12 フレデリカ -事件後-
あの事件から数日が経った。私は自宅で療養中だ。毎日エミール君がお見舞いに来てくれる。
「フレデリカさん、食べたい物はありますか? 読みたい本は?」
「何も無いから大丈夫だぞ。体には何も被害は無いし、病人でもないからな」
「でも……」
エミール君は、私がピンチの時に何も出来なかったことを激しく後悔して、何か自分に出来ることはないかとベッドの周りをウロチョロしている。
「本当に大丈夫なんだ、何も無かったしな」
「新しい魔石も買ってきたんです。前よりも高度な魔法が付与出来るもので……」
丁寧に包装された箱を開けると、そこにはスターサファイアの魔石のネックレスが入っていた。
「本当は指輪にしたかったんですけど、容量を考えたらネックレスになってしまって……。これだったら、魔石をいくつも付けられるので……」
「うわ……この魔石は凄まじい純度だな。高かったんじゃ無いのか?」
「フレデリカさんの事を考えたら、高くなんてありませんよ! また何かあったら、僕は……!」
エミール君が泣きそうになったので、慌ててネックレスを頂くことにする。
「……わかった。ありがたく使わせてもらう」
これだけの魔石なら、かなり複雑な魔法が組み込めそうだ。
「魔法を付与する時は、僕も関わらせてくださいね。フレデリカさんは、あっち方面の犯罪に疎いから……」
「ああ、今回の事で実感したよ……」
エミール君の瞳からは、激しい後悔と私への心配……それが伝わってくる。見ているこっちが痛々しい。
「エミール君、あの時私に同行することは不可能だったし、予防も無理だった。だから、そんなに自分を責めなくていいんだ」
「でも……」
エミール君の手を取ると、手の腹には爪が食い込んだ痕が生々しく残っており、まだ癒えていない。手の甲にも、何かを殴りつけた跡があり、皮が擦りむけて赤く腫れ上がっている。
「僕が最初に、あのクソガキに会った時に殴り殺していれば……」
「そうなったら、君が牢屋に入れられて、私とは二度と会えなかっただろうな」
「でも、フレデリカさんが被害に遭うことは無かった」
「私は結果的に何も無かったし、君が牢屋に入れられる事の方が嫌だよ」
私はエミール君の手を取り、傷跡を優しく撫でる。
「だから、あまり自分を傷つけるな……」
「フレデリカさん……」
「それに、君のおかげで助かったんだぞ?」
「え……?」
「もう消えてしまったが、首筋に印をつけただろう? アレを見せたおかげで逆上してくれた」
「え? どういうことですか?」
私はあの時どうやって逃れたか、かいつまんで説明した。
「あ……のっ……クソ野郎が……っ!」
「ほら、また手を握りしめて! 傷つくじゃないか」
手をさすると、力が抜けて手を開いていく。
「自分のことを傷つけるくらいなら、私に触れてくれないか?『上書き』出来るんだろう?」
ニヘラっと笑うと、エミール君が驚いた表情をする。
「怖く無いんですか? 触れられるのが」
「うーん……わからん。でもやってみないとわからんだろう?」
そう言って、私からエミール君に抱きつく。
「嫌になったら、ちゃんと言ってくださいね。それで、ヤツはどこに……」
「えと……ここで抱きついて……胸に顔を……」
「胸に……! 本気で殺せばよかった!」
「こらこら、集中するのはこっち」
ポスっとエミール君の頭を胸の中に押さえつける。
「んんんっ!?!」
エミール君は少し暴れた後、動かなくなった。
「お、おい……! 平気か?」
そのままギュッと強く抱きしめられる。
「怖く……無いですか?」
「う、うん。今の所、何も問題はない」
「これだけですか?」
「うん、これだけだ」
本当は顔も左右に擦られたが。
「嘘じゃないですよね?」
う……!
「嘘じゃない!その後魔道具が発動したから、それで終わりだ」
「フレデリカさん……」
エミール君のサラサラとした頭を撫でる。
あの時は嫌悪感でたまらなかったが、エミール君だと平気だな。むしろ、このサラサラとした髪の感触が心地良い。
「天気が良いな……」
窓から差し込む木漏れ日が、平和な日常を教えてくれる。
✳︎ ✳︎ ✳︎
父上は、そのまま王家への責任を追求した。第二王子が私にしでかした事は、一部の貴族達の上層部には知られる事となった。
この事を公表することで私の経歴に傷がつくかもしれないと危惧した父上が、知らせるのを躊躇ったが、私は責任を取らせるために押し進めた。
第一王子に続いて第二王子の不祥事が起こされ、現陛下は責任を取って退位し、近いうちに王弟であるエティエンヌ様に王位を譲られる事になるだろう。
陛下は王妃と共に、地方に蟄居するらしい。第一王子は降下し、小さな領地が与えられることになる。今までのような贅沢は出来ずとも、一貴族として自由な人生を送ることになるだろう。
第二王子は、人知れず幽閉されることとなった。以前、罪を犯した王族が使用していた塔があるらしい。そこへと既に移送された。
大きく政局が変わる為、一年をかけて徐々に移行していくらしい。
ローレンツ家への賠償は、いくつかの領地と鉱山、事業権……等、色々ぶん取ったらしい。取った領地の一つに、ヴィーヘルト公国との隣接地帯があったので今後交流もしやすいだろう。
色々な事が怒涛のように起こっては、過ぎ去っていったが、私の『恋愛』はまだ不完全な形をしている。
リュカ殿下の件は最悪だったが、私に色んなことをわからせてくれた。
エミール君に触られても嫌では無いが、リュカ殿下に触られるとゾッとすること。
私のことを理解していない『好き』という言葉には、嫌悪感が沸くこと。
何より、いつもエミール君がどれだけ私のことを尊重して気を配っていたか……より思い知らされる結果になった。
もう……そろそろ、完璧な答えが出る……そう予感していた。
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