7 フレデリカ -後始末-
「つ、疲れた……」
殿下が去った後、室内に移動しソファでグデーと力を抜いた。
エミール君は、向かいのソファに座って眉間に皺を寄せて不機嫌な顔をしている。
「エミール君……悪かったよ」
「フレデリカさんは、悪くありませんよ。まぁ、あのクソガキにやたら甘かったですけどね!」
ムゥぅ……と、ますます眉間に皺を寄せる。
エミール君の隣に移動して、ポスンと座る。
「すまないな……機嫌を直してくれないか? あ、そうだ。甘い物でも食べないか?」
おやつを差し出してみたが空振り。まぁ、犬じゃないものな。
「穢れた……フレデリカさんを穢した……」
エミール君がブツブツ呟いたかと思うと、私の頬をゴシゴシと袖で擦る。
「さっき、ちゃんと拭いたから大丈夫だぞ」
ゴシゴシと擦る手が止まらない。
「もう! エミール君! ちょっと痛いじゃないか!」
堪らなくなって、そう非難するとピタと手が止まった。
「……ごめんなさい」
「君まで子供の様になって……」
「すみません……あんなことを言われたら……」
「あんなこと?」
「殿下に……」
エミール君は、ハッとして口をつぐむ。
「あの時、何て言われたんだ?」
「フレデリカさん……王宮にいた時、いつも殿下とハグしてましたか?」
昔の事を思いかえしてみる。第一王子は大体来なくて、代わりにリュカ殿下がやって来て『本を読んで』とか『勉強教えて』とか、せがまれるまま相手をしていた。
あの頃は殿下も8歳とかそれぐらいで、可愛い弟が出来たなと思ってたんだっけ。リュカ殿下は甘えん坊な所があったから、最初は膝の上に乗せてたりしていて、そのうち、ハグをせがんで来てたから、お別れする前にはハグをしてた。そのまま、習慣になって……。
「あ、あぁ……してたな。でも、その、挨拶みたいな……あの頃は子供だったし……」
ギクシャクと答える。なぜか、言い訳じみた言葉が勝手に口からこぼれ出る。
「そうですか……」
ますますシュンとしてしまったエミール君に、どう対応してら良いかわからずオロオロしてしまう。
「僕もハグ……していいですか……?」
「あ、ああ! いいぞ! 婚約者だからな」
そう言って腕を広げると、エミール君が入ってくる。背中に腕をまわされ優しく抱きしめられる。
「暖かい……」
「あぁ、暖かいな……」
少し力を込められて、先ほどより強く抱きしめられる。顔にかかる髪が少しくすぐったい。
チラリと部屋を見渡すと、いつの間にかメイド達は退出していた。いつから、いなかったのだろうか……。
「フレデリカさん……ごめんなさい」
「え? 何がだ?」
「僕は凄く嫉妬してしまいました……。冷静になれなかった。フレデリカさんに止められなかったら、ヤツの挑発に乗って殴りかかってたかもしれない」
「ああ、ちょっとヒヤヒヤした。」
流石に暴力事件となれば、大問題になってしまう。殿下が先に煽って来たのが問題だが、それでも殴った方が悪い。エミール君は温厚な人物だから、そんな心配は無いと思ってたんだが。
「フレデリカさんの事になると、感情的になってしまうみたいです。ご迷惑をかけるところでした……。ごめんなさい」
「今度何かあったら、何を言われても冷静に対処しような?」
「はい」
ポンポンとエミール君の頭を軽くなでる。
「後、最後に……」
体を離される瞬間、頬にキスを落とされる。
「エ、エミール君……!」
「上書きです」
「そういうものかな……?」
「そういうものです」
エミール君はいつもの笑顔に戻って、ニコニコしている。
――うん、やっぱりエミール君は笑顔がいいな。
✳︎ ✳︎ ✳︎
翌日、第二王子がローレンツ侯爵家を訪問したと言う事が新聞に書かれていた。
ソルベー新聞にはスクープとしてエミール君との婚約の件が書かれていたので、父上が第二王子との噂を否定するために、先手を打って情報を流したのだろうな。
仮婚約はどうなったのだろう? まぁ、私には都合が良いから何でもいいか。
そのまま新聞を読み進めて行く。主に、第一王子は、王太子ではいられないだろうという予測。次の継承権を持つのが、側妃を母に持つ第二王子、その次に現在の陛下の弟君。陛下とは歳が離れていてまだ若い。確か今年28歳かそのぐらいだったはず。どちらかの権力争いへと移行しそうだ。
リュカ殿下に言われた
『同じ条件なら、エミール君とリュカ殿下どちらを選ぶ?』という問いかけに、私は胸を惑わされていた。
リュカ殿下は、子供だからそういう対象として見たことは無いが……エミール君と婚約することになった時点では、どちらでも良かったかもしれない……。
あの時点では、エミール君とリュカ殿下の認識は同じぐらいだったわけだし……。私は研究できる環境さえあれば良かったのだから……。
人を人として見ていなかった事を、改めて自覚して胸が痛い。
今は、エミール君がやっぱり良いなと思う。魔法力学の話も出来るし、何より私の事を理解してくれている……。リュカ殿下だったら、エミール君がしてくれた様な恋の説明は、出来なかっただろう。でも、これって自分の事ばかりを考えていないだろうか……。自分に都合が良いから好きは、違う気がする。
私はエミール君をより深く知り、向き合う必要があることに気づいたのだった。
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