【完結】婚約破棄された研究オタクの侯爵令嬢は、後輩からの一途な想いに気づかない

nenono

第一章

1 フレデリカ -婚約破棄と婚約申し込み-

「フレデリカさん! 僕と結婚してください!」


「……は?」





 今朝研究室に来たところ、後輩のエミール・フィッツなんとか君に、開口一番こう言われたのだった。


 ご丁寧に正装を身に纏ったエミール君は、跪いて何処から取り出したのか指輪ケースをパカっと開き、ピンクの指輪を私に突き出した。


「昨日、アーネスト殿下と婚約解消されたでしょう? 僕との結婚をどうか前向きに考えていただきたいです!」


プルプルと指輪を差し出す手が震えている。

声も多少上擦っているようだ。




 普通は研究室でプロポーズをするものだろか……? と流石の私も面食らったが、少しばかり落ち着いて来た。


 この目の前で跪いている大型犬みたいな男、エミール・フィッツなんとか君(私は人の名前を覚えるのが苦手でな、覚えていないのだ。名前は覚えていた所は褒めて欲しい)は、年は二つばかり上だったはずだが、私より遅くに研究室に入って来たので後輩にあたる。研究内容は映像関係が主だ。


私より頭一つ分は背が高い線の細い男で、少し青味がかった髪をしている。同じ研究者らしく、やや伸びた髪を片方で緩く結えている。


外見は……そうだな……私はあまり人の美醜を気にしたことが無いのだが、よくエミール君を好いている女性達が研究室にまで押しかけてきたことがあったので、一般的には好かれやすい方なのだろうと思う。


その際詰めかける女性達を弾く為、研究室で認証ゲートが作られ登録されていない者は入れないようになった。


この認証ゲートというものが、大変面白いシステムで作られており人が持つマナの波形を……って、これを語ると数日はかかってしまうので別の機会にしよう。




 私の名は、フレデリカ・ローレンツ。公爵家に生まれ育ったが魔法工学に取り憑かれて、学院を飛び級で卒業した後は魔法省の研究室で研究三昧の日々を送っている。


 さて昨日の事だが、私は婚約している第一王子から婚約破棄された。


公爵家の義務として一人で出席したサマーパーティで、いつものように壁際で魔法工学で使用する数式を考え耽っていた所を、いきなり大声で呼びつけられたのだ。


「フレデリカ・ローレンツ! 貴様との婚約を破棄する!」


振り返るとゴテゴテと着飾った男が、何やら喚いている。


はて……誰であったかな? と思案すると、金がかった青い瞳は王室特有の瞳である事を思い出して、もしかして我が婚約者の第一王子殿ではないかと思い当たったのだ。すぐさま、カーテシーをし礼を取る。


「若き太陽にお目にかかれて、大変光栄でございます。婚約破棄でございますね、承知いたしました。明日朝には婚約解消のサインを入れて提出いたします」


第一王子は、何の不満があるのか顔を真っ赤にして憎々しげに私を睨んでいる。


「嫌味ったらしい……昔から鼻につく女だったのを思い出したわ! 先週ソフィの事をよくも階段から突き落としたりしたな、そんなに正妃の座に居座りたいか!」


「ソフィ……様でございますか? 大変申し訳ございませんが、私物覚えが悪く思い当たらな……」

「私の隣にいるのが、ソフィだ! 知らないとは言わせまい!」


 横にいる女性はピンクゴールドのフワッとした髪をしており、王子の剣幕が怖いのか涙目でこちらを見上げている。


全く見覚えは無いが、私はよく人の顔と名前を忘れてしまうので、どこかで会ってるのかもしれない。そして、階段から突き落とされたらしいソフィ……? 嬢は元気そうだ。


「フレデリカ様……シラを切るだなんて!  学院で……ずっと、私を虐めてたことはわかってます!」

「学院……? それは、五年前のことでしょうか?」


「え?」


「? 私が学院に一応在籍しておりましたのは、五年前の事でして現在は魔法省の研究室にて勉強させていただいておりますが」


 私は13歳で学院に早期入学し、飛び級で14歳の時に卒業している。

ソフィ様はキョトンとして、私もつられてキョトンとしてしまう。


「え? え? でも、いつもフレデリカ様が人に命令して私を虐めてたでしょう? そうよね? 私は噓なんてついてないもの!」


「そ、そうだな、ソフィが嘘なんてつくはずがない。逆にコイツが嘘をついているのだろう。全く、すぐ調べればわかるというのに嘘などついて醜悪極まりないな。とにかく、可愛いソフィを殺そうとした奴に国母など務まらん! 婚約破棄だ!」




 よく話がわからないのだが、婚約を破棄したいのだろうと言う一点は理解した。婚約解消の書類を提出することを再度申し上げてサクっと会場を退出した所、父上がいらっしゃった。


「おや……父上、いらしてたんですか? 私はもう帰ろうかと。あ、明日の朝王宮に一緒に行ってくれませんか? 先ほど殿下から婚約破棄されまして」


「わかっている。今まで辛い思いをさせたな。説明も無しに今宵一人で行かせた事を許してくれ」

「辛い……はて?」

「まぁ、いい。色々準備は整っている。これから王宮に行って言い逃れ出来ない内にさっさと婚約解消してしまおう」


 そのまま王宮へ向かい、婚姻関係の書類にサインと本人認証等、色々と手続きを終えた後父上は話し合いがあると王宮に残り、私は先に屋敷に帰ってきて少し早めにぐっすりと寝た。


朝、父上はまだ戻ってきていなかったから

まだ王宮にいるかもしれない。





――そして、最初に戻る。


「今エミール君は、私に婚姻申し入れをしたのかな?」

「はい!」

「あー……私には婚姻を決める権限が無いのだよ。私も一応公爵家の生まれでね、親の意向に従わないといけない。そう言うことは、父上……ローレンツ公爵に申し入れをしてもらえないだろうか?」


「はい! それは勿論! フレデリカさんは、その……僕との結婚はお嫌ですか?」

不安そうに上目遣いで見上げられる。昔飼っていた犬を思い出す……。


少し思案の後に


「嫌……か。そういう事は考えた事が無かったな。嫌とかは無いよ」

そう答えると、エミール君の顔がパッと輝いた。うん、犬に似てる。しっぽが見えるようだ。


「フレデリカさん! ずっと昔からお慕いしておりました! 受け取ってください!」

ずずいっと再度、指輪ケースを突き出される。


「いや、だから私ではなく父上に……」

「僕のこと嫌じゃないですよね! これは意思表明みたいな物ですから、嫌じゃなければ受け取ってください!」


「あ、あぁ…」

つい、勢いに押されて返答してしまった。


 エミール君はケースから指輪を取り出し私の薬指に指輪をはめると、手の甲にキスを落とした。


「これから、ローレンツ公爵に婚姻申し入れをしてきますね! 今は嫌いじゃない程度の認識でも、絶対僕の事好きにさせてみますから! 今日は研究室休みます! 教授に言っておいてください!」

そう言うと、エミール君はバタバタと研修室を出て行った。


 終始チラチラと見ていた他の研究員は、見ないフリをして各々自分の仕事に戻ったようだが、私はしばしポカンとしてエミール君が出て行った扉を見つめていた。




 ほのかに、手の甲が熱い気がしたのは気のせいだろう。










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