第4話 異世界親子 ~金策・後編~


「え? 類似品?」


「そうです。穣殿の作った雑貨に似せた商品が、街のそこここで売られています」


 ややしかめっ面で報告する神殿騎士達。それを何処かで聞きつけたのか、シャムフールも那由多の部屋にやってきた。


「由々しき事態です。他人の考案した商品で利益をかすめ盗ろうなどと..... 正しく抗議し、罰を与えねばなりません」


 ぎらりと据えた眼差しをするのは神殿騎士部隊長のナーディル。炯眼な瞳に輝く眼光は、一般人であれば震え上がる残忍な光だろう。

 しかし穣は憤る騎士らにひらひらと掌を振り、あっけらかんと宣った。


「いいじゃないの。類似品、大いに結構。切磋琢磨して良い商品を作ってもらいたいね」


 暢気な台詞を耳にして、騎士らは思わず毒気を抜かれる。するりと表情の抜け落ちた大の男達を見つめ、穣は軽く苦笑した。


「大して複雑な構造でもないし、俺は小物製作の本職でもない。模倣されるのも想定済だよ。気にすんなって」


 想定済?


 シャムフール達は穣の言っている意味が分からない。普通、利益となるモノならば、その権利を主張すべきだ。

 そして二度とかすめ盗ったりされないよう、模倣した愚か者どもに罰を下す。


 それがキシャーリウという世界の常識である。


 穣にもちゃんと神官が説明したはずだ。この世界の成り立ちや常識を。那由多のためを思うなら、あれだけ売れた商品の権利は死守するべきである。

 そう言うシャムフールをのほほんと見上げ、穣は然もくだらなさげに首を振った。


「そんなんに目くじらたててたらキリないよ。そりゃあ、すごく貴重で画期的な発明とかなら分かるけど、日用雑貨だぜ? 広く浸透して皆の役にたった方が良いじゃん。違う?」


 穣は所詮素人だ。本職に良質なモノを作ってもらった方が良いに決まっていた。今は走りで単価もそれなりに高値がついたが、これから先、普及していけば自ずと売値は下がる。大した稼ぎにもならない。


 そう簡単に説明し、穣は、にやっと不敵に笑った。


「一番最初に売った俺が、一番稼いださぁ。支給された金額の二十倍近くなったんだ。これで那由多に満足な拵えをしてやれるよ」


 それで十分なんだと笑う穣。穣が嬉しいなら那由多も嬉しいと、よじよじ膝に登る少女。

 なー? と笑い合う二人に、言葉を失い、シャムフールや騎士達は彼等の部屋を無言で出ていった。




「なんともはや.....」


 片手で顔をおおい、嘆息する部隊長。仕方無さげに苦笑し、シャムフールはそれを宥める。


「無欲というか、無頓着というか。読めない御仁だよ」


「.....然なり」


 あれだけ大繁盛していた屋台をスパッとたたみ、今は聖女選定のための旅支度を進める親子。

 実際には叔父と姪なのだが、那由多が父と呼んで憚らないので、周囲の認識もそれに倣っていた。


 屋台の収入は潤沢。ほんの数日で目標金額に達したと穣は叫び、さくっと雑貨販売を終わらせる。


 まあ、こちらとしては、ありがたい限りなのだが。聖女選定の儀式まであと一ヶ月を切っている。準備に余念がないのは良いことだ。


 そう無理やり己を納得させるしかないシャムフール。


 盛大な空回りをする彼等を余所に、聖女選定の儀は刻々と間近に迫っていた。




「那由多、もっぺん《手紙》を見せてくれ」


「良いよー」


 穣の言葉に頷き、那由多は胸元からペンダントを取り出す。

 それを掌に乗せて彼女が魔力を流すと、空中に複数の画面が浮かび上がった。

 便箋の形をした液晶画面のようなモノ。左右にスライドする事で重なるページが新たに現れ、スマホなどと同じ仕様になっている。近代文明を知る刹那だからこそ造れた魔術具だろう。


「それ、分かんなかったなぁ」


 するすると画面をスライドしていく穣を見上げて、感嘆の眼差しを向ける那由多。

 穣は微かに眉を寄せ、優しく那由多の頭を撫でる。

 遺された手紙というからてっきり紙に書かれた文章だとばかり思っていた穣だが、実際には魔術具。

 娘である那由多にしか開けぬよう細工されたペンダントだったのだ。しかも那由多は画面がスライド出来るのを知らなかったため、読めた文章は最初の一ページのみ。

 その一ページ目の頭に書かれていたのは、女神様と刹那の約束。地球から無理やり拉致られた刹那がキシャーリウの世界へ入った瞬間、彼女は女神様の神託を受けたという。


《我が世界の民が愚かな真似を..... 困った時は妾を喚べ。一度きりだが願いを叶えよう》


 この言葉を心の拠り所とし、刹那は必死に生き抜いた。自分に万一があったら、娘を頼みますと毎日祈りつつ。


 あとは地球世界の家族の事が書かれていた。兄と両親と祖父母。両親は不仲なので、頼るなら兄か祖父母にしろと。兄なら、きっと那由多の父親になってくれると、子供にも分かりやすい文章で書き記されてある。


 それで開幕のお父ちゃん発言か。


 お父ちゃんなんでしょっ! と、いきなり突撃してきた那由多を思い出して、穣は苦笑いした。


 安心しろ、刹那。那由多は俺が立派に育ててみせるから。


 そう心に誓い、穣は那由多を抱き上げる。


「色々揃えないとな。きっと楽しい旅になるぞ?」


「うんっ!」


 えへへと笑う那由多が愛おしい。妹そっくりな黒髪に黒い瞳。

 その柔らかな身体を抱きしめ、穣は、長く忘れていた至福を思い出す。


 温かく小さな幸せの数々。刹那が失われるまでは、確かにあった優しい思い出。


 これからまた紡ごう。那由多が大きくなって自分の手から離れるまで。離れてからも、新たな幸せの記憶を沢山。


「お父ちゃん?」


 黙り込んでしまった穣の頭をぺちぺちと叩く小さな手。

 叩かれるのも嬉しくて、うっとりと至福に酔っていた穣の頭に、がぶっと那由多が噛みついた。

 もちゃもちゃ髪を食む御子様に、穣の眼がみるみる据わっていく。


「おまっ! それ止めろっつったろーがっ!」


 ばりっと頭からひっぺがして叱る穣に、にぱーっと笑う聖女様。


「だって、なんか良い匂いするもー。甘くて美味しそうな匂いー♪」


 匂い? シャンプーか? でも、もうキシャーリウにやって来て十日はたつぞ。地球の文明の匂いなんか消えているはずだろ。

 

 くんくんと自分の匂いを確認する穣を真似し、那由多も穣の胸に顔を引っ付けて、くんくんしている。

 そして悪戯げに、にししっと笑う聖女様。

 

 こんなチンチクリンが聖女ねぇ。


 穣は仕方無さげな笑みを浮かべ、二人で旅支度を整えるべく街へと繰り出した。

 入り口の兵士に声をかけて、付き添ってくれる護衛を呼んでもらい、街へと向かう。

 そんな彼等を、聖女選定の洗礼が待ち受けているとも知らずに。




「これなんか良くないか? 那由多」


「何でもいーっ」


 きゃっきゃっとはしゃぐ娘に眼を細め、穣は那由多と自分の普段着を揃えていく。

 子供はよく汚すと聞いていた彼は、肌着を上下五枚。ブラウスやシャツ等も五枚。そしてジャンパースカートやズボンを二枚ずつ選んだ。

 さらに薄手のカーディガンとその上から羽織れるローブを選び、それぞれ那由多に合わせてみる。


「どうかな? 悪くないと思うんだけど?」


 問われて、答えたのは二人の人物。


「良くお似合いですよっ」


「やや質素に思われます。聖女様には不似合いかと」


 同時に発せられた二種の言葉に、発した者同士がハッと顔を見合わせる。

 途端に飛び交う火花の嵐。護衛騎士相手に一歩も譲らぬ洋品店のオバちゃんが勇ましい。


「これだから男ってのは..... 子供には動きやすい服装が一番なんですよっ、可愛い服を選んでるじゃないですかっ、さすがお父さんですねぇっ」


 ふんっと鼻息を荒らげる恰幅の良い御婦人に、流石の護衛騎士もタジタジである。


「し.....っ、しかし、聖女候補があまりにみすぼらしくては神殿の威厳に関わるのだ」


「その神殿から出てる支援だけじゃ足りないんだよなぁ。分かんないかなぁ?」


 穣が貰った神殿からの支援は金貨五枚。こちらの物価を地球のと照らし合わせると、鉄貨が十円、銅貨が百円、大銅貨が千円で、銀貨は一万円、金貨は十万円ほどだ。

 だだ、物の価値に近代との差があるため、一概に同じ価値観ではない。

 たとえばリンゴが一個銅貨一枚だとして、この辺は地球と似かよってる。

 しかし鋳型で量産されたナイフが、こちらでは銀貨三枚。地球であれば二千円くらいで買えるナイフがだ。

 やはり技術料とか素材の原価とか、あらゆる部分で差違が出るのだろう。安く済むと勝手に思い込んでいたら、思わぬ処で高くつきかねない。


 こちらの平民の月平均収入は銀貨五枚ほどだ。家賃や共益費がないとはいえ、最長十年かかる旅の費用が金貨五枚ではまず足りない。


 だから原価の安く済む物珍しい日用雑貨なんかを作って、金稼ぎしたんだけど、理解してないんかね?


 軽く頭を掻きつつ、穣は胡乱げな眼で護衛騎士を一瞥した。うっと怯む騎士。

 真っ当に運営されている神殿には有りがちな予算不足。無い袖は振れないと穣にも分かっていた。

 だからこそ聖女候補らは貴族家からの選出が多いのだろう。平民でもどこぞの貴族の養女となり、万全の態勢で儀式に挑むのはそのせいだ。

 資金に乏しいのは、正しくあろうとする証。恥じることではない。


 だが、ならばこそ口を出す資格もなしっ! 見掛けで中身が変わるものか。質素でも、うちの那由多が一番可愛いっ!!


 むんっと両手に拳を握る穣を、護衛騎士と洋品店の御婦人が不思議そうに眺めていた。




「でもまあ、ここぞというとっておきの一着は欲しいよなぁ。どこか御手頃価格な店知ってるかい?」


 御財布の中身を確認しつつ、穣は共に歩く護衛騎士に尋ねてみた。


「店は沢山ありますが..... 御手頃価格とは? ドレスは店で仕立てるべき物です」


 生真面目な顔で宣う護衛騎士様。


 あっはーぁん。あかん、こいつ。常識が違うわ。


 困惑顔な騎士に冷めた眼を向け、穣は神官らから教わったキシャーリウの現実を思い出していた。

 この世界には九つの国があり、その全てで共通している常識は身分至上主義。

 平民に人権はなく、王侯貴族の横暴が罷り通り、格下の者は食い物にされ、踏みにじられる世界。

 地球の中世で言えば、上に立つ者の技量しだいで良くも悪くもなる暗黒時代真っ盛りだ。

 神殿騎士ともなればそれなりに身分があるはず。叩き上げの兵士らと違い、騎士になるにはまず身分が必須なのである。

 騎士は兵士らの士官にあたるからだ。いざ戦いとならば、騎士達の先導で兵士らは戦いに赴く。身分のあるなしで、その士気は格段に変わる。

 中には実力の伴わない騎士もいるだろう。しかし張り子の虎でも、虎は虎。身分の高い者が率いていれば、民に与える安心感は計り知れない。


 そういう世界なのだ。


 俺は那由多と静かに暮らせれば良い。毎日、笑って楽しく日々を積み重ねれれば幸せだ。


 だから穣は、この世界を何とかしようとか、御大層なことは考えていない。

 地球で読んでいたラノベ展開が己の身に降りかかろうとは思いもしなかったが、神様からチートをもらった訳でも、何かしらの頼みを引き受けた訳でもない。ただの一般人ぴーぽーだ。

 那由多に手を引かれて、キシャーリウを訪れた異邦人に過ぎない身分である。


 だが、僥倖なのは神殿側が各国とは別な勢力だったこと。


 女神を主神としたキシャーリウ真教は万国共通。つまり、地球でいうキリスト教に近い。各々の国にも土地神的な神々への信仰があるものの、創造主な女神様への信仰は堅固で揺るぎ無いのだ。

 ゆえにその女神様の僕とも呼ばれる巫女や神官らなど、神殿そのものが特別視されている。


 国境をまたいで強固な繋がりを持つ神殿に喧嘩を売れる国はない。いざとなれば一斉発起。全国で各神殿が反旗を翻す。

 そうなったら治癒や浄化も受けられなくなるし、弔いや祝福も行われない。

 民らの不安や不満も高まっていくことだろう。

 ぶっちゃけ、ふんぞり返って人々を見下す王侯貴族らより、人々に寄り添い、親身になってくれる神殿側の方が民らの信頼は厚いのだ。身分を笠に着て下手を打てる訳がない。


 なので巫女の上位版ともいえる聖女は、候補と言えど自動的に国家の脅威を受け付けない存在となる。

 この国の王家が那由多を取り返そうとしても強行手段に出られない理由だ。

 本人と神殿から許可を貰わねば、何者にも手を出せない。それが聖女という生き物である。

 穣も形としては神殿預かりなので、滅多なことにはならない。


 刹那の時にも神殿がついていてくれたら.....


 知らず空を降り仰ぎ、穣は人知れず奥歯を噛み締めた。


 妹は儀式によって拐われたのだ。いきなり王家の地下室へ。

 そこから監禁状態。訳も分からず無体を働かれ、若冠十五歳の娘に一体何ができただろうか。

 王宮から逃げ出してからも同じである。

 キシャーリウという世界を知らず、世間の常識や理屈も独自で学びつつ、四苦八苦しながら那由多を育ててきたに違いない。

 せめて那由多が三歳になっていたら、神殿を訪れ、聖女というモノを正しく理解出来たやもしれないが..... その直前で刹那は何者かに再び拐われた。


 闇の魔術師とやらに。


 生きていてくれよ、刹那。


 望郷の念に囚われていた穣の脚に何かが掴まり、登ってくる。


「父ちゃん?」


 いきなり黙り込んだ穣を見上げ、心配そうな眼差しで物申す娘。

 よじよじと登ってきた那由多を背中に背負い、穣は堪らなさげに微笑んだ。

 妹そっくりな幼子の、なんと可愛いことよ。


「ダイジョブだよ。じゃ、ちょいと良い服も見繕おうか」


「良い服?」


「綺麗なワンピースとかさ。上下揃いで一式も良いな、うん」


「わあっ?!」


 きゃっきゃと楽しそうな親子を、後ろから藪睨みする護衛騎士様。

 

 あー、はいはい、ドレスを仕立てろってんだろ? そんな金無ぇーわ、ぼけぇ。


 たぶん、騎士の言う仕立てるドレス一着で、手持ちの大半が吹っ飛ぶだろう。話にならん。


「子供ってのはすぐに大きくなるのよ。今、仕立てたって、半年もしたら着られなくなんの。分かる? そういうちゃんとしたモノは年頃になってからで十分だろう? 聖女といえど平民なんよ、俺ら」


 言われて、ようやく騎士も得心顔をした。

 

「たしかに..... 旅には動きやすい服装が宜しいですし、特に催し物へ参加する予定もないなら、上質なモノは必要ないかもしれませんね」


 うんうんと一人ごちる騎士を見て、穣は軽く眼を見張った。


 なんだ。物分かり良いじゃん。


 どうやらこの男は話せば分かるタイプのようである。貴族にしては珍しい。


「そうそう。あんた、名前は?」


 ちゃんと名乗ってもらったのだが、右から左にスルーしていた失礼な穣。

 その問いを気にもせず、護衛騎士は真面目な顔で再び名乗ってくれた。


「オスカーと申します」


「オスカーね。覚えておこう」


 聖女選定の旅には各神殿から従者一人と護衛一人がつく。それを選ぶのも保護者の役目だった。


 うん、こいつなら良いかも。


 心の中でほくそ笑み、穣は那由多を肩に背負ったまま歩き出した。


 何処かの古着屋で娘の一張羅を買うために。

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