4 エミール -ゲート-
研究室に来てから1ヶ月が経った。大分、勉強や作業にも慣れて落ち着いて来た頃だったが、ある出来事が頭を悩ませていた。
「エミール様! 私、差し入れを作って来ましたの」
「私だって作って来ましたわ!」
「なによ、そんなモノ! エミール様は口になさらないわ。うちの最高級パティシエが作ったものがありますの……是非」
研究室の前でキャイキャイ喧しい女性達に、頭が痛くなっていた。
「ですから、僕は何も受け取りませんし、何より研究の邪魔ですから部外者はお帰り下さい」
キッパリ断っても、断っても、雨後の筍のように生えてくる。
そこに、研究室の先輩であるペトルさんがやって来て、人を食った様な口調で失礼な提案をする。
「よーぉ!エミール、貰ってやれ。そこにゴミ箱あるから。」
勿論、ご令嬢方は顔を真っ赤にさせながらキーキーと「失礼よ!」と喚いていたが、ペトルさんは意に介さず
「要らないと言ってるものはゴミでしょうが。ゴミを押し付ける、アンタ達の方が失礼なんじゃねーの?」
逆撫でするかの様に笑いながら言い放った。これぐらい強気じゃないとダメだと指摘された気がして、有り難く乗っからせて頂く。
「ええ、そうですね。受け取るのは良いですが、即そこに捨てます。それでも良いなら、頂きますよ?」
にっこりと笑いながらそう告げると、ご令嬢方は怒りを露わにしながら帰っていった。
「はぁ……ペトルさん、助かりました。有難うございます」
「お前さんも大変だねぇ……最初はイケメン爆ぜろ! って思っていたが、イケメンなりの苦労ってあるもんなんだなぁ……」
僕は思わず重いため息をつくと、ペトルさんは三日月型に口を変えてニシシと笑った。
「ま、気にすんな。イケメンで婚約者もおらず、家柄も良いなんて何処探したっていないからなー。一発逆転狙いたいお嬢さん方の最後の希望の星なわけだ」
「勘弁して欲しいですよ……」
「こーいう時の情報って、驚く程早く回るからなぁ……」
ペトルさんと研究室に入ると自分のデスクに手紙が山積みになっていて、思わずへたり込んでしまう。
「うわー、また今日も多いねえ」
「もう……勘弁して欲しいです……。皆さんにご迷惑をかけてますし……」
「お、これ血文字じゃねーか? 強烈ー」
ペトルさんが手紙の一つを摘み取ると、宛名の部分が赤黒い文字で書かれていた。
研究室に来てから僕の姿をどこかで見かけたご令嬢達の手紙まで、研究室宛に届くようになっていった。
最初はまとめて捨てたりしてたのだが、ペトルさんが興味本位で開封した所ビッシリと僕への愛と髪の毛の束が同封されていた。
それを見た時の研究室全員の悲鳴が忘れられない。それから、僕は研究室で同情されたりして、おかげで少し馴染めたんだけど……。
僕は研究室から出たら警備付きの馬車に乗って帰るし、自宅として借りている所は入室をチェックされるために研究室が格好のターゲットになってしまっている。
「これは、もうどうにかしなければいけないですよね……研究室に警備を配置するとかして……」
「そうさなぁー……、勝手に部外者を弾くシステムがあればなぁ……」
ペトルさんがそう呟くと、同じ研究室の仲間であるカールさんが「魔道具で作れるんじゃないか?」と提案して来た。
そこからワイワイと研究室のみんなも乗って来て話し合ってると、フレデリカさんが遅れてやって来た。
「おや、何の話だ?」
「あの、今みんなで研究員以外の部外者を弾くシステムを作れないかと相談してまして……!」
フレデリカさんと話す時は、まだ少し緊張してしまう。なぜなら、凄く美しいからだ……。歩いてるだけで、喋るだけで、そこに花が咲く。一緒の室内にいるだけで天に登りそうになる。
ペトルさんがニヤニヤしながら、フレデリカさんに話を振る。
「フレデリカ嬢も手伝ってくださいよぉー」
「あぁ! 勿論だとも! 面白そうだな」
目をキラキラさせながら、フレデリカさんも話し合いに加わる事になった。
結局、研究室全員に教授まで加わって作り上げることになった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
発案から一ヶ月後、ついに試作品が完成した。登録した人の固有マナの波形を認識して、それ以外を見えないウォールで弾くというものだ。
人の固有マナの波形は、一つとして同じ物が無い。血縁関係なら多少は似るが、それでも違うものだ。
研究室に至る手前の通路に、作り上げた『認識ゲート』を設置する。そこで、連れてきた他の部署の人に説明をして協力してもらうことになった。
「よし……実験だ。大量の人だと壊れるかもしれないからな」
まず、研究室の人間が通る。問題なく通過。
次に、登録されてない人間が通ろうとすると、ビービーと警告音がなりウォールに阻まれる。
それを何度も何度も、ゲートを使用して実験は続いたが、魔力切れを起こすことも無く問題なく作用し、最後の1000人目の結果が終わった。
「やった……! 誤認識も無く安全に作動している……!! これで完成と言ってもいいだろう…!」
研究室のみんなでハイタッチをして喜びを分かち合っている。
フレデリカさんも、僅かにピョコピョコと喜んでいたので、近くに行き手を挙げると、僕とぎこちないながらもハイタッチしてくれた。
可愛すぎて……死ぬ!
「良かったなぁ……」
ニヤニヤしたペトルさんに揶揄われると、他の皆も生暖かい視線を僕に向けていた。
ここ二ヶ月で、僕のフレデリカさんに対する想いは研究室全員に気づかれている。
✳︎ ✳︎ ✳︎
泊まり込みでの作業時に、その場にいた研究室の仲間達と雑談しながら作業している時のことだった。
「なぁー、エミールはフレデリカ嬢のこと好きだよな?」
ペトルさんに直球でぶちかまされて、手に持っていた魔石を落としそうになった。
「……ソウデスケド……イイジャナイデスカ」
照れながら正直に認めて俯く。
「甘酸っぺー。でも、フレデリカ嬢に婚約者いること知ってる? この国の第一王子、アーネスト殿下」
「知ってます……。それでも、昔から好きなんです……」
そこから、僕はフレデリカさんとの出会いから説明し、そのためにここまで来たと告げた。
「すっげー! 一途! エミール男じゃん! やるなぁ!」
「エミール君は凄いね。僕、エミール君のこと違う世界の人の事だと思ってたけど、同じなんだ……」
「う、うん、イ、イケメンで高位貴族サマーって、か、感じだったけど、ふ、普通の男の子なんだね」
研究室のカールさんとビィルさんも、そう言ってくれて仲良くなれた気がして嬉しい。
少し心配になっていたことを、この機会に恐る恐る聞いてみる事にした。
「みなさんは、フレデリカさんのこと好きになっちゃったら嫌ですよ……?」
「いやー、無いって! フレデリカ嬢は美人だし俺らとも話してくれて、タメ語でも全然気にしないし、気さくで良い人だと思うけど……なぁ」
「うん……、僕もないかな。普通の女性でさえ違う世界の人だって思っちゃうのに、フレデリカさんは全く別次元の人でしょう?」
「き、綺麗だ、だけど、し、将来の、お、王太子妃だか、ら」
「ね、ちょっと恐れ多いって思っちゃうよな」
「う、うん」
ペトルさん達は、顔を見合わせながら申し訳無さそうに答える。
「だから、お前のことすげーって思うわ。純粋に応援する!」
「うん、僕も。頑張ってね」
「う、うん……」
みんなに応援されて心が暖かくなったが、ペトルさんの次の言葉で地獄に突き落とされた。
「ま、望みは少ないけど、想うだけなら自由だしな」
「う……、それでもいいんです……」
どれだけ想っても、他人の婚約者であるフレデリカさんには手が届かない。残酷な現実だ。
「エミール君……健気だね」
「そ、尊敬、す、するよ」
皆に応援され慰められながら、僕はこの研究室に溶け込んで行った。
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