11 フレデリカ -王宮-
この間のデートの事が頭をはなれなかった。間違いなく、私はドキドキした。
首筋に残った赤い印をさすりながら考える。
あの後、帰宅してこの赤い印に気づいたメイドは、これの意味を教えてくれた。
その……普通は……男女の営みをする時に、つけるものだそうだ。それを知って、顔から火が出るかと思った。そうか、だからエミール君はあんなに謝って……。
そして、同時に耳元で囁かれた事を思い出すと、今でもちょっとドキドキする。そして、少し照れ臭くもあるのだ。
エミール君は「好きと誘導してしまった」と言っていたが、私はそうでは無いと思う。
恥ずかしかったが、嫌では無かったし……あまつさえ、時間が経った今では……その……少し、もう一度……されてみたい……と思っているのだ。
ただ、一つ引っかかる点がある。『誰でも近づかれるとドキドキするものですよ』とエミール君は言っていた。このドキドキは、恋愛のドキドキじゃ無いのだろうか。もしかしたら、あんな事をされたら同じ様に思ってしまうのだろうか……?
誰にでも耳元で囁かれたら、もう一度されたいと思ってしまうものなのだろうか……?
✳︎ ✳︎ ✳︎
今日は、陛下に父上と揃って王宮へ呼ばれた。
第一王子との事の謝罪らしい。謁見の前の控室で待つ。エミール君の赤い印は、ネックレスで隠れたので問題はない。父上も気づいた様子が無くて、ほっとする。
「何も心配しないで、私に任せていなさい」
「はい。お願いします」
侍従に呼ばれ、謁見室に入り礼をする。
「よく来てくれたな、この度はうちのアーネストがすまなかった。フレデリカ嬢も心を痛めたと思う。私がいない間にこんな事が起こるとは……私も驚いているのだよ。フレデリカ嬢には、王太子妃に是非ともなって貰いたかったからね」
「いえ、身に余る事でございます」
謝罪は受け入れず、スルーする。
「リュカと婚姻を結んで、是非王太子妃に……と思ったのだが、もう婚約されたとは本当かな?」
う……わ……、やはりそう来たかと思って、横目で父上を見ると笑みを崩さないままそれに答える。
「ええ、陛下。うちのフレデリカを大変 大 事 にして下さる若者がおりましてね。もう、それはそれは女神のように扱うのです。娘も気に入りまして。ヴィーヘルト公国に嫁がせるつもりです」
父上がチクリと嫌味を差し込むと、陛下が微妙な顔をする。第一王子からの扱いは大切にしていたとは言えないからな。
「ううむ……そうか。ならば仕方がない。」
この後、アーネスト殿下の沙汰、謝罪の機会、賠償金などを話し合い退出となった。賠償金は、陛下側から交渉があったが、父上が笑顔でバッサリと切り捨てた。
父上は宰相と賠償金の話し合いがあるそうで、私は一人退出しようとした所を王宮の侍女に呼び止められた。私のサインが必要なので、別室で待っていて欲しいとの事だった。了承して、別室で待つことにする。
待っている間出されたお茶を飲んでいると、コンコンとノックがされ入ってきたのはリュカ殿下だった。
「え……リュカ殿下? どうして、こちらに?」
「フレデリカ姉様が来てるって聞いて、会いに来ちゃった」
「私は、これから書類のサインをしなければなりませんので」
「姉上、冷たい……」
シュンと肩を落とすリュカ殿下。外見も相まって可哀想な雰囲気を醸し出す。
エミール君が、シュンとした時は濡れた犬みたいで可愛くもあるが、リュカ殿下は……なんだろう……今となっては、演技くさく感じる。
「実はね、姉様に伝えたい事があって来たんだ。それとこれ……受け取って欲しいな」
殿下が後ろから白い箱を取り出す。パカリと箱を開くと、そこには豪華な青い石がついたネックレスとイヤリングのセットが入っていた。高価な事は見て取れるが、魔石じゃない宝石に価値は無い。普通は将来は壊れるだろう消耗品の魔石を贈る男はあまり居ないのだから、殿下の方が正しいのだが。
「姉様に似合うと思って」
「婚約者がいる身ですから、お受けできません」
「婚約者がいるからって断る潔癖な姉様も好きだよ。でも、単なるプレゼントだからさ。受け取ってよ」
「僕さ……ちゃんと、姉様に僕の気持ち知って欲しくて……それを伝えに来たんだ。一人の男として見て欲しくて!」
力のこもった眼差しで私を見つめる。
「フレデリカ姉様……、僕は多分初めて王宮で会った時から好きだったんだと思う。子供の初恋なんて、笑うかもしれないけど……優しく笑いかけてくる姉様が好きだった!
姉様が王宮に来る日は、どこかソワソワして庭が見える所でいつ来るんだろう……って楽しみにしてたんだよ。
ずっと……ずっと大好きで、恋焦がれて……。僕だって、姉様の好きな事は何だって叶えてあげるし、幸せにできる力はあると思うよ。何からでも守ってあげる。
だから……僕の事を子供じゃなく、一人の男としてちゃんと見て……」
リュカ殿下は、私の手を取り甲に口付けた。
その瞬間、ゾワッとした嫌悪感が走る。手を振り払って、思ってたことを問いかける。
「殿下は、私の何が好きなんです?」
「フレデリカ姉様の濡れたような髪も好きだし、輝く瞳も好きだし、桃のような頬もかわいいし……」
……あぁ、エミール君が『外見だけで好きになられても嬉しくない』そう言っていた意味がわかった気がする。
「それに、いつも優しく微笑んでくれる姉様が大好きなんだ」
私の笑顔? 淑女モードで貼り付けたこの偽物の顔を? エミール君は、わたしが魔法力学の話をしている時に好きになったと言っていたな……。
「そうですか……」
平坦な表情をしている私の様子に、殿下はあれ?っと言った感じの表情を見せる。
「やはり、私は殿下の思いを受け取る事は出来ません。もちろん、婚約者がいると言うこともありますが、居なかったとしてもお受けする事は無かったと思います。このプレゼントもお持ち帰りください」
ツィっとプレゼントと押し返すと、リュカ殿下がフルフルと震え出した。
「なんで!? アイツは、ローレンツ侯爵が兄上の件で政治的に決めた結婚相手でしょ? 他国の貴族だし、兄様の件で中立でいたい侯爵には都合が良かったんだ! 望むなら臣籍降下したっていいよ! 他にも王位継承権を持つ人はいるからね。だから……ねぇ、姉様……」
リュカ殿下が近づき、私の手を握る。
「おやめくださいませ……っ!」
「ねぇ……そんなにアイツの事が好き? ねぇ、どうなの? 前に聞いた時、一瞬間が開いたよね? 単なる政略相手じゃないの?」
ギラギラとした目が怖い。
「あーもぅ、やっぱ、力づくで僕のモノにしちゃおうかなー? そろそろ効いてくるはずだよ」
「何を言って……」
急に体の力が入らなくなる。そのまま、ソファにもたれかかってしまった。フワフワとして、手をあげることさえ難しい。
「何か……入れましたね」
「うん、そうだよ。さっきの紅茶に仕込んでおいた。ここは、僕の庭だからね。助けを呼んだって誰も来ないよ」
咄嗟に、解毒の魔法を唱えようとしたが何かに弾かれて発動しない。
「無駄だよ。最初から魔法を押さえ込む結界が起動してある」
リュカ殿下がゆっくりと私に近づく。
「事の筋書きはこうだ。姉様は、王宮からの帰り道に失踪するんだ。男爵令嬢の逆恨みで、雇った暴漢に攫われる。翌日には死体になって発見さ。もちろん、ダミーのね」
「そんな、稚拙な計画……」
「成功するさ。姉様は、僕と一緒に隠れ家で一生一緒に過ごす。愛し合ってね。姉様をこれ以上他の男の目に晒したくは無いし、閉じ込めておかないと」
狂ってる……。殿下の目が正気を保っていない。
ギシ……とソファが音を立てて、体に乗り掛かられる。王宮の広めのソファが恨めしい。
「あぁ……久しぶりの姉様の体だ……。いい匂いがして柔らかい……」
胸に顔を埋められて、何度も擦り付けられる。
凄まじい嫌悪感が身を襲う。
「あの時、僕が『姉様のおっぱいは柔らかいんですよ』って教えてあげたら、アイツ凄いキレてたなぁ。あのまま殴ってくれれば良かったのに」
そんな下劣な事をあの時言ったのか。そして、子供だからとハグを許していた自分が腹立たしい。
「あんなにキレるって事はさぁ……まだ触られて無いんだよね」
抵抗しようにも、体に力が入らない。このまま成すがままにされてしまうのか。少しの力を振り絞って身をよじるも簡単に抑え込まれてしまう。
「はぁ……、アイツにも触られてない所、触ってあげる。綺麗な雪原のような姉様の体を、僕が最初に足跡を残すんだ……」
耳元でそう囁かれ、恍惚とした表情で胸のボタンを一つずつ外していく。開いた所から、興奮した殿下の吐息がかかって気持ち悪い。
足跡……マーキング?
――そこで私はあることを思い出した。
「はっ……! 残念だったな。そこは、もうエミール君に触られてる」
小馬鹿にしたように吐き捨てる。
「……嘘だ!」
殿下がグニャリと顔を歪める。
「本当だとも。嘘だと思うなら、私の首元を見るといい」
殿下が慌てて、ネックレスをズラして首元を確認する。
「う……ぁ……赤い……っ! そんな……嘘だ嘘だ嘘だ!! 姉様がもう穢されているなんて!」
「あぁ……、私は既にエミール君の物なんだよ」
「聞きたくないっ!」
耳を押さえてかぶりを振ったかと思うと、凄く澱んだ目をした殿下が、そろりと私の首に手をかけてきた。
「ねぇ……姉様も、あの汚れた女と一緒だったの? 好きでもない男に体を許してさ、媚を売る事でしか能のない汚らしい女……」
「あの女……?」
「僕の母親さ……っ! あの、腐れビッチは体しか特技が無いのさ。しかも年を取って陛下に相手にされなくなってから、他の男にも体を許すようになって取り入ってる……! 醜悪な生き物さ」
「……子供だな」
母親の不貞を目にした事で歪んだか……。大方、私に聖母像を求めていたんだろう。先程から、胸に執着を見せていたのも胎内回帰願望か。
「姉様は、穢れが無くて……何も知らなくて……ずっと綺麗なままなんだ」
「お前の幻想を私に押し付けるな……私も、お前の母も単なる人間の女だ」
――殿下の目がどんどんと光を無くして、真っ黒に堕ちていく。
「姉様も同じだって言うの……? だったら、いらない……死んじゃえ」
グッと首に体重をかけて力を込められたその時、私の指輪から魔法が発動する。
殿下を弾き飛ばし昏睡させると同時に、自身への回復魔法がかかる。
私がエミール君に貰った指輪に組み込んだ防御魔法だ。
暴力を受けたと認識した瞬間、相手に同じダメージを弾き返すと同時に意識を失わせる。
そして、状態回復と回復魔法を発動させ、装着者を回復させる。
これは、一度少しでも被害を受けないと発動しないためだ。そして、その後犯人への追跡マークが付けられる。昏睡されても、他の仲間に回収して逃げられる事を防ぐ為。今回は必要無かったが、確実に犯人だというマークはついた。
咳をし起き上がる。手を開いたり閉じたりして、問題なく動けることを確認する。問題なさそうだ。途中まで開けられた胸元のボタンを戻し、振り返る事なく足早に部屋から退出する。
警備に知らせようかと思ったが、殿下の息が掛かっている可能性がある。最初に父上と別れたところまで戻ってから、至急父上を呼び出してもらい一部始終を説明した。
一緒にいた宰相が青褪めた顔をしていたが、宰相付きの警備の者と一緒に部屋に戻ると、昏睡したままの殿下、魔法を押さえ込む結界の魔道具が見つかった。
私の指輪の防御設定と犯人へのマーキングも確認してもらえば、私が被害に遭った事が証明出来るだろう。
殿下が暴力を振るってくれて助かった。胸を揉まれたりするぐらいでは、防御魔法が発動しなかった可能性が高い。犯されたりしたら発動するだろうが、処女を失ってから起動するだろう。
魔法を押さえ込む結界も、呪文を唱えてシステム構築が出来なくなるというだけで、予め指輪に防御魔法のシステムが構築されていたため、干渉は受けなかった。
私だったら、魔法発動時にマナ自体の結合を阻害するものを組み込む。
……ああ、本当に運が良かった。
「怖かっただろう……本当に良かった」
父上が私を抱きしめる。抱きしめられるなんて、いつぶりかな。母上が亡くなった時以来か……。父上の体温の暖かさにホッとする。
「私に任せなさいと言っておきながら、二度もフレデリカを悲しませてしまった。王家には、この事を含めて確実に責任を取ってもらう」
「大丈夫です。幸い、少し押し倒されただけで被害はありませんでした。父上が、私が知らない所で色々動いていたことも知ってます。だから、感謝することはあっても……」
「……そんな、もっと怒ってもいいんだぞ? ほら、手が震えてるじゃないか」
手が震えて……? 本当だ、手が震えている。私は怖かったのかな……?
「もっと甘えていいんだぞ。フレデリカには甘える事を教えてこなかったな……私が悪い」
「父上……ちょっと怖かったかもしれません……指輪を発動させるために、煽るような事を言ってしまったし……殺されるかと……」
改めて思い返すと、あの時の状況が凄く危なかったことを自覚する。
最初の一撃が致命傷では防げなかったかもしれない。致命傷になるまでの事は実験してないのだ。性的暴行についても想定に入れていなかったし、認識が甘かった事を後悔した。
元々、急な物盗りか誘拐を想定して設定していたのだ。
私は父上にしがみついて、密かに泣いた。
その間、父上は私の頭をポンポンと優しく撫でてくれていた。
私は、凄く父上に愛されていたんだなぁと感じて嬉しくなった――。
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