けかもしれない。
桜の花弁舞い散る遊歩道で仁王立ちする少女。借家から出た途端に起きた未知との遭遇。
穣の目の前に立つ少女は、やけに目付きが鋭い。年の頃は四つか五つか。煤けたボロい上着をはおり、その下は穴の空いたタンクトップと継ぎはぎだらけのズボンを履いていた。
今時、探そうと思っても探せないような特異な出で立ちに彼は眼を見張る。
彼の名前は田村穣。当年とって二一歳の大学校生だ。
親の事情により中学生の頃から一人暮らしな穣は、思わぬ珍客をマジマジと見つめた。
「えーと..... それが事実だとすると、君は僕が十五歳ぐらいの時に作った子供ってことになるんだけど?」
困惑げに首を傾げる穣に、今度は少女が眼を見開いた。
「.....? だから?」
すっとんきょうに眼を丸くする少女。
ああ、そっか。おませな口をきいているけど、中身は相応なのか。男女のソレというモノを理解していないんだな。
この子から見れば穣は十分な大人に見えるに違いない。父親だと言われたら素直に信じてしまうだろう。誰にそんな嘘を吹き込まれたのかは分からないが。
彼は、どうするべきか悩んだ。
普通なら通報案件。この子の保護を願い出るのが一番である。しかし.....
穣はマジマジと目の前の少女を見つめる。
ボサボサな髪を不格好に結び、煤けた襤褸を身に纏った彼女は、とても真っ当な養育を受けているようには見えない。これは別の意味でも通報案件なのではなかろうか。
この場合は警察より、児童相談所かも? いや、警察にはそれ専門の部署があるんだっけ? なら、やっぱ警察か?
悶々とする穣を余所に、少女はキツい眼差しで彼を見上げた。
「だからさぁっ! アタシのお父ちゃんなんでしょっ? 一緒に暮らしてくれるよねっ?」
至極真面目な顔で叫んだ少女は、その小さな全身を震わせる。キツく見える大きな瞳に浮かんだ微かな不安。儚い脆さを伴う光を見て、穣はドキッとした。
似てる..... 刹那にそっくりだ。
実は穣には双子の妹がいる。.....いや、正確には居た.....だ。
名前を刹那と言い、冬の晴れた日に忽然と行方不明になって今に至る。
親は半狂乱になって妹を探した。穣も死に物狂いで駆け回った。
警察にも届けた。誘拐の可能性を考慮して待機した数ヶ月。その後、情報公開もしたが、ついぞ妹は見つからなかった。
嘆き、苦しみ、懊悩煩悶のあげく崩壊した穣の家族。
『お前がちゃんとみていないからっ! 母親失格だっ!』
『あなただって何もしなかったじゃないっ! 私にばかり押し付けてっ!』
元々大して夫婦仲の良くなかった両親は、祖父母や周りから責め立てられ家庭内不和が悪化していった。
どちらも罪を押し付けあい、罵り、家族の軋轢は修復の仕様もないくらい深々とした溝を其々に穿ったのだ。
穣が中学生にして一人暮らしを始める羽目になった理由である。
あれから離婚した両親は、どちらも穣の引き取りを拒否したので、話し合いの結果、二人から生前贈与として一括で生活費をもらった穣は、今、気楽に一人暮らしをしていた。
両親にすれば、刹那と瓜二つな穣を見るのが辛かったのだろう。今なら穣にもその気持ちが理解出来る。
だが、当時の穣はまだ中学三年生だった。妹を失ったショック。親に捨てられた絶望。これらを受け止め切れず祖父母宅へ身を寄せ、無為に過ごした数年間。
祖父母から見たら、きっと言語に尽くせぬ酷い有り様な子供だったことだろう。
引きこもるどころが、食事も喉を通らず、日に日に痩せ衰え衰弱していく穣。
しかし祖父母の献身的な看護により、彼は少しずつ回復していった。数年かかったが、再び微笑んだ孫を見て、滂沱する祖父母。
彼等に労られ、なんとか過去を振り切って穣は前に足を踏み出せた。
勿論、高校受験にも失敗していた穣だが、祖父母の勧めや励ましで大検を受け、ようやく今の大学生ライフまで漕ぎ着けたのだ。
穣の脳裏で苦い思い出がそぞろに浮かぶ。突然降りかかった理不尽な哀しみの果てで、怯え、泣き叫んでいた幼い自分。
少女の心許ない瞳は、振り切ったはずの穣の過去を簡単に喚び起こした。
目の前の少女の瞳をかすめた脆い光が当時の自分と重なった。妹によく似た面差しもあいまり、穣は眼の奥が熱くなる。
.....一緒に暮らす.....か。
何処の誰とも分からない少女だ。下手な事をすれば、後ろに手が回りかねない。
それでも妹の刹那に似ていると気づいた瞬間、穣には彼女が他人に思えなくなってしまった。
まだ年端もいかない子供。あからさまな育児放棄が窺えるその哀れな姿。
穣は少女の前にしゃがみこむと、優しく顔をのぞきこんだ。
「いいぞ、一緒に暮らそう」
何を思ったのか自分でも理解出ない。
その時、本気で、穣は少女と暮らそうと思ったのだ。
みるみる見開く少女の眼。しかし、次の瞬間、穣の頭の中に声が響き渡った。
《試練通過。二人の親子関係を認めます》
鈴を転がすかのような心地好い女性の声音。
「え?」
ぎょっと顔を強ばらせる穣と反対に、少女は両手を上げて絶叫する。
「いやったぁーっ! 保護者ゲットだぜーっ!!」
「は? えっと?」
きゃーっと飛び跳ねて喜んでいた少女は狼狽える穣の手を掴み、にかっと破顔した。その笑みは恐ろしいほど妹に酷似している。
「アタシ、ナユタってんだ。これから宜しくね、お父ちゃん♪」
ナユタ.....? 那由多?
再び穣の胸がドキリと大きく脈打った。
彼の父親の名前は京。穣もそうだが、村田の家は代々、子供達に数字に関した文字を名前につけている。刹那も数を表す漢字なのだ。.....そして、那由多も。
.....偶然? な訳無ぇぇぇーっ!!
勢い良く駆け出した少女。その姿は、まさに幼い頃の妹そのものである。
「おまっ! えっ? まさかっ?!」
「お母ちゃんが言ってたもん。アタシのお父ちゃんになれる人は別の世界にいるって。良かったー、これで聖女選定受けられるよー」
別の世界? 聖女? 何の話だ?
穣の手を掴んだまま、那由多はある方向への向かった。心ぶれたシャッター街の片隅。その先には、ゆらゆらと歪む不思議な空間が見える。
うぉん.....と音をたてる不気味な亀裂。
思わず穣の全身に悪寒が走った。
ちょい待てっ! えええーっ?!
止まろうと思うのに、まるで力が入らない。何かに背中を押されでもしているかようで、穣は少女と共に歪んだ空間へとぷんっと呑み込まれていった。
後日、彼は行方不明者として、祖父母により捜索願が出される。
だが、忽然と姿を消した穣が発見される事は、この先一生なかった。
「穣..... お前まで何処へいっちまったんだい?」
行方知れずとなった穣を祖父母が心配して探したが、過去の件から、消えたい理由があったのだろうと考え、祖父母はその捜索を打ち切った。
後にそれを知った穣の両親が、我が子を顧みらなかった自分達の愚かさで長く悔恨に陥るのだが、こちらは自業自得である。
こうして理由も分からないまま扉を潜ってしまった穣だが、そんな彼には娘となった那由多に振り回される幸せな日々が待っていた。
破天荒な聖女様と異世界人な父親の物語は、ここから始まったのである。
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